2018年12月23日

<特権意識>

僕はことさら天皇制を支持する考えを持っているわけではありませんが、先日の天皇陛下の会見には至極感動しました。僕の印象では、天皇陛下は思想的に最も中立で平衡感覚が優れているお方のように思います。

会見の中で印象に残ったのは「困難を抱えている人に心を寄せていく」というお言葉です。また、冷戦が終わったあと平和が訪れることを期待したところ、反対に民族紛争や宗教絡みの戦いが起きたことを憂慮した、とも述べていました。全く同感です。

今の時代は格差社会と言われ、上位1%の富裕層が持っている資産が残り99%の人が持っている資産を上回っていると報じられています。こうした状況になったのは「困難を抱えている人に心を寄せていく」社会になっていないからです。

今、世界はトランプ大統領に振り回されているように見えますが、その根本には「自国ファースト」という発想があります。「アメリカファースト」からはじまり、世界中に「自国ファースト」が伝染していきました。先進国指導者の中で反トランプの旗手として期待されていたドイツのメルケル首相は支持率が落ちましたし、ナショナリズムの台頭を憂慮していたフランスのマクロン大統領も支持率を下げています。

マクロン大統領を窮地に陥れている暴動は「反グローバリズム」を訴えているようですが、これも見方を変えるなら「自国ファースト」といえなくもありません。世界中が「自国ファースト」なってしまうと、突き進む道は戦争しかなくなってしまいます。マクロン大統領が当選した大きな理由には「極右政党のル・ペン氏を当選させてはいけない」というものがあったはずです。しかし、今回のフランスの暴動は極右政党と同じ発想を支持しているようでもありました。世界平和を考える発想は通用しない時代になっているかもしれません。


そんな世界を見ているときに南青山での児童相談所建設反対の騒動が報じられました。ご存知ない方のために説明をしますと、南青山といういわゆる一等地に港区が児童相談所を建設する計画を発表したことに対して、近隣の住民が反対している騒動です。マスコミで注目を集めたのはその「反対理由」にあります。

その理由の大半は「青山としてのブランド価値が下がる」というものですが、そのほかには「生活レベルが違う家庭が入ってくると、その方たちが肩身の狭い思いをする」というものまでありました。最初にこの報道がなされたのは10月頃でしたが、当時でも「ブランド価値が下がるとは思わない」という反対意見も出ていました。

しかし、それ以降はあまり報じられなかったのですが、先週あたりからまた大きく報じられるようになっています。区役所の説明会見時における反対住民の意見が一般の人に違和感を持って捉えられたからです。マスコミの報じ方を見ていても中立というより反対住民に対して批判的な立ち位置にいるような伝え方のように感じました。

もちろん建設に賛成する住民もいるのですが、その方たちは「子を持つ親として、こんな理由(ブランド低下)で反対したとは、将来子供にとても言えない」とか「お金の問題じゃない。建設反対は、虐待を受けている子供を見捨てる、虐待に加担している行為」と訴えています。

一般の人の感覚で言いますと、賛成論のほうが真っ当に思えます。しかし、「ブランド価値が下がる」と本気で反対している人がいるのも事実です。格差社会を生み出しているのはこのような感覚の持ち主です。自分さえよければほかの人はどうなっても構わないという考えです。

ある報道では「建設に反対している人たちに黒幕がいる」と伝えています。近くの不動産業者が自分たちの儲けのために建設反対の人たちをけしかけている、または応援しているというものです。仮に、そうした業者がいようとも建設に反対しているのは事実です。「困っている人たちを助けたい」という考えがあるなら建設に反対する行動は取らないはずです。


僕の好きな歌に「真夜中のダンディー」という歌があります。サザンオールスターズの桑田さんが一人で出している作品ですが、この中に「隣の空は灰色なのに 幸せならば顔をそむけてる」という歌詞があります。建設に反対している人たちはまさにこの発想です。自分たちさえ幸せなら困っている人がいようとも「我、関知せず」の考えで生きている人たちです。

このような考えの人が持っているのは特権意識です。特権意識とは「身分や立場を背景に、他の者よりも優れているという考える精神のこと」ですが、自分たちはほかの人とは違うのだという優越感がある、もしくは持ちたいという願望が「ほかの人のことなど関係ない」と思わせています。

世の中がこのような人たちばかりになりますと、世の中には間違いなく争いが起きます。なにしろ「自分だけは別格」だと思っているのですから対立が起きないはずはありません。「自分ファースト」もこれに通じるものがあります。「自分を第一に考える」のですから争いが起きて当然です。

かつての2度の世界大戦はこのようにして起きました。そして、その世界大戦を反省するために世界協調が重要視されてきたはずです。南青山の児相建設問題も世界が不穏になるのも根底にあるのは特権意識です。みんなが特権意識など持たずに生きるようになるなら世界はきっと平和で穏やかな社会になるでしょう。

でもね。不思議なんだけど平和になると、また次の争いの種が必ず生まれるんだよねぇ。ドラゴンボールを見てるとそれがわかるよねぇ。

じゃ、また。


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posted by satoaki at 16:08 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする