2017年08月13日

<終戦記念日>

このコラムを書くようになってかれこれ10年以上経ちます。最初は、auさんのブログを使っていましたが、auさんがサービスを終了してからseesaaさんにお世話になっています。その間ずっとコラムを読んでくださっている方はご存知と思いますが、僕はこの時期になりますと、戦争について書かずにはいられません。

僕は専門家でも知識人でもなく、また思想的にも右でも左でもなく上でも下でもなくごく平凡に人生を生きている還暦のおじさんです。ですので、小難しい視点で戦争をとらえることはできません。ですが、どこにでもいる平凡なおじさんの視点のほうが若い人にわかりやすい情報を伝えられるのではないか、と思っています。そして、僕にとって重要なことは伝える情報ではなく、還暦になった今でもどのようにするのが正解なのか悩んでいることを知ってもらうことです。

僕が「戦争」と言いますか、社会について真面目に考えるようになったのは大学生になってからです。高校時代は社会について考えるよりもクラブ活動について考えていたように思います。そして、大学生になって少し世の中について知るようになり、社会について考えるようになりました。ですから、二十歳前後の若い人たちが戦争や政治について知識がなかったり関心が薄かったりしても全く不思議とは思いません。

僕のような学生は僕の周りにたくさんいましたので、僕は当時の二十歳前後の若者の平均像だと思います。しかし、中には政治に強い関心を持っている人もいましたが、そうした人は全体からしますと少数派でした。

僕よりも一世代前の学生を見ますと、ベトナム戦争の影響で反戦運動や安保闘争という学生運動が盛んな時代でした。ですので僕の世代よりも政治に強い関心を抱いていたはずです。ちょうど吉田拓郎さんや井上陽水さんが世に出てきた頃で団塊の世代と言われていました。

団塊の世代は政治に強い関心を持っていたのが特徴で学生運動が盛んでしたが、あさま山荘事件という過激な活動家が起こした悲惨な事件を契機に学生運動は一気に下火になりました。団塊の世代に対して僕らの世代はモラトリアム世代と言われていました。「モラトリアム」とは「猶予」という意味ですが、「結論を先延ばしにする」という意味合いでしょうか。僕らの世代は政治に関心を持っている人はあまり多くはなくテニスとスキーに明け暮れている学生が一般的でした。僕個人的には、テニスとかスキーといったおしゃれなスポーツが似合うタイプではありませんでしたので興味はありませんでしたが…。

団塊の世代を見ていますと、あまりに強く政治に関心を持ちすぎると判断を間違えるような気がします。シリアではイスラム国をあと少しで壊滅できそうですが、そのイスラム国はイスラム教の原理主義者たちが作った組織です。イスラム教に限らずどの宗教でも思想でも社会に対して攻撃的な行動をとっているのは原理主義者の人たちです。本来、宗教は平和のために存在しているはずですので宗教が原因で争いが起こるのは矛盾ということになります。

民族浄化などという悲惨な状況が起きるのも同様で原理主義者の仕業です。ですから、普通の人たちが注意をする必要があるのは原理主義者たちの口車に乗せられないことです。そして、僕は政治的に固まらないことが大切と思っています。優柔不断は悪い意味ですが、政治に関しては優柔不断のほうが平和に貢献するように思えてなりません。

戦争について考えるとき、最初にぶつかる問題はやはり「戦争放棄」です。安倍首相が憲法改正を考えているのも、究極的には「戦争放棄」には必要のない自衛隊の存在を正式に認めたいからです。ですが、なんとしても平和憲法を守りたい人たちには許容できることではありません。そこに対立点が生じます。

平凡なおじさんが普通に考えて、一番の疑問は「戦争放棄」は賛成だけど「攻撃されたらどうするの?」という疑問です。専守防衛とは謳っていますが、どこまでが「防衛」なのかは定かではありません。

また、元稲田防衛大臣が辞任に追い込まれたきっかけにもなったことですが、海外に派遣する条件も曖昧です。実は、それよりも問題だと思っているのは「同盟国が戦っているときに支援をしないこと」の是非です。本当にごく普通の感覚で考えるなら「仲の良い友だちが悪い奴に絡まれているのに助けない」のはどう考えても不誠実のように思います。僕だったら、そんな薄情な友だちとは仲良くしたくありません。それが普通の感覚のはずです。

かつて湾岸戦争のときに海外から「お金だけ出して、血は流さない」と批判されましたが、普通の感覚で考えるなら当然の意見です。このときはまだ世界が日本の平和憲法を賞賛している時代でしたのでお金だけで済みましたが、未来永劫通用するかは疑問です。

もちろん「戦争はいけない」ことは当然です。ですが、攻撃されたなら戦うしか方法はありません。そして、近代の戦争では「攻撃されてから反撃するのは遅い」ということもあり得ます。このような状況の中で「戦争」について考える必要があります。

左系の人たちは「外交努力」という言葉を好みますが、通じない場合のことも想定する必要がありますし、外交努力をするには同盟国の力を借りなければいけないこともあります。そのときに「助けない」で通用するのかも考える必要があります。

このように一口に「戦争反対」「戦争放棄」と言いましても簡単ではないのが現実です。それでもそれでも、戦争が起きないように工夫し努力することがとても大切です。その土台になるのが原理主義者の言葉に惑わされないように柔らかい頭でいることです。

戦争という極限状態に突入してしまいますと、引き返すことは簡単ではありません。また、極限状態では自由が制限されるのが常です。しかし、侵略されてしまってはもっと自由が制限されることになります。そのような最悪な状況にならないために日ごろから戦争について考えておくことは大切です。そのためには政治に関心を持つことが重要です。

この時期のコラムの最後はドラマ『さとうきび畑の唄』で主役を務めるさんまさんが最後に叫ぶ言葉で締めくくります。

「わいは、人を殺すために生まれてきたんやないんや」

じゃ、また。

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posted by satoaki at 14:19 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月06日

<潔さ>

年齢のせいか、朝目覚めるのが早くなっています。夜中にトイレに起きることも多いですが、今日はトイレとは関係なく朝5時頃に目が覚ました。しばらくどんよりしていましたが、何気にテレビをつけますと世界陸上をやっていました。ライブです。
そして、そこに映し出されていたのは、なんとあのボルト選手が負けた映像でした。信じられませんでしたが、はっきりとボルト選手が負けている映像が流れていました。英雄はいつまでも英雄でいられることはできないのですね。どんなに優れた選手でもいつかは負ける日がやってきます。ボルト選手の負ける映像を見ていましたらそんなことを思いました。
人間は、栄光の日々を過ごしているときは自分に余裕がありますので自分を作ることができます。しかし、失意のときは余裕などありませんので本当の自分の姿を晒すことになります。その意味で言いますと、ボルト選手の負け方は素晴らしいものでした。「潔い」という言葉がピッタリの走り方でした。

高校時代、クラブ活動には入っていないのですが、運動能力に優れたK君という人がいました。足も早く、サッカーもうまく、とにかく全体的にスポーツ万能と認められている存在でした。また、K君はギターもうまく休み時間などにはみんなの前で腕前を披露するなど音楽の面でも存在感がありました。しかし、どこの運動部にも音楽クラブにも入っていませんでした。
さらに、K君は手先も器用でコインを見事に操り手品を披露するなどしてみんなの憧れの存在でもありました。また、おしゃれに関しても精通していて着ている服は毎日変えていましたし、着こなしも芸能人に劣らないくらいの感性を持っていました。また立ち振る舞いもスマートでしたし、なによりそうした行為が似合うだけのイケメンでもありました。
このようにほぼ完璧に近い高校生でしたので、今でいうならスーパー高校生といったかんじでしょうか。このようなタイプの人でしたので、やはり目立つことは好きなようで文化祭では舞台の中央で一人ギターを弾いてたくさんの拍手を受けたりもしていました。彼は注目されることが好きなタイプの人でした。
その彼が、体育祭の100m競争に出場することになりました。足が速いのも自慢でしたので、それを披露するつもりがあったようです。中学時代に大会で優勝した経験もあるそうでしたのでかなり自信があったのだと思います。
さて、いよいよ彼の出場する100m走のプログラムになりました。K君以外のメンバーを見ますと、どうみても彼を負かせそうな人はいませんでした。そんな中、ひとり異彩を放っている人がいました。彼の名はS君です。異彩の理由は、超がつくほど真面目な堅物で、そしてガリ勉で、どう考えてもスポーツというか、そもそも「早く走る」というイメージが全く湧かない人でした。身長は平均より少し高いくらいですが、筋肉質な身体でもなくガッシリした体格でもありません。華奢でか細いといった表現が似合うような体格の持ち主でした。100m走に出場することさえ、不思議に思える存在でした。しかし、100m走は自主エントリーなのです。自分で応募しなければ出ることはありません。ということは、S君は自分から出場を希望したことになります。
そして、いよいよK君とS君の出場する組になりました。スタートラインに立ち、腰を屈めピストルの音が鳴るのを待っていました。一瞬の静まりのあと号砲とともに走り出したK君とS君です。やはり思った通りK君の走る姿勢はきれいでした。それに比べS君は、一言で言いますと「ダサい」。これに尽きるフォームでした。誰が見てもその走り方は「変」と思うようなフォームだったのです。例えるとしたなら、そうですねぇ…、あっ、忍者です。忍者が相手に悟られずに走る姿に似ていました。もちろん黒装束も黒い頭巾も身につけていませんが、「相手には悟られないだろうなぁ」という走り方でした。
僕はその走り方が面白かったので笑っていたのですが、50mを過ぎたあたりからレースの雰囲気が変わってきました。レースはスタート直後からK君とS君が飛び出す展開だったのですが、なんと次第にS君が段々と差をつけ始めたのです。そして、5〜6メートルの差をつけてS君が一着でゴールしました。運動場全体から驚きの声が聞こえてきました。
「あの、ガリ勉が…」
そんな声がどこからともなく聞こえてきました。僕もS君に驚かされたのですが、もっと僕の気持ちを引き付けたのはS君と差がつき始めたあとのK君の「走り」でした。K君はかなわないと思った瞬間に走る力を弱めたのです。誰が見てもわかるように、余裕を持って走っているふうを装っていました。たぶん、負けたことが「恥ずかしかった」のと負けを「認めたくなかった」のでしょう。両方の気持ちが混じりあってあのような走り方をしたのだと思います。ですが、僕にはその姿が悲しいものに見えました。

実は、あのときのK君の走り方は僕に大きな影響を与えています。「負け」は認めてこそ意味があります。「負け」を自分で引き受け、受け入れてこそその経験が生きてきます。もし「負け」をごまかして認めず、引き受けずに逃げていてはまた同じ過ちを繰り返すことになります。さらに言うなら、「負けた姿」は無様であればあるほど意義があるとも思っています。

結局、世界選手権の100m走の優勝者はガトリン選手でした。ボルト選手は隣のコースを走っていたコールマン選手にも負け3位でした。ですが、ボルト選手はゴールまで必死に走っていました。僕はボルト選手が頭を突き出し少しでも早くゴールをしようと駆け抜ける姿を見たのは初めてでした。僕が見てきたボルト選手のゴールの姿はいつも流しているように見えるフォームでした。ですから、負けたときに最後まで力を抜かずに、しかも一秒でも早くゴールしようという姿勢に感激したのです。
しかも、レース後のインタビューでも潔さがありました。言い訳など全くせず、「負け」を受け入れていました。その対応にも感激しました。ガトリン選手の優勝について観客がブーイングをしたそうですが、ガトリン選手のドーピングの過去が影響していることは想像に難くありません。ボルト選手はそんなことにはまったく触れず、「負け」を認めました。その潔さが素晴らしいです。

今年5月のWBA世界ミドル級王座決定戦でダウンを奪いながら判定で負けた村田涼太選手は疑惑の判定だったにも関わらず「負け」を受け入れていました。また、先日元WBA世界スーパーフェザー級スーパー 王者内山高志選手が引退を表明しましたが、内山選手もまた「負け」を受け入れる姿が印象的でした。
人間は他人の前では自分を繕いますので、本当の姿を知るのは容易ではありません。秘書を怒鳴りつけ人間性を貶めるような振る舞いをしていた女性の国会議員がいましたが、あの女性議員も公の場所では「いい人ぶって」いました。そのような人が国会議員になっていたのです。本当の姿を知ることはとても大切です。
安倍首相が新しい内閣を発足させましたが、支持率が低下したことが原因です。支持率の低下を本気で認めて受け入れたかどうかは、今後の政権運営でわかります。

じゃ、また。

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posted by satoaki at 14:18 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月30日

<信頼関係>

ようやっと稲田大臣が辞職しましたが、遅きに失した感は否めません。多分、多くの人が人選の失敗を予想していたのではないでしょうか。おそらく会社帰りの居酒屋で中年以上のサラリーマンの方々は口々に話していたはずです。
「稲田さん、無理があるよなぁ」
本人がどう思おうとも、部下である事務次官や自衛隊のトップが稲田大臣を大臣として認めていなかったことは間違いありません。先週も書きましたが、3人が集まった話し合いの内容がマスコミで報道されるという事実がそれを証明しています。
似たような状況が小泉政権時代にもありました。このときは田中角栄元首相の娘さんである田中真紀子氏が外務大臣に就任していたのですが、田中氏は外務省を自分の思い通りの役所にしようとしていました。しかし結果は、見事返り討ちに遭ってしまいました。田中氏の名言が印象に残っています。
「私が前に進もうとすると、誰かがうしろでスカートの裾を踏んでいる」
このときは外務省の官僚は田中大臣に反旗を翻していることを隠そうともしていませんでした。マスコミに堂々と「差し違える覚悟」とまで語っていたほどですから、どれほど大臣として認めていなかったかがわかります。このような状況で仕事をできるわけがありません。方向性が「正しいかどうか」は別にして、組織が活動するにはトップと部下たちの意思が統一されていることは必須条件です。
報道を見る限りでは、稲田氏が事務方や自衛隊に対して特段厳しい要求をしていたようには思えません。それにも関わらず事務方や自衛隊から認められていなかったということは余程仕事に対する姿勢に問題があった可能性があります。もしかしたなら、部下である秘書に対して「このハゲ〜!」と絶叫した女性議員がいましたが、似たような性格もしくは資質を持っているのかもしれません。
それはともかく、テレビで評論家が「野球の知らない人が監督に就任したようなものだ」と語っていましたが、部下の人たちも同じような気持ちだったのかもしれません。
似たようなことが自民党の受け皿にならなくてはいけないはずの民進党でも起きていました。代表である蓮舫氏が辞任をしました。こちらは部下の反乱というよりは祭り上げていた人たちが梯子を外した感じです。
そもそも今の状況で蓮舫氏が代表に就くことに無理がありました。まだ党の代表になる土壌が整っていなかったからです。本当に、単に「祭り上げていられた」だけです。真の代表になるには一定の集団の代表になり足場を固めてから名乗りを上げなければいけません。今の状況は単に名前が知られているという上っ面の人気だけでした。上っ面の人気を実力と勘違いしたことに蓮舫氏の過ちがあります。
女性議員の話が続きましたので、ついでにと言っては失礼ですが、都民ファーストの小池東京都都知事についても触れたいと思います。
真の意味で実力者といえる女性議員となりますと、今の日本では小池氏がダントツの一位です。自分で党を作っていますし、実質的な代表に就いてもいますし、実力のあるサポート部隊も周りに控えています。おそらく現段階で最も首相に近い女性となりますと小池氏になるでしょう。
敢えて小池氏のネックを探すならそれは年齢です。現在65才ですが、これから首相を目指すには少し薹が立っています。その意味で残されている時間はあまり多くありません。2〜3年のうちに勝負にでる必要があります。
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*「薹が立つ」(とうがたつ)
⇒花茎が伸びると堅くなって食べ頃を過ぎてしまうことから盛りを過ぎるの意。
 何かをするのにちょうどよい年齢を過ぎてしまうこと。
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ですが、東京オリンピックも控えていますので現実的ではないように思います。もしやるとするなら、ミャンマーのアウンサンスーチー氏のように影で操る実力者という立場しかありません。しかし、こちらも現実的はないように思います。勝負は来年の衆院選でしょうか。

と、ここまで政治のことを書いてきましたが、実は僕は現在新聞を取っていません。以前から新聞を取る価値について考えていましたが、今回たまたま勧誘の人が来なかったので宅配の新聞をやめてみることにしました。
前にコラムで書いたことがありますが、藤原和博さんという元リクルートの幹部から杉並区の区立中学の校長に就任したことで注目を集めた方が「新聞なんて読まなくていいんですよ」とラジオで話していました。それを聞いたのは今から3〜4年前ですが、以来ずっと頭の中に引っかかっていました。
人間というのは保守的な生き物ですので、僕もなかなか踏み切れないでいたのですが、今回たまたまの流れで7月から実行に移すことにしました。
僕には、新聞を取らなくなったときの不安がありました。それは「世の中で起きていることがわからなくなる」という漠然とした不安です。テレビのニュース番組もありますし、スマホのヤフトピも見ていますので、ニュースに全く触れなくなるということはないとは思っていたのですが、なんとなく不安になっていたのです。ですが、実際に新聞を読まなくなっても今のところ不都合や不便を感じていることはありません。
よく紙媒体を読まない弊害として「調べていることとは全く関係のない知識や情報に触れる機会がなくなる」ということが指摘されていました。例えば、辞書である言葉を調べているときにたまたま隣の言葉が目に入って、それまでの自分では興味を持たないようなことにそれがきっかけになって興味を持つようになることです。新聞はまさにそのような役目があり、社会面や政治面や科学、暮らしなど自分だけでは関心を持たないようなことに触れるきっかけになります。
このような紙媒体のメリットを失うことへの不安がありました。しかし、ネットでいろいろな情報に接していますと、紙媒体のメリットに劣らないくらいいろいろなたくさんの情報に触れるきっかけに遭遇しています。もしかするなら、紙媒体以上に「自分だけでは関心を持たないようなこと」に触れるきっかけを得ているかもしれません。
今のITの進歩は素晴らしいものがありますが、その一つに僕が興味を持ちそうな情報、もしくはそれに関連した知識を勧める機能があります。これには「個人情報が勝手に収集される」という問題点もありますが、それを除くなら「効率的に有益な情報に接する」というメリットを得ることができます。おそらく紙媒体で得られるきっかけよりもはるかに多いきっかけです。僕は、今現在、その状況を満喫しています。
先週のコラムで書きましたが、情報というのは見る立場や角度によりいろいろな形に変形します。マスコミはそれをできるだけ純粋な形で受け手に伝える義務があると思っていますが、ネットでは自分でその情報の形を調べることができます。しかも瞬時にできます。これもまた、実はとてもすごいことで、いつになるかはわかりませんが将来はやはり新聞を筆頭に紙媒体は消滅するのではないでしょうか。最近、僕はそのように思い始めています。

真偽は確かではありませんが、自衛隊の日報隠ぺい問題も当初は廃棄していたとされていましたが、「パソコンに残っている」という情報がきっかけで廃棄問題が再度注目されたように記憶しています。どこで読んだか記憶が定かではないのですが、「残っているはずだから、もう一度しっかり調査して」と最初に声を上げたのは自民党の河野太郎議員のはずです。ですが、その経緯について大手マスコミが全く取り上げていないのが不思議です。
僕が新聞を取るのをやめた一番大きな理由は最近のマスコミの偏向報道の激しさがあります。簡単に言ってしまいますと、「大手新聞の記事はあまり信頼できない」という気持ちが大きくなったのです。
どんなことでも信頼関係って大切ですよねぇ。…夫婦でも。

じゃ、また。

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posted by satoaki at 14:05 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月23日

<こだわり>

暑い日が続いていますが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。僕は「暑いの日がどうの」というよりは「寒いのが苦手」ですので、今くらいの暑さはほかの人が言うほど苦痛には感じません。ですから、家にいるときはクーラーとは無縁ですし、寝るときも暑くて寝られないということもありません。ですが、妻は違います。僕より数倍暑がりです。
僕には変なこだわりがいろいろあるのですが、その一つが夫婦の寝室です。僕はどんなに愛が冷めようとも「夫婦は一緒の部屋に寝なければいけない」というこだわりがあります。理由は、「夫婦だから」に尽きます。若い頃のような肉欲はなくなっても一緒の部屋で寝るのが夫婦だと思っています。
ですから、僕には単身赴任という発想が理解できません。せっかく結婚したのに別々に暮らすのでは結婚した意味がないではありませんか。僕の中の結婚とは、「一緒にいる」ことです。「一緒にいたい」と思うから結婚をするのです。たまに「ほかの女性と一緒にいたい」と思うことがあっても、あくまで「たまに」でなければいけません。「たまに」がなくなったときは夫婦でいる資格がなくなることを意味します。
そんな僕たち夫婦ですのでいつも布団を並べて寝ているのですが、昨年から夏になると妻が別居するようになりました。理由は「すっごい、暑い!」からです。妻と僕の温度センサーは極端に違いますので、妻が「暑い」のは僕には「ほぼ普通」で、妻が「ちょうどいい」のは僕には「寒い」のです。ですから、妻が部屋を出ていくことになりました。
これについては昨年も書いたような記憶がありますが、妻が夏の間だけ居間で寝るようになりました。「夫婦同室」に強いこだわりがある僕としましては「夫婦別室」にすることに抵抗感がなかったこともないのですが、妻の達ての強い要望でしたので、正確には「要望」というよりは「怒りに似た命令」でしたので受け入れざるを得ない状況となりました。「怒り」を例えますと、そうですのでぇ…、あの豊田議員の「このハゲー!」の叫び声に似ているでしょうか…。
それはともかく、実際に別室になってみますと僕も快適さを感じています。隣に誰もいないということは自由に動けることですのでとても気分がいいのです。僕は寝相が悪いので知らぬ間にいろいろと動き回っているのですが、朝目覚めたときにとんでもないところでとんでもない恰好でいるときがあります。それだけ自由に動いていたことの証拠ですが、それができたのは僕の専有面積が広くなったからです。今では、「夫婦別室も悪くない」という感じを持っています。
このような感覚になったのは「こだわり」にこだわらなかったからといえます。つまり、「こだわり」には執着しないほうがよいこともあることを教えてくれています。

稲田防衛大臣が窮地に追い込まれています。おそらく近日中に退任することになると思いますが、8月に内閣改造を控えていますのでタイミングが難しいところです。しかし、今の状態では8月の内閣改造までもたないのではないかとさえ思ってしまいます。
それにしても安倍内閣はここにきて一気にいろいろな方面から三下半を突き付けられているように見えます。いろいろな方面とはマスコミや官僚や団体です。
まずはマスコミから。
今年に入ったあたりからいろいろなところで指摘されるようになりましたが、マスコミの偏向報道が顕著になってきています。大まかに分けますと「政権寄り」と「反政権寄り」ですが、最近で最もそれを表しているのは家計学園問題で渦中の人となった前文科省事務次官の前川氏に関する報道姿勢です。前川派か政権派できれいに分かれています。最もわかりやすのは前川氏の出会い系バー通い報道ですが、これを報じたのは読売新聞だけです。
前川氏自身が話していますが、家計学園問題について一番早く前川氏に取材をしたのはNHKだそうです。しかし、その取材インタビューが放映されずお蔵入りになっているのですが、これはあきらかにNHKが政権派であることを示しています。その後、NHK内でも社会部派と政治部派で対立が起きていることが表面化しましたが…。
このほかに大まかに分類しますと、前川派と思しきマスコミは新聞ですと朝日と毎日、テレビではテレビ朝日とTBSです。政権派と思しき新聞は読売と産経で、テレビは日本テレビとフジテレビです。
このように各マスコミの立場といいますか、視点が違いますので取り上げる内容や報道の姿勢・仕方にも違いが出てきています。そして、この違いがあることに正当性を与えるような論調も出てきています。
しかし、僕はその論調に異議があります。

人間にはいろいろな考えの人がいることは認めますし、それで当然だと思っています。ですから無理に違う主義主張に同調する必要もありませんし、同調を求めるのも間違っています。しかし、事実は一つでなければいけないと思っています。主義主張によって事実が幾つもあってはいけません。もし、事実が二つも三つもあっては情報を受け取る側はなにを信じてよいかわからなくなります。
大分前ですが、僕はこのコラムで戦争広告代理店という本を紹介しました。これは戦争の当事者の一方が広告代理店を使って自らの正当性を訴えている現実を暴露している本です。「正当性を訴えるために」広告代理店を使うのは安倍首相が最近口にする印象操作のなにものでもありません。広告代理店の倫理上の問題はともかくとして、ビジネスので世界では広告代理店は広告主の依頼に応える仕事をするのは当然のことです。ですから、広告代理店がいろいろな戦略を駆使して広告主に正当性があるように権謀術数を図ることは当然です。
しかし、マスコミは広告代理店ではありません。依頼主などいないのです。というよりはいてはいけないのです。中立であることがマスコミの大前提です。どちらかの一方に肩入れした報道はフェイクニュースと同じです。
マスコミの知識人は、いかにもいろいろな方面に精通していることを誇示するかのようなしたり顔で「真実は一つではない」などと吹聴しています。ですが、「真実は一つではない」ことがあってはならないのです。百歩譲って「一つしかない真実」を伝えるのが難しいのなら、せめて「伝えようと」努力をするのがマスコミ人やメディアに携わる人の使命ではないでしょうか。それを「真実は一つではない」などと開き直るのは何をかいわんやです。
繰り返しますが、マスコミに依頼主がいてはいけないのです。
マスコミを仕事としているのであれば、一般人よりは物事の真実を見抜く感性を持っているはずです。それこそが一般人とマスコミ人の違いでなければいけません。単に、政治家と親しいとか知識が豊富であることでマスコミ人になっているわけではないはずです。
このように、本来マスコミは真実を伝えるのが仕事ですが、現在は偏向的な報道が幅を利かせつつあります。
そんな中、政権寄りと言われていたマスコミまでもが稲田批判および安倍批判を強めています。これがマスコミから三行半を突き付けられているように見える原因です。
次に、官僚からの三行半を示すのは稲田大臣が不利になるような情報が湧き出る湯水のように流れていることです。例えば、稲田大臣と防衛事務次官や制服組の幹部の会談の内容が報じられています。どう考えても稲田氏を追い落とす目的としか見えません。
これは稲田大臣に限りません。山本地方創生大臣と日本獣医師連盟の対立でも同じです。山本大臣の発言に堂々と異を唱えている様は安倍政権に挑戦しているかのようです。
安倍政権の現在の光景はいつか見た光景に似ています。ここまで落ちてしまったのは国民を甘く見ていたからです。少しくらいの問題は「経済関係の政策を発表すればすぐに忘れる」といった驕った姿勢があまりにも見えすぎていました。そして、そのきっかけになったのが稲田大臣に対するこだわりです。
こだわりにこだわると判断を間違えます。

じゃ、また。

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posted by satoaki at 15:23 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月16日

<丁寧な説明>

「なにがどうなったのか」詳しくはわからないのですが、とにかくwindowsのプログラムのなにかが更新されたようです。たぶん今の時期はそのような時期のようで、僕はデスクトップとノートパソコンの両方を毎日使っているのですが、両方とも更新の通知がきてインストールが行われました。
僕としましては自動的に更新されるのは別に構わないのですが、設定が僕に相談もなく変更されるのはあまり感じのいいものではありません。PCは僕のものなのですから僕に許しを得てから変更するのは筋というものです。
今回、勝手に変更されたのは幾つかあるのですが、とりあえず不便を感じたのはネットを見るときに最初に立ち上がるブラウザーが「エッジ」になっていたことです。Microsoftは「エッジ」を普及させたいようでなにかにつけてエッジの使用を勧めてきます。しかし、IEに慣れている僕としては使い勝手が多少悪くとも慣れているものを使いたくなります。
そのほかに変更になっていたのは音楽を聴くソフトです。mp3をクリックしますと自動的に始まるソフトがGrooveになっていました。これも僕はメディアプレーヤーに慣れていますので戻しました。
このような自分自身の行動から考えてみますと、人間というのは新しいものに変更するのはよほどのことがない限り抵抗があるようです。これを保守的というのかもしれませんが、使い慣れているもののほうが気楽であるのは間違いありません。
僕は格安スマホを使っていますが、スマホユーザー全体からみますとまだまだ少数派のようです。総務省からの要請もあり、大手キャリア各社が値段を抑えたプランを次々に発表しています。しかし、格安スマホを使っている僕からしますと「まだ高い」という印象があります。
実際に値段だけを比較しますと大手キャリアのほうが高いのですが、格安スマホよりもシェアを取っています。本来なら安いほうに消費者は流れるものですが、そうはなっていないのはシェアを占めるだけのノウハウを持っているからです。
実を言いますと、大手キャリアは高いと言いつつも「仕方ない」と思っている部分もあります。それはお客様が相談しやすい環境を作っていることです。例えば、スマホの調子が少し悪いとき、契約しているショップに相談に行きますと丁寧に対応してくれます。「調子が悪い」どころではなく「使い方がわからない」ということだけでも対応してくれます。大手キャリアの魅力は丁寧な対応をしてくれるということになりますが、それを可能にしているのは割高の値段設定をしているからともいえます。丁寧な対応を可能にするにはショップを運営するために家賃や水道光熱費がかかります。それだけではありません。説明する人の人件費もかかりますし、研修費もかかります。丁寧なサービスを提供するにはそれ相応のコストがかかるのは当然です。
それに対して格安スマホはほとんどを自分で行う必要があります。最初の設定までも自分で行わなければなりません。その最大の理由はショップを構えていないことです。家賃や人件費などを抑えることで格安を可能にしています。しかし、最近は格安スマホも家電チェーンと提携するなどをして丁寧なサービスを提供することを試みているようです。今後どのような展開になるかわかりませんが、消費者に対して丁寧な説明をできるように工夫しなければ格安という魅力も褪せることになります。

先月は火災保険の満期を迎えましたので代理店の方とお話をする機会がありました。その代理店の方とは長いつき合いですので自動車保険にも加入しています。たまたま話の中で通販型自動車保険のシェアの話になりました。僕が最近経済誌で読んだ「通販型自動車保険のシェアが10%にも満たない」という記事に驚いた、と話しますと「車のディーラーさん経由で契約する人がまだたくさんいる」とのことでした。
よく考えてみますと、自動車を初めて購入する人は自動車保険についての知識をほとんど持っていないのが普通です。ですから「言われるがままに」自動車保険に加入しても不思議ではありません。このような現実を見ますと、自動車保険のシェアが劇的に変化することは当分ないように思います。
ですが、自動車保険については面白い話を聞きました。「大分先のことではありますが、将来的には自動車保険は保険会社が扱うのではなく自動車メーカーが扱うようになる」というものでした。今でさえ新しい車には自動ブレーキが付いているのは普通になってきています。その技術がさらに進むなら自動運転も夢の話ではなくなってきます。そうなりますと、事故を起こしたときの責任は「運転者ではなく自動運転を提供している自動車メーカーにある」ということになります。一つの技術の進歩はいろいろな方面に影響を与えます。

一つの出来事がいろいろんな方面に影響すると言いますと、安倍政権を揺るがしている家計学園問題も同じような状況になってきています。以前、「本当の悪者」というタイトルでコラムに書きましたが、時間が経つにつれ新たな事実が次々に出てきています。
まず、家計学園問題の「おさらい」としてこれまでの経緯を簡単に説明いたします。
この問題が表に出てきたきっかけは森友学園問題で安倍首相が知人に便宜を図ったかどうかで追及された延長として、「家計学園に便宜を図っていたという事実があった」と文科省の前事務次官が証言したことです。それに対して菅官房長官が「怪文書」とか「人間性に問題がある」などと反論したことで問題が大きくなりました。
この問題の核心は次の点です。
「家計学園が獣医学部を新設するにあたって安倍首相が便宜を図ったからどうか」。
これまでの展開では前川氏が主張する「安倍首相もしくは政権側から働きかけがあった」という説明のほうが説得力がありました。しかし、ここにきて安倍首相側が有利になるような証言が続いています。一例を紹介しますと、閉会中審査の場で前愛媛県知事の加戸守行氏が「10年以上前から家計学園は開設の申請をしていた」と説明したことです。さらに加戸氏は今回の家計学園関連の問題について「国家戦略特区でゆがめられた行政が正されたというのが正しい発言だ」とまで語っていました。
実は、この指摘についてはまた前川氏からの反論もあるのですが、その反論についてもそれ以前の政治状況が関係していますので事実関係を整理するのが困難になっています。ですので、さすがにこのあたりまでにきますと、問題が複雑になってしまい、焦点をどこに当てていいのかわかりにくくなっています。ですから、政治にあまり関心のない人は「引いて」しまうことになりそうです。
僕としましても、いったい誰の意見が「真っ当」で「常識的」で「正論」なのかわからない状態です。この複雑で絡み合った状況を解きほぐすには安倍首相本人が公の場所に出て説明するのが一番よい方法です。
そもそも言っていたじゃぁ、ありませんか。「丁寧に説明する」って。それしか解明する方法はありません。

じゃ、また。

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2017年07月09日

<度>

結局、都議選は都民ファーストの圧勝で終わりましたが、自民党に対するイメージが最低の状態でしたので当然のことのように思います。それにしても僕が残念なのは投票率です。一応なんとか50%は超えていますが、投票権を持っている人の責任としては70%前後はいってほしいところです。それが無理とするなら最低でも60%は超えるのが選挙民の義務というものです。
自民党の敗北の原因はいろいろあるでしょうが、投票日前日の安倍首相の街頭演説もかなり大きな要因のように思っています。「安倍、辞めろ〜!」コールのうねりに感情的になってしまい「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と応じてしまったのは、相手の思うツボにはまる結果となりました。政治に精通した人の見立てでは「安倍辞めろ!」コールを絶叫していた人たちは「その道のプロ」だそうですから、感情的に反応してマスコミに報じられたのはやはり間違った対応ということになります。
以前から書いていますが、安倍さんが政権を長く続けられている理由は「世論を感じ取る力に優れていること」と思っています。少しでも評判が悪くなりそうになると、国民受けしそうな経済政策を発表するということを繰り返しているからです。こうしたやり方は国民を甘くみているからにほかなりませんが、その感性がここにしてかなり鈍くなっているように感じます。それを示していたのが、今回の街頭演説での「こんな人たちに負けるわけにはいかない」発言です。
大分前ですが、自民党の幹部にまで上り詰めたK氏に密着するドキュメント番組を観たことがあります。そのときに印象的だったのは、ある地方の集会に行ったときの対応でした。
その集会は100人ほどの集まりでしたが、K氏が登壇し演説を始めてしばらくしたときに聴衆の中の60才くらいの男性が大きな声で演説内容について質問をし始めました。K氏はその話を丁寧に聞き、それなりに答えていたのですが、男性はしつこいくらいにさらに絡んできました。そのときK氏は、「細かい話はあとでお答えしますので」と言い演説を続けたのですが、「さすが!」と思ったのは演説を再開する前に秘書に「あの男性から話を聞いてくる」よう指示を出したことです。
実は、この指示は男性の話を聞くことが目的ではなく「男性の素性」を調べることでした。つまり、他候補の支持者とか単なる嫌がらせの目的なのかなどを確認するのが目的でした。一見、なにげない演説者と聴衆者のやり取りですが、政治家の奥の深さを垣間見た光景でした。
もちろん安倍首相もこの程度のテクニックは身につけているはずですが、それにも関わらず街頭演説での失態は「脇が甘くなっている」「一強に慣れすぎて驕っている」という批判が当てはまるのかもしれません。
こうした姿勢はほかの場面でも見ることができます。国会でのやり取りの際に質問者に対して自らが野次を飛ばしたり、反対に外野からの野次に無闇やたらに反応したりと首相という立場を忘れているかのような振る舞いでした。
本来、首相という役職は日本で最も責任の重い任についている立場ですので慎重な言い回しが求められるはずです。ちょっとした発言が社会をひっくり返すほどの力を持っているのですから当然です。ですから、慎重さを追い求めるあまり発言が「門切り型」であったり「曖昧」であったりと、面白みに欠ける発言が多いのが特徴でした。
そうした姿勢をひっくり返したのが「自民党をぶっ壊す」と声高に訴えて首相に就いた小泉さんでした。忘れもしません。国会という場でそれまでの首相では考えられないような答弁をしたのです。
2004年11月の衆議院での当時の民主党の岡田氏と小泉首相のやり取りです。当時、イラクへ自衛隊を派遣する際の条件が問題になっていました。「戦闘地域には自衛隊は派遣しない」という中で、岡田氏から「非戦闘地域の定義を言ってほしい」と問われた小泉首相は「自衛隊が行くところが非戦闘地だ!」と言ってのけたのです。このニュースを見た時、僕はいい意味でも悪い意味でも「すげぇな」と思った記憶があります。
安倍首相は、明らかに小泉節を真似ています。しかし、どんなことでもそうですが、物事が受け入れられるには「時(time)、所(place)、場合(occasion)」が大切です。あのときのあの状況での小泉首相の発言だったからこそ受け入れられた発言です。
安倍首相は二度目の登板ですが、最初のときは1年あまりで退陣に追い込まれています。そして、そのときは「弱い首相」というイメージがついてしまいました。今の安倍首相を見ていますとその弱いイメージを払拭することに懸命になっているように映ります。野次の飛ばし方や強弁などを見ていますとそのように感じます。しかし、今の安倍首相の振る舞いは「度が過ぎている」というのが僕の感想です。

ところで…。
首相に限らず「度が過ぎています」と変えたくなってきます。実は、先日キーボードを交換しました。理由は「度が過ぎて」いたからです。キーボードの「度」は「フレーズ」する「度」でした。
以前、パソコンが動かなくなりマザーボードの電池を交換した話を書きました。しかし、その後もパソコンの調子は今一つで、文章を書いている途中でキーボードが反応しなくなったりしていました。調子が悪くなると再起動するのが基本ですが、最近は再起動させなければいけない状況になる頻度が高くなっていました。
普通、パソコンの調子が悪くなるときは前兆というものがあります。今回の場合は起動させたあとwindowsの表示がでる前に「カチカチ」という音がするのが前兆でした。「カチカチ」の音がしてからwindowsが立ち上がるときは必ずキーボードが反応しないのでした。これまでですと、そのあとに再起動をさせることで直っていたのですが、先週はそれでも直らなくなってしまったのです。
僕はどんなものに対してもそうなのですが、壊れると自分で直したくなる性分です。ですから、今回もまずどこに不具合があるかを調べて自分で直すことを考えました。しかし、いろいろと調べていきましたところ買い替えるのが最も手間がかからず費用もかからないことがわかりました。「わかりました」と言いながら、その時点ではまだ予想でしかありません。それでも買い替えることにしたのはキーボードが思いのほか安いことを知ったからです。
結論を言いますと、大手家電チェーン店で820円で有名ブランドのキーボードを購入しました。早速帰宅しUSBを差し込みますと数分でデバイスがインストールされ、なんの問題もなく使えており、満足しています。
実は、買い替える前はたびたびフレーズしていて、そのフレーズを解消させるのにいつも5分くらい時間がかかっていました。そうした煩わしさを感じずにこのコラムも書いていますので気分よく終えることができます。

因みに、私たち夫婦は結婚して35年経ちますが、幾度も壊れそうになっています。それがまだ続いているのは「僕が直すのが好きな性分だから」です。妻が「度が過ぎない」のも一応はありますが…。

じゃ、また。

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posted by satoaki at 14:58 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月02日

<歯止め>

文科省の元事務次官の前川氏と官邸のバトルはまだ続いているようですが、今のような中途半端な状態で収束してしまうのは、僕としては納得できませんのできちんとした決着の方向に進んでほしいと思っています。
前川氏と官邸のバトルが始まってからも女性議員のパワハラ事件があったり、稲田防衛大臣の問題発言があったり、いろいろな問題や事件が起こっていますが、そうしたことが結果的に「目くらまし」のようになっているのが気がかりです。
文科省の問題で言いますと、家計学園問題で影が薄くなりつつあった森友学園の籠池氏が安倍首相の昭江夫人のお店に行ったり、安倍首相の街頭演説に直接行ったりして100万円を返却するパフォーマンスをしているのは「事件を風化させない」という意味で効果があるように思います。いつか逮捕されるとは思いますが、それまで「籠池氏、頑張れ!」と心の中で思っています。
聖人のような優れた人間でもない限り、人は常に正しいことをするとは限りません。ほとんどの人は正しい判断と間違った判断の間を行ったり来たりしているはずです。もし、すべてにおいて完ぺきに正しい対応をしていると思っている人がいたなら、そのような人こそ信頼性に欠ける人です。
このように人は常に過ちを犯す可能性がありますので、過ちをできるだけ最小に抑えるためにチェック機能を配置することが必要です。学校で習った記憶がありますが、三権分立はそのために作られたシステムのはずです。しかし、システムがあるからといってきちんと機能していなかったならなんの意味もありません。大切なのはチェック機能が働いているかどうかです。

若い人には古臭い話に思えるかもしれませんが、1980年代初頭に中曽根康弘氏が首相だったときに官房長官を務めた人に後藤田正晴さんという方がいました。中曽根さんという方は、今の安倍首相のように憲法改正を訴えていた政治家で自衛隊を正式に認めることを主張していました。中曽根首相はいろいろな場面で自衛隊の活動範囲を広げようとしていましたが、その考えに注意を促していたのが後藤田さんでした。
後藤田さんは自衛隊の海外派遣を「針の一穴になる」と悉く反対していたのですが、もし後藤田さんが官房長官を務めていなかったなら中曽根さんの時代に自衛隊はもっと力をつけ活動範囲を広げていたはずです。まさしく後藤田さんが歯止めになっていました。
このように書きますと、僕が「後藤田さんは素晴らしく、中曽根さんは悪者」と思っているように思われますが、実は僕は中曽根さんも後藤田さんに負けないくらい素晴らしい政治家だと思っています。
理由は、至極シンプルで「自分の思い通りにさせてくれない後藤田さんを官房長官に据えていた」からです。歯止め的な役割を身近に配置することで自分の政治家としての姿勢を保とうとしているように思えました。それは独裁に陥らないことです。
以前、このコラムで安倍首相が憲法解釈の変更を行った際に僕は「昔だったら、法制局が抑えていたのに」と書きました。恥ずかしながらそのときは気づかなかったのですが、安倍首相は法制局が反対をしないように、内閣法制局長官の人事を変えていたのでした。覚えている方もいるでしょうが、安倍首相に考えが「近い」というか「同じ」小松一郎氏を長官に任命していました。このような布石がありましたので、あっさりと憲法解釈が行われていたのでした。
参考までに内閣法制局について辞典から引用いたします。
「内閣の補助部局の一つで、法律問題に関して内閣や大臣に助言を与える内閣直属の機関。内閣法制局は、法令の適用や解釈について内閣や各省庁で疑義が生じたときに意見を述べ、あるいは法律問題に関し、政府統一見解を作成するときに大きな役割を果たす。(ブリタニカ国際大百科辞典)」

自分の政策を遂行するには反対勢力を排除したほうが楽であるのは間違いありません。反対勢力によって、いちいち足止めをくらい中々前に進めないといった状況にならなくて済むからです。周りがみんな賛成してくれる人ばかりだったなら、なんの苦労をすることなく自分の思い通りに政策を遂行することができます。しかし、楽なほうには必ず落とし穴があります。

かつて星飛雄馬は小学生低学年の頃、父から早朝の走り込みを日課とされていました。ある日、飛雄馬がいつものコースを走っていると工事中で行き止まりになっていました。ですので、いつもとは違う道を選ばなければいけないのですが、道は二通りありました。右と左ですが、両者の違いは距離です。右を行きますといつもより距離が短くなり、左に行きますといつもより距離が2倍くらい長くなってしまいます。飛雄馬は迷った末に短くなる右の道を選びました。
飛雄馬はいつもより距離が短くなったことで少しうれしさを感じながら走っていたのですが、その道の出口に差し掛かったところに行きますと、なんとそこには父・一徹が腕組みをし鬼のような形相で待ち構えていたのです。飛雄馬を見た一徹は頬を張り飛ばして叱りました。
「どうして、大変な方を選ばなかったんだ!」

僕は安倍さんが首相になってから安倍さんのスタッフの世論を感じ取る敏感さに感服していました。世の中の雰囲気を実にうまくとらえていたからです。その感性が安倍さんの長期政権に寄与しているとさえ思っています。しかし、最近その敏感さにずれが生じているように感じています。
少し前に安倍首相の取り巻きのジャーナリストといわれる人がレイプ事件をもみ消したことでマスコミで注目されましたが、そのジャーナリストが安倍首相にアドバイスをしていたことは容易に想像がつきます。そのジャーナリストが事件でいなくなったことも「敏感でなくなったこと」と無縁ではないように想像しています。
また、最近の菅官房長官は記者会見での記者の人たちへの対応の仕方が自信無げになっているように感じています。それを端的に表していたのが、東京新聞の女性記者とのやり取りでした。よく解釈しますと「真摯に向き合おう」としているように見えましたし、一方で「弱弱しい感じ」を受けました。以前でしたら、批判的な質問に対しては一蹴するくらいのふてぶてしい対応をしていたように思います。端的に言いますと、「やりこめられていた」という印象です。

安倍さんが首相に返り咲き、菅さんが官房長官に就任したときは菅さんが安倍さんの歯止めの役割をしてくれるのではないか、と期待していました。後藤田さんの影が見えていたからです。しかし、残念ながらそのような対応はしていないようです。
安倍さんはお友だち内閣と揶揄されていましたが、実際に荻生田副官房長官や下村元文科大臣と家計学園の親密性を目の当たりにしますと、お友だち内閣は的を得ているように思います。

それにしても最近の大手新聞の報道姿勢はあまりにジャーナリズム感がなさすぎです。読売新聞の前川氏の出会いバー報道などを見ていますと落胆を通り越して悲しくなるくらいです。今回、またしても文春が下村議員の家計学園の寄付に関する記事を発表していましたが、新聞はスクープを忘れてしまったのでしょうか。先ほど、菅官房長官と東京新聞の女性記者とのやり取りを紹介しましたが、「きちんとした取材をしよう」という姿勢が好感です。いったい、大手新聞の記者の方々はどうしてしまったのでしょう。マスコミが政権の歯止めの役割を放棄してしまってはジャーナリストの名前が泣きます。

じゃ、また。

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posted by satoaki at 17:26 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月25日

<へこみました>

 先週は「ショックなこと」と「うれしいこと」がありました。「ショックなこと」とは「女性議員がかなぎり声で秘書を怒鳴り散らしている音声を聞いたこと」ではありません。確かに、裏表のある振る舞いには憤りを覚え、「こんな人は議員になる資格がないよな」と思いましたが、ショックを受けたのは僕の身の回りのことです。
 妻と買い物に行く前に、地域の理事長さんの家に寄る用事がありました。理事長さんの家は買い物に行く道から左に曲がった道を通り抜けて行く必要がありました。その道を通るのは実に久しぶりで以前はよく利用していたのですが、ここ1〜2年は利用することがなかった道です。今回の「ショックなこと」はその曲がり角で起こりました。
 その道を左折するときに車をぶつけてしまったのです。擦る程度でしたらよくありますのでショックなど受けないのですが、前のバンパーが大きくへこんでしまったのです。そのへこみ具合を見て、僕の気持ちまでへこんでしまいました。
 どうしてぶつけたかといいますと、「久しぶりに通る道」というところがミソです。その曲がり角はとても急な角度でしかも道幅が狭くなっています。車1台がようやく通れるくらいの道幅しかありません。
 現在僕が乗っている車はモビリオスパイクという小さめなサイズですが、その前はワゴン車のセレナに乗っていました。ですから、今の車よりも大きな車だったことになりますが、以前よく通っていたときはそのセレナで曲がっていました。もちろん少し大回りはしていましたが、運転に少し自信がある僕としましては、その大きめの車で細い道に曲がれることが自慢のひとつでした。
「どうだぁ、ワイは運転がうまいんやで〜!」と
いった感じです。
 そのような記憶がありましたので今回も当然曲がれるものと思っていました。しかし、細い道に入ろうとしましたところ、どう考えても前部右側か後部左側面がぶつかりそうでした。3回ほど慎重に切り返しをしましたが、今一つ通れそうもない感じがしました。
 ですが、以前僕はもっと大きな車でこの急な曲がり角を曲がっていたのです。「曲がれるはずがない」という意味のない信念がありました。ですから、「無理があるかなぁ」と思いつつも一気に通り抜けようとしました。
 すると、後輪の左側あたりのエアロパーツがきしむ音がしました。左のバックミラーを見ますと障害物(電柱を支えている棒)に触れていると言いますか少しぶつかっているのがわかりました。しかし、以前僕はもっと大きな車できれいに曲がっていたのです。変な自信がありました。ですから、さらに車を前に進めました。もちろん左のバックミラーでぶつかり具合を確認しながら、それでも少し勢いをつけて前に進めました。
 すると、左後輪のエアロパーツが障害物から離れようとしたときに、今度は前方右側のバンパーあたりから「ゴツン!」という音が聞こえてきました。左後輪のエアロパーツは「ギ、ギ、ギー」という音でしたが、前方右側のバンパーあたりからは「ゴツン!」です。嫌な予感がしましたが、そのまま走り続けました。
 さて、いつものスーパーの駐車場に車を停め、前方右側を見ますと、、、「ショーッック!」。大きくへこんでいたのでした。
 人間というのはちょっとしたことで気持ちに変化が起きるものです。あれを修理するのに「10万円くらいはかかるのかなぁ」などといった悲しい思いが頭の中を巡り、妻との会話もなく、後悔の念が頭をもたげてきました。
「どうして、無理に進んだんだろう…」
「あのとき、戻ればよかった…」
 思い起こせば反省の思いが次々に浮かんできました。そのときに妻が言ったのです。
「そういえば、前はあそこを曲がっていなかったよね」
 この言葉は僕にとって青天の霹靂でした。
「えっ?」
 僕が尋ねますと、妻が続けました。
「あの角の家が建て替えてから、曲がりにくくなったからって違う方から入るようにしたじゃない」
 そうでした。妻に言われて僕も思い出しました。角の家は建て替えをしていたのでした。それを境にして僕は細い道への入り方を変更していたのでした。しかし、もうあとの祭りです。車はへこんでいたのですから。
 もちろん「なんで先に言わないんだよ!」と夫婦げんかになったのは言うまでもありません。
 その日の夜から修理対策を練ることにしました。できるだけ安く直すのが目標です。最初にやったのはネットで調べることです。格安修理を謳っている幾つかの業者がいましたので、その中から写真を送るだけで見積もりを出してくれる業者に問い合わせることにしました。
 見積もりは2社に依頼したのですが、約4万円と約5万円でした。ですが、この金額が安いのか高いのか判断がつきません。そこでテレビなどでCMを流していたチェーン店に行くことにしました。
 そのチェーン店は修理だけのお店もありますが、ガソリンスタンドがチェーン名を掲げているケースもありました。そこでネットで調べて近くのガソリンスタンドが加盟しているチェーン店に行きました。
 結論を言いますと、担当者の方は車のへこみ具合をみて、「ここまでひどいと取り替えたほうが安くすみますよ」と答えてきました。ネットで見積もりをお願いした業者は「取り替える」のではなく、修理をする方法で答えていました。担当者の方がメーカーなどにいろいろ問い合わせた結果、見積額は「部品代(バンパー)が6万円くらい+脱着の工賃」ということでした。しかも、部品は色がついていないので色を付ける必要があるのでさらに金額が増えるとのことでした。つまり、8万円以上はかかる計算になります。
 どう考えてもこのチェーン店に修理を依頼するのは得策ではありません。僕はネットで見積もりをした業者に依頼する気持ちに傾きながら家に向かっていました。妻と修理業者について話しながら運転をしていましたら、急に妻が「あ、あそこに板金の看板を出している会社がある」と言うのです。僕は車を道の左端に停めて、その会社の看板を見ました。そこには「お客様のご要望に合わせて修理をいたします」そして「1日で修理します」と大きな文字で書かれていたのです。
 一応話だけ聞いてみようと思い、その業者に行きますと、60代後半くらいの小柄なおじさんが笑顔で出てきてへこんでいる部分を見ていました。そして、こういうのです。
「普通に修理するだけでいいんなら、3万円でいいですよ」
 結局、そのまま翌日の修理予約をして、本当に1日で修理が完了したのでした。驚きです。もちろん代車は無料で貸してくれましたし、従業員の方の接し方も感じがよかったのですが、さらに良心的と思ったことがありました。
 実はぶつけたのは前方のバンパーだけではなく、後輪の左側のエアロパーツもひび割れていたのです。ですが、僕はエアロのネジを外し接着剤でくっつけていました。僕のような素人が簡単にくっつけただけですので見た目もみっともなく、いかにも「くっつけただけ」というのがわかる程度の修理でした。
 修理を終えて自宅に戻ってその割れた箇所を見てみますと、なんとエアロ用と思える接着剤できれいに整えてありました。無料で直してくれたことになります。
 「うれしかったこと」はこのような良心的な業者に出合えたことです。人間はちょっとしたことで悲しくもなり、うれしくもなる単純な生き物です。でも、自分のストレス発散を立場の弱い人にぶつけるのは人間として失格ですよねぇ。

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:29 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月18日

<同窓生>

 都議会選が実質的に始まりましたので各政党の動きが活発化してきています。選挙カーを見かけることも多くなりましたし、街頭演説をしている政党もあります。そんな中、僕に直接働きかけてくる人もいます。
 僕は基本的に不偏不党をポリシーにしていますのでどこかの政党を支持することはありません。ですが、一生懸命に政治活動に取り組んでいる人は応援したくなる気持ちがあります。そうした姿勢はどういうところで見るかといいますと、やはり日々の活動です。ポスターに書いてあることは信用できないのが普通です。いくらでも「格好いい文言」を並べることができます。文言は信用できませんので、実際の行動で判断するしか方法はありません。
 今から10年以上前のことですが、選挙に関係のない時期に駅前でほぼ毎日マイクを片手に演説をしていた若い政治家がいました。多くの人に訴えるには通勤時間が最適ですので朝7時前から駅前に立っていました。本当に感心するほど毎日続けていました。その方の前を通り過ぎるのは数十秒のことですので、正直なところ演説の内容はあまりわかりませんでした。ですから、主張していることはわかりませんでしたが、政治家として信頼に足る人であることは想像できました。
 そうした政治家に対して、選挙が始まるときだけ駅前で演説をする候補者がいます。僕が見たのは先の若い政治家を利用して演説をしていたズルい政治家です。おそらく政治家の世界でも縄張りというのがあり、街頭演説をする場所取りというのには「暗黙のルール」があるように思います。日ごろから演説をしている人がその場所の縄張りになるのではないでしょうか。たぶん、この「暗黙のルール」は政治に関わる人たちの間で了承されているはずです。
 そうなりますと、日ごろ駅前で街頭演説をしていない候補者は駅前で演説をする場所を確保できないことになります。しかし、それは日ごろから地道にコツコツと真面目に政治活動をしていないのですから自業自得というものです。
 僕が見たズルい政治家は毎日演説をしていた若い政治家の隣に立ち、若い政治家に続いて演説をしていました。つまり、例えて言いますと、花見をする際に会社の先輩が後輩に場所取りをさせてあとからゆっくりきて楽しむようなものです。自分だけ「楽して楽しもう」という発想です。このような発想の政治家が国民や住民全体のことを考えた政治をするはずがありません。

 先週の日曜日ですが、パソコンに向かって作業をしていたときのことです。インタフォンが鳴りましたので、僕は「宅配の人」と思い、大きな声で「はぁ〜い」と言いながら玄関に向かいました。しかし、玄関のガラスから外を見ますと、宅配の人ではなく僕と同じくらいの年齢の女性が二人立っていました。
 このような光景を見ますと、すぐに思いつくのは宗教の勧誘です。我が家の近辺には定期的にいろいろな宗教の勧誘が来ます。
 話は少し逸れますが、僕はお店を構えた商売を3回ほど経験しています。開業するということは廃業も3回経験していることになりますが、廃業するときに遭遇するのが、実は宗教の勧誘なのです。人間というのは、不遇のときは心が弱くなりますし、心に隙ができやすい精神状態になっています。新興宗教の人たちはそのような精神状態につけこんで心を奪い取ろうとするところがあります。僕は新興宗教のそのようなやり方に憤りを感じています。もし、本当に自分の宗教を信じ自信があるのなら、そのような正常な精神状態でないときを狙うのではなく、正常な判断ができる普通の精神状態のときに真正面から堂々と勧誘するのが正しい勧誘の方法だと思っています。
 それはともかく、勧誘の人らしき人の姿をみて、いつものように「丁寧に断る」つもりでいました。これも僕のポリシーなのですが、「断る」のにも礼儀があります。僕はいつもドアを開けて「すみませんが、結構です」と言葉をかけるようにしています。
 さて、ドアのノブを掴み右に回して3分の1くらい開けましたところ、意外な言葉が聞こえてきました。
「〇〇高校の△△期の卒業生です」
 「〇〇」は僕の卒業した高校名で、△△は僕が在籍していたときの年次です。つまり、この女性たち二人は僕の同窓生ということになります。僕は、思わずドアを全開し、
「おお、これは珍しい〜!」
 と、笑顔で迎えました。しかし、高校を卒業して40年以上過ぎていますので二人の顔に見覚えはありません。僕は続けました。
「何組の何さんですか?」
 二人はそれぞれ笑顔で答えたのですが、やはりそれでも思い出せません。また、僕は続けました。
「僕は何組だったのかぁ?」
 僕の質問に、右側に立っていた女性が鞄の中から名簿らしきものを取り出し、しばらく見てから
「maruyama君は、3年6組でしたね」
 自分では何組だったか記憶が定かではありませんでしたので、心の中で「へぇ〜」と思いながら質問を続けました。
 それにしても他人から「〜君」と呼ばれるのは久しぶりです。とても懐かしく新鮮に感じられ、うれしい気持ちになっていました。
「お二人はなんのクラブ活動だったのですか?」
 高校時代で僕が一番記憶に残っているのはやはりクラブ活動です。僕が入っていたバレーボール部は高校の中でも一番厳しいと評判だったこともあり、僕が最も充実感を感じていた時間だったからです。
 左側に立っていた女性が答えました。
「私は1年のときだけ吹奏楽部で、彼女は2年までバスケ部にいたんですよ」
 それでもピン!とこない僕はさらに尋ねました。
「じゃぁ、僕は何部だ!?」
 二人は顔を見合わせ数秒考えていましたが、わからないようでしたので自分で言いました。
「バレー部だったんですけど…」
 僕の答えに二人は
「ああ、そうだ、思い出した思い出したぁ」
 …なんて、想い出話をしながらいろいろと世間話をしました。僕は、いろいろな人のお話を聞くのが好きですので、高校を卒業したあとの進路や就職の話、またそれぞれの旦那さんとの出会いなど楽しい会話を楽しみました。
 やはり、「60年も生きていますと誰にでも浮き沈みにがあり、いろいろな経験をしているんだなぁ」というのが僕の感想です。
 ところで、お二人がなにをしに来たのかといいますと、選挙でした。ある政党の候補者のお願いに来たのですが、お二人は僕の家からはかなり遠くに住んでいる方です。それにも関わらず選挙活動をしているのですから、組織の強さがわかるというものです。読者の皆さんは、もうどこの政党かおわかりですね。そうです。後ろで大きな組織が支えているあの政党です。

 ですが、僕の率直な感想としては、このような選挙活動と言いますか、応援はマイナスにしか作用しないように思います。まず、高校の卒業名簿を活用することは今の時代の「個人情報の扱いを慎重に」という時代の流れに反することですし、そもそも40年以上も前の知り合い(?)にお願いされて一票を入れるとは思えません。組織の上層部の方々は今一度考えなおしたほうがよろしいように思います。

 ところで…。
 お二人とはいわゆる世間話というものを30分近くしたのですが、10分くらいを過ぎた頃に左側の女性が僕の顔をまじまじと見ながらゆっくりとした口調で言いました。
「ああ、段々思い出してきた…」
(その程度の思い出しかないのにやってきたのか)と残念な気持ちになったのですが、次の言葉でうれしい気分になりました。
「maruyama君って、人気者だったよね!」

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:53 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

<小松成美さん>

 今から10年くらい前ですが、「世界でいちばん大切にしたい会社」という本が注目を集めました。坂本光司さんという大学の教授が執筆した本ですが、従業員を大切に扱っている会社を紹介している本です。その中で日本理化学工業という会社を取り上げているのですが、この本に取り上げられたことでこの会社も注目を集め、そこの社長も注目を集め、いろいろなマスコミに登場していました。中にはわざわざ再現ドラマまで作っている番組までありました。
 日本理化学工業が「世界でいちばん大切にしたい会社」に選ばれたのは知的障害者を雇用していたからでした。この会社は「チョークを作る会社」なのですが、その工場で知的障害者を雇用していました。しかも、清掃や後片付けなどといった補助的な業務ではなく、普通の従業員と同じようにチョークを製造する業務をしていることも注目を集めた理由です。
 実は、僕はこの再現ドラマも見ているのですが、通常では知的障害者にはできそうもない作業工程を経営者が工夫をして改善している様子に感動を覚えた記憶があります。
 ですが、僕はひねくれものですのでマスコミにあまりに頻繁に登場する人を疑いの目で見る傾向があります。なにしろ、世の中にはマスコミの取材のときだけ好人物を演じ、実際は欲にまみれていてマスコミが伝える人物像とはかけ離れた人がいるからです。このような人はどの業界にもいるのが特徴で、芸能人はもちろんとしてスポーツ選手や経営者の中にも、そのような雰囲気を漂わせている人がいます。
 ですから、あまりにマスコミ出演が多い人は疑う必要があります。なにしろマスコミに出演するだけでかなりの時間を要しますので、露出が多いということは裏を返せば本来の仕事をないがしろにしていることになるからです。
 ですが、日本理化学工業の社長は違っていました。インタビューに答えている雰囲気から「インチキさ」を感じることはなく、マスコミが伝えている人物像がそのまま実際の人柄を表している印象を受けました。しかし、実際に会ったこともありませんので、それ以上の関心を持つことはありませんでした。
 知的障害者に対してサポートを行っている経営者はほかにもいます。宅急便を開発したヤマド運輸の中興の祖と言われている小倉昌男氏もその一人です。細かなきっかけは忘れてしまいましたが、小倉氏は知的障害者の置かれている状況がとても悲惨であることに気をかけていました。そして、第一線を退いたあとに知的障害者の労働環境を改善する活動を始めました。
 小倉氏の本を読みますと、知的障害者が年齢を重ね働かなければいけない年齢になりますと障害者作業所というところで働くようになるそうです。小倉氏が納得できなかったのは、作業所での月給が1万円ということでした。小倉氏はこうした状況を改善しようと奮闘するのですが、その過程で誕生したのが「スワンベーカリー」というパン屋さんの事業です。このパン屋さんは「障がい者の働く『おいしい焼きたてパンの店』を目指している事業」で、現在も継続されています。
 簡単に「継続」と書きましたが、実は知的障害者と普通の健常者が一緒に働くのは傍目から見るほど簡単ではありません。理由は、健常者の側に複雑な気持ちが起こるからです。以前、スワンベーカリーの運営についてのドキュメンタリー番組を観たことがありますが、単に優しい気持ちや思いやりの気持ちだけではお店がうまく回らないのです。番組ではそうしたことまでの伝えていました。ですから、現在も続いていることに驚きとうれしさを感じています。
 因みに、小倉氏が福祉に関心を持ったのはほかにもきっかけがあったのですが、それはのちに出版された「小倉昌男 祈りと経営: ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの」(森 健)に書かれています。

 それはともかく、スワンベーカリー事業を紹介する番組でも報じていたように、日本理化学工業でも健常者と障害者の軋轢が起こっていました。人間という動物は扱いが難しい生き物のようで、短い期間ですと他人に対して優しさや思いやりを発揮することができます。しかし、一定の期間が過ぎますと優しさとか思いやりという感情は失せてしまい、不満やいら立ちを感じるようになってしまいます。
 そもそも何故、10年くらい前に注目された日本理化学工業という会社について僕が今回書いているかといいますと、先日本屋さんに行きましたところ、この会社を取り上げている本がランキングに入っていたからです。「虹色のチョーク」という本です。

 僕は、不思議でした。なんでこんな10年も前に注目を集めた会社について書いてある本がランキングに入るのか…、と。

 答えは、著者にありました。小松成美さんです。
 サッカーの中田英寿選手が第一線で活躍していた頃、「中田語録」という本がベストセラーになりました。中田選手はマスコミ嫌いで有名でしたが、その中田選手の言葉を集めた本ですので注目されるのも当然といえば当然です。ベストセラーになるべくしてなった本と言えます。この本が売れた最大の要因は、著者が中田選手から出版の了解を得られるほどの親密さと信頼関係があったことです。そして、この本の著者は小松成美さんでした。
 スポーツ選手の中にはマスコミと距離を置こうとする人が少なくありません。競技が好きで始めたにも関わらず、有名になるにしたがってプライベートも含めて競技以外の部分がクローズアップされることに反発する気持ちが起きるからだろうと想像します。先日、箱根マラソンで山の神と言われていた選手が27才という若さで現役を引退しましたが、僕はマスコミから注目されることと無縁ではないと想像しています。
 マスコミと距離を置く選手はマスコミからしますと扱いにくい選手ですが、そうであるだけにその選手のインタビュー記事などは価値が高くなります。そのような状況になりますと、今度はその価値を手に入れようとするマスコミ関係者という人が出てきます。インタビューをできるほど親しい関係になることが、マスコミ人としての価値を高めることになるからです。俗な言い方をするなら、「有名人と懇意にしてるから話を聞けるよ」という立ち位置です。
 実は、「中田語録」が出た当初、僕は小松成美さんについてそのような印象を持っていました。マスコミ嫌いな中田選手の「語録」を出版できるということは普段から出版狙いで親しくしていた可能性が高いと感じていたからです。
 ところが…。
 小松さんの著作歴を見ますとスポーツ選手が多いのですが、しかもどちらかと言いますとマスコミに露出するのがあまり得意でない人が多いのが特徴です。そんな中、名前は忘れてしまったのですが、わざわざ小松成美さんを指名して本の出版を許可している人がいました。それを知ってから、僕の小松成美さんに対する見方が変わったのでした。
 そのような経緯がある中で小松成美さんが「虹色のチョーク」という本を出版していましたので、とても気になったのでした。
 中を読みますと、僕の期待にたがわぬ内容でした。「世界でいちばん大切にしたい会社」の中では日本理化学工業に割いているページ数はそれほど多くはありませんが、「虹色のチョーク」は224頁です。表層的なことだけを書いていたのではページ数が余ってしまう量です。
 この本の中で僕が一番興味を持ったところは、「健常者の人たちが障害者に対して上から目線で接していることに違和感を持った社長」でした。そのあたりの微妙な対応の仕方について小松さんは丁寧に書いています。この本の核心はここにあるのではないでしょうか。
 現在、そしてこれから少子高齢化の社会になることはわかりきっていますが、そうしたときに突き当たる壁は健康な人と年老いた人の対立です。健康な人は短期間ならば年老いた人に優しくすることはできるでしょう。しかし、それが未来永劫続くとなると不安がもたげてくるはずです。不安だけならよいのですが、それは不満になり苛立ちになったとき虐待という最悪な状況が起こることも予想できます。
 そのような社会にしないためには日本理化学工業の社長が取り組んだように、健康な人たちが無理をする感覚ではなく自然に年老いた人たちに優しくできるシステムを作ることです。感情だけに訴えて期待するやり方では必ず破たんが訪れます。
 「虹色のチョーク」はそんなことを教えてくれています。

 じゃ、また。
 

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posted by satoaki at 20:19 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

<スマホカバー探しの旅>

 スマホを買い替えた話は先月書きましたが、今回はそのカバーについてのお話です。新調しましたスマホはとても好調です。使い慣れるには少し時間がかかりましたが、買い替えてとてもよかったと喜んでいるところです。前回も書きましたが、1万円以下で以前よりも数段アップしたスペックのスマホを購入できたのですから、こんなにうれしいことはありません。
 以前のスマホは僕が買ったときは29,800円で、同じ機種を妻はそ4ヶ月後に9,800円で買っています。僕の29,800円は妻の価格に比べて高い気もしますが、当時はそれくらいが普通の価格でした。それに、あとから妻が9,800円で買っていますので結果的には2台を約4万円で買ったのですから1台2万円で買ったことになります。それで「よし!」とするしかありませんでした。それに比べますと、今回1万円以下で買えたことは格段に得をした気分でいられます。
 しかし、利用者が少ないスマホには短所があります。それは使い方に関して情報が少ないことです。価格が安いので仕方ない面もありますが、あまりに情報が少なく困る場面が幾度もありました。
 最近ではスマホなどを購入しても昔のように分厚いマニュアル書などはついていないのが普通です。ですが、メーカーがネットで提供していたり、使っている人が多い機種ですと使い方を説明したサイトなどがたくさんあります。ですので、使い方に関しては困ることはほぼありません。
 また、スマホケースなどアクセサリー関連もディスカウントストアでもいろいろな種類がたくさん売っていますし、ネット上でも販売されています。アクセサリーについても困ることはほとんどありません。
 iPhoneですと100円ショップなどでも売っていますのでお金をかけずにアクセサリーをそろえることができます。以前スマホ関連の記事を読んでいて驚いたのですが、若い女性の7割がiPhoneを使っているそうです。僕の中ではiPhoneは高いというイメージがありましたので若い女性のシェアが高いことにとても驚きました。
 それはともかく、僕のスマホはとにかく情報が少ないのです。マニュアルにしましても本体に同梱されていないのは当然としても、ネット上にもないのです。つまり、マニュアル書がないスマホということになります。これは使いづらいです。
 僕は試しにと思い、ヤマダ電機に行き店員の方に「マニュアル書」について尋ねましたが、店員の方も知らない状況でした。タブレットを持ってきて一緒に探してくれたりもしたのですが、結局マニュアル書は見つかりませんでした。しかし、店員の方は優しい方で「よろしかったら、私が今説明しますけど」とおっしゃってくれたのが、せめてもの救いです。
 マニュアル書がありませんので自分で試しながら使うことでなんとかなるのですが、「なんとかならない」ことがありました。それはスマホカバーです。スマホカバーもマニュアル書同様にシェアの高い機種はいろいろなところで販売されています。それこそiPhoneなどは100円ショップでもたくさんの種類のスマホカバーが売られています。
 しかし、売れていない機種は店頭で売っていることはありません。普通に考えれば当然ですが、売れる確率の少ない機種は回転の悪い在庫です。そのようなものを売り場に置くのは利益の損失につながります。
 しかし、ネットでの販売は店頭販売ほど在庫にシビアではないはずです。なにしろアマゾンの真骨頂はロングテール販売にありますので、利用者が少なくても販売しているはずです。ところが、どこを探しても僕のスマホカバーは売っていませんでした。
 そこで僕は思いました。ヤマダ電機のオリジナルなのだから「ヤマダ電機に行けば売っているはず」と。ところが、悲しいことに置いてありませんでした。店員の方にわざわざ訪ねたのですが、売っていませんでした。マニュアル書のときと同じように店員の方がタブレットを手に取り探してくれましたが、売っていませんでした。
 そこで僕はまた思いました。なければ自分で作ればいいじゃん!いつもの僕の「なんとなくできそうな気がする」が沸々と沸き上がってきたのです。早速、ネットで調べますと、ありました。
 皆さんはグルーガンという接着器具をご存知でしょうか。これはピストルのような形をしたものに後ろから溶剤を入れ、高熱で溶かしてそれで接着する器具です。
 ネットに出ていたのはその溶かした溶液でスマホカバーを作る方法でした。僕はグルーガンを持っていましたのであとは溶剤を購入するだけです。この溶剤は直径1センチ長さ10センチくらいのものが20本入りで100円ショップにあります。これでうまく作れますと、なんと100円でスマホカバーが完成したことになります。うれしい〜!
 作り方をざっくり説明しますと、スマホをビニールで囲い、溶かした溶剤でスマホの形をなぞりながらカバーの形にしていき、最後にビニールを外して完成というわけです。さて、溶剤を購入し作り始めようところで僕はふと思いました。
「こういう細かい手作業は僕よりも妻のほうがうまいに決まっている!」
 僕はこういうこともあるかと思い、溶剤を買いに行くときに妻に作り方などを細かく説明していました。もちろん、その段階では僕が自分で作るという前提でです。しかし、作り始める段階では「妻の方が向いている」と思い、考え直したのです。妻にお願いしてみますと、まんざら嫌がるふうでもありませんでした。実は、僕はお願いしてからお風呂に入ったですが、お風呂から出てきたときには「できていました」。妻手作りのスマホカバーが。。。
 このときのうれしさったら。。。
 正直に言いますと、素材は接着剤ですし、溶けた溶剤も出てくる形は1〜2ミリくらいの棒状のものですで平面にはなっていません。その棒状のものを並べてつなげて平たくします。ですので、できたものはどうしてもゴツゴツした肌触りになるのですが、とりあえずはスマホにピッタリはまったカバーの形になっています。それだけで僕には満足でした。うれし〜!
 ところが、、、人間というのは欲張りな生き物です。数日使っていますと、不満を感じるようになりました。それは肌触りがベタベタすることです。元々の素材が接着剤ですので溶けたならベタベタすることはあるかもしれませんが、人間の体温くらいで触っている程度では溶けることはありません。ですが、「元々は接着剤」という先入観がありますのでベタベタした感じがするようになったのでした。
 そこでまたまた僕は考えました。ピッタリでなくても同じくらいの大きさのスマホカバーを買ってきてそれのサイズを調節する方法です。この方法ですと、購入したスマホカバーが大きくても小さくても、溶剤を使うのは一部分だけですのでベタベタ感がなくなるはずです。溶剤だけで作ったときの欠点を解消することができます
 この方法で一番大切なことはできるだけサイズが近いスマホカバーを探すことです。そこでたくさんの種類のスマホカバーを売っているお店に行きました。先にも書きましたが、現在シェアが圧倒的に高いのはiPhoneです。ですから、iPhone専用の機種が売り場の多くを占めていました。ですから、android用のカバーは元々少ないのですが、その中から僕のeveryphoneにできるだけ近いサイズのカバーを探さなければいけません。
 僕は、それまでスマホカバーを売り場で探したことがあまりありませんので気がつかなかったのですが、スマホカバー売り場には試し用として箱から出してある見本品が展示されていました。
 そこで、僕は順にスマホを入れて試していたのですが、なかなか気に入ったものがありませんでした。それでも順繰りに試していますと、妻が「同じくらいの大きさのがあるよ」と声をかけてきました。その場所に行き試しに入れてみますと、なんと!ピッタリの大きさのスマホカバーだったのです。ボタンの位置やコードを差し込む位置以外を除くなら全くと言っていいほどピッタリのサイズでした。あまりにうれしかったので商品名を紹介します。「XperiaTMX」という製品でした。
 こうして僕のスマホカバー探しの旅は終わったのですが、僕の人生の旅は続きます。

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:51 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

<本当の悪者>

 先週、僕が最も関心を持ったのは文科省の前事務次官が政権に反旗を翻している姿でした。そして、それに対して執拗に攻撃をする政権の姿勢でした。この事件というか騒動は「誰が本当の悪者なのか」わかりにくい構図になっています。
 では、この事件の全体を俯瞰する感じで発端から説明したいと思います。その中で読者の皆さんが「本当の悪者」をそれぞれ決めていただきたいと思います。「決める」というよりは「感じる」のほうが適切かもしれません。それぞれの出来事が複雑に入り組んでいますので「決める」という表現は正しくないように思えるからです。なにしろこの事件には政権から野党から官僚からマスコミまですべてが関わっているのですから…。
 事件の発端は家計学園疑惑でした。この疑惑は森友学園疑惑と同様、国有地を格安で民間に譲渡したことです。そして、共通しているのがどちらも安倍首相の知り合いであることです。特に、家計学園の理事長は安倍首相自らが「腹心の友」と語っているほどですからかなり親しい間柄の方です。前回のコラムでも書きましたが、本来首相の地位にある人は「李下に冠を正さず」が適切な振る舞いですが、安倍首相はそのような配慮の必要性を感じていなかったようです。
 家計学園疑惑を追及していく中で出てきたのが文部科学省(以下:文科省)と家計学園との間で取り交わされていた獣医学部の新設についてのやり取りの文書です。報道によりますと、家計学園は獣医学部の新設を文科省に申請していたのですが、獣医の数が需要を上回っていることを理由に、文科省は1996年以降獣医学部の新設を認めてこなかったそうです。それにも関わらず家計学園に認可した背景には「安倍首相の意向が働いている」という圧力があったからです。ここでも森友学園のときと同様に「忖度」という言葉がマスコミを賑わせました。そして、「安倍首相の意向」を証明するような文書の存在の有無が注目されることになりました。
 こうした展開を受けて今度は、その文書の正当性について文科省の前事務次官と政権側のバトルが始まりました。そのバトルの一つとして前事務次官はその文書の存在を認める発言をし、菅官房長官はこの事務次官の人間性を貶めるかのような発言をし、また読売新聞はこの前事務次官の出会い系バーへの出入りを報じたり、そうした動きに対抗するかのように前事務次官は会見を行ったりマスコミのインタビューに登場したりしています。
 これが家計学園疑惑にまつわる一連の流れです。読売新聞は元事務次官の出会い系バーへの出入りを報じるくらいですから、間違いなく政権側の立ち位置です。この報道に対しては批判的な意見が多いようですが、記者が裏付けをとって報じてるのではなく政権側のリークに易々と乗って報じているからです。批判を覚悟で報道したのですから読売新聞の姿勢がわかろうというものです。
 それに対して、朝日新聞は政権側に批判的です。一国の総理が親しい人に便宜を図るような行動したのですから「安倍政権に非がある」という意見には頷けます。しかし、まだなにかしっくりこない違和感を感じます。のどになにかがひっかかっている感じです。
 第一の違和感は「なぜ、前事務次官が政権を追い詰めるような行動をしたか」です。正否は定かではありませんが、一部ではこの事務次官の意趣返しという指摘があります。そうではなく「国民に真実を伝えるため」という誠実な人柄が理由という元事務次官を擁護する意見を言う人もいます。ここらあたりは本人しかわかりませんが、政権に盾をついているのは間違いありません。しかもそのことによって現役の文科省の官僚たちの仕事がやりにくくもなっています。本来、官僚という役人は「省益あって国益なし」というくらい自分たち官僚の組織を守ることを一番に考える人種です。
 記憶にある人も多いでしょうが、小泉政権時代に田中首相の娘さんである田中真紀子氏が外務大臣になったとき、事務次官以下全員で真紀子氏を追い落としにかかったことがありました。当時の事務次官は「差し違える」とまで発言していたほどです。真紀子氏が自分のやり方で外務省を改革しようとしたことに反発したからです。
 民主党政権時も厚生労働省の大臣になった長妻昭氏に対して同様の対応をしたことがありました。このとき長妻氏は全くと言っていいほどなにもできませんでした。事務次官以下全員が大臣の指示を無視して行動するのですから当然です。
 このように通常官僚という人種は自分の所属してる省を守ることに命を懸けるものです。そして、その中でも抜きんでて「省を守る」気概のある人が事務次官に上り詰めるはずです。その事務次官にまで上り詰めた人が辞任したあとに政権に刃を向けるのですから違和感を感じるのは僕だけではないでしょう。
 先ほど「意趣返し」と紹介しましたが、これは文科省の天下り問題で「自分だけが責任を取らされた」ことに対する恨みです。確かに、ほかの省でも同じような天下りは行われていたのですから「怒り」を覚えるのもわからないではありません。しかし、その程度では反旗を翻すほどの動機にはならないように思います。
 先ほど「省益あって国益なし」という言葉を紹介しましたが、実は政治の世界では官僚と政治家の間には目に見えない戦いがずっと続いていました。そして、僕の正直な感想を言いますと、官僚が政治を動かしているのが事実のように思います。なにしろ政治家が大臣になりますと最初にやることは官僚からレクチャーを受けることです。これでは官僚に頭が上がるわけがありません。この最初のときの大臣と官僚のつばぜり合いが大臣としての能力を決めると言っても過言ではありません。いろいろな場面での各大臣の答弁を聞いていますと、官僚の言いなりになっている大臣かどうかを判断することができます。
 このようにかつては「官僚政治」という名前まであったくらいですから、官僚の力は決して侮れないものがあります。それを政治主導にしようと試みてきたのが小泉政権あたりからでした。しかし、小泉政権以降は首相が短期間で入れ替わっていましたので官僚政治に逆戻りしていたという印象でした。
 そうした状況を政治主導に変えようと試みていたのが、実は安倍政権なのです。そして、政治主導を確たるものにしたのが2014年に設置された内閣人事局です。内閣人事局とは国の省庁の幹部の人事をまとめて管理する組織です。それまでは各省の人事は省ごとに決められていて政権はそれを追認しているだけでした。ですから、官僚の人事権を政権が握ったのは大きな意義のあることでした。
 こうした背景を理解してうえで今回の文科省の元事務次官の反旗を翻した姿を見ていますと、違った印象を持ちます。
 官僚政治の弊害は縦割り行政と言われています。なにしろ「省益あって国益なし」ですから、省と省の横の連絡が密でなく無駄な税金が使われることにもつながります。それとともに指摘されるのが自分たちの縄張り意識の強さです。官僚の天下り問題の根もそこにありますが、自分たちの縄張りを死守したいがために国全体の視点から考えることができなくなっていることです。そこには非効率という悪い状況が生まれています。
 そうした弊害を解消するために設置されたのが内閣府でした。内閣府とは「各省庁にまたがる政策課題について、それらの隙間を満たす潤滑油として、あるいは柔軟に仕事をこなす」行政機関と解説されていますが、要は省益を優先する省に国益を優先させるように働きかける機関です。まさしく国家の運営において政治主導を果たすキーになる機関です。
 つまり、安倍首相の親しい人に便宜を図るということを除くなら内閣府が文科省に獣医学部の新設を働きかけることはあながち悪いことばかりではないということになります。 このような視点も踏まえたうえで家計学園疑惑を眺めますと、本当の悪者がわからなくなります。身内に利益を図る首相を咎める視点で見るなら前文科省の行動は正当化できますし、政治を官僚主導から政治主導に取り戻すという視点から見るなら菅官房長官の対応も理解できますし…。
 このように考えますと、本当の悪者が誰なのかわからなくなります。しかし、ただ一つわかったことは、いざとなったなら政治という権力は自分の都合のいいようにいくらでも情報を操作できるということですし、大手新聞と言えども書いてあることを無条件に信じてはいけないということです。
 そして、今回の事件は共謀罪がいくらでも権力の恣意のままに利用できるということを教えてくれました。共謀罪はおっかないぞ〜!

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:13 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月21日

<忖度計算>

 僕が学生時代に好きだった歌にハイファイセットの「海を見ていた午後」という曲があります。作詞作曲は松任谷由実になる前の荒井由美さんですが、荒井さんの声よりもハイファイセットの山本潤子さんの声のほうがこの歌の雰囲気を伝えているように思います。元々僕が山本さんの声が好きということもありますが、透き通った山本さんの声なればこその「海を見ていた午後」です。
 ハイファイセットでほかに好きな歌と言いますと、「スカイ・レストラン」「冷たい雨」「卒業写真」ですが、これらは「スカイ・レストラン」の作曲以外はすべて荒井さんが作っています。因みに「スカイ・レストラン」の作曲は村井邦彦さんです。荒井さんの歌はメロディも好きですが、歌詞も秀逸でアーティストの天才とは彼女のような人を言うのでしょう。ただし、歌うほうは天才とは思えませんが…。
 天才・荒井さんの歌詞で好きな一節を紹介しますと

「スカイ・レストラン」からは
♪もしここに彼女が来たって
♪席を立つつもりはないわ
♪誰よりもあなたのことは
♪知っているわたしでいたい

「冷たい雨」から
♪彼女の名前 教えないでね
♪うらむ相手は あなただけでいい

「卒業写真」から
♪人ごみに流されて 変わっていく私を
♪あなたはときどき 遠くでしかって
♪あなたは私の 青春そのもの

「海を見ていた午後」から
♪あのとき目の前で思い切り泣けたなら
♪今頃二人ここで海を見ていたはず

 ねぇ、女ごころの核心を見事に捉えていますよねぇ。

 このように荒井さんの作詞に痛く感動している僕ですが、たまにうっかり八兵衛になることがあります。実は、ず〜っと長い間、う〜んと30年くらいなんですが、ずっと歌詞を間違えて口ずさんでいました。「覚えていた」のではなく「口ずさんでいた」というところがミソなのですが、間違えていたのは「海を見ていた午後」の一部分です。

 本来の「海を見ていた午後」の歌詞は
♪紙ナプキンには インクがにじむから
♪忘れないでって やっと書いた遠いあの日

です。しかし、なぜか僕は30年以上に渡ってこう口ずさんでいました。
♪旅立つキンには ピンクが似合うから
♪忘れないでって やっと書いた遠いあの日

「旅立つキンには ピンクが似合うから」。これは日本語になっていません。そもそも「旅立つ」のあとに続く「キン」とはなんでしょう。しかも「ピンクが似合う」のです。不気味です。自分で言うのもなんですが、不気味です。しかし、僕は30年以上このように口ずさんでいました。勘違いも甚だしいですが、人間って恐ろしいですねぇ。一度思い込むとそれが続くのですから…。

 森友学園の問題がまだ決着もつかない中、また新たな学園の申請問題が出てきました。家計学園というらしいですが、この学園の理事長は安倍首相の刎頚の友だそうです。森友学園と家計学園の問題の共通点は「首相の後ろ盾」です。どちらも「首相または首相近辺の意向があるから」許可した可能性があることが問題になっています。しかし、この「意向」が微妙で、「意向」は首相または首相近辺の人のほうから働きかけたのではなく、なんとなく「意向」があるように官僚が感じたことによるものです。
 こうしたことを「忖度」というそうです。辞書によりますと、忖度とは「他人の心をおしはかること」とあります。つまり、官僚が勝手に首相の意向を推し量った結果、「許可した」という構図です。
 常識的に考えますと、首相が「そうしてほしい」と思っていると想像するなら、やはり「そうするでしょう」。なぜなら、首相というのは国家の最高権力者だからです。ですから、官僚が忖度して行動に移すのもわからなくもありません。ですが、政治家が自分の知り合いの便宜を図ることはやってはいけないことです。これも常識に照らし合わせますとごく普通の考え方です。安倍さんが「李下に冠を正さず」ということわざを知らないはずはありません。たぶん、安倍さんのお父様や御尊祖父なら絶対に行わなかった行為のように思います。
 また、官僚の側においても、昔の官僚は政治家の意向を酌むなどということはなかったのではないでしょうか。なにしろ「日本の政治を動かしているのは官僚だ」と本気で思っていた人もいたほどです。少し話は逸れますが、中卒の田中首相はそれほど尊大な官僚連を使いこなしていたのです。そう思う時、田中首相の凄さを実感します。
 それはともかく官僚は政策は自分たちのほうが詳しいと思っているのも事実です。今ですと、テロ等準備罪の法務大臣の答弁の様子を見ていますとよくわかります。誰が見ても大臣よりも官僚のほうが内容をきちんと理解しています。
 このように現在でも「自分たちのほうが偉い」と思っている官僚がいる中で、政治家の気持ちを忖度して行動する官僚がいるのも事実のようです。このような状況を見ていますと、官僚にもいろいろなタイプがいて、森友学園や家計学園の管轄である文部科学省は忖度するタイプが多かったということなのかもしれません。文部科学省は天下り問題でもやり玉に上がっていましたが、対応ぶりを見ていますと総体的に立場が弱い官庁なのかもしれません。
 そうであるにしても、官僚が政治家の気持ちを忖度している様は究極のサラリーマンのようであまり感じのいいものではありませんよね。政治家が口利きを要請してきても、跳ね返すくらいの気概がほしいです。

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:48 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

<ウンとスン>

 いやぁ、参った、、、。昨日は朝からずっとパソコンをやっていてお昼ご飯を食べるときに休憩して、食べ終わったのでまた「再開しよう」と思いスリープを解除しようとしましたらパソコンが動かない、、、。全く反応しない。

「ウンともスンともいわない」

 あれ!? おかしいなぁ。でも、最初はそれほど重く考えていませんでした。今までにもフリーズすることはなん度もありましたし、そういうときはしばらく間をおくと元に戻っていました。しばらく間をおいてもダメなときは再起動をしたり、それでもダメなときは強制終了をしたり、たぶん皆さんも僕と同じようにしているはずです。
 ところが、昨日はいつもと調子が違っていました。強制終了をしてからちょっと時間をおいてスイッチを入れても音がしないのです。パソコンはスイッチを入れますと、最初にカタ!(カチかな?)という音がして、それからグ〜ンというかブ〜ンというかそういう「いかにも立ち上がっているぞ!」という音がするのが普通です。しかし、そのときは音がしなかったのです。
 あれ!? おかしいなぁ。でも、いつもと違うけど「たまたまだろ」なんて思い、また強制終了をしました。なにしろ画面は真っ黒でなにも映っていないのですからそれしか方法はありません。このときの電源の状況を報告いたしますと、パソコンの電源は「点灯」の状態でモニターは「オレンジ」でした。モニターは通常動いているときはグリーンでスリープのときはオレンジになります。つまりパソコンからモニターになにも連絡が伝わっていないことになります。連絡は大事です。
 さすがにここまできますと、ちょっと焦りを感じてきました。ですから、2回目は強制終了をしたあとの空ける時間を長めにしました。待っている間にいろいろと考えてみますと、お昼ご飯のあとに再開するときの状態がいつもと違っていたことを思い出しました。
 僕のパソコンはスリープのときは電源ランプがグリーンで「点灯」ではなく「点滅」しているのが正常な状態です。しかし、そのときはなぜか点滅ではなく点灯していたのです。但し、モニターはオレンジになっていましたのでスリープ状態だったことになります。つまり、パソコンはスリープ状態ではなかったことになるのですが、これが解せません。僕のパソコンは3分ほどなにもしないとスリープになるように設定していますので本来ならスリープになっていなければいけないはずです。
 しかし、スリープになっていませんでした。考えられることはパソコンのなにかが作動していたことです。この状態はあまりあることではありませんが、あってもおかしくはないことです。なにかのソフトがバージョンアップをしている可能性もあるからです。ですが、そういうことは稀で、だいたいにおいては「3分ほどなにもしないでいるとモニターもパソコンもスリープになって」いました。

 なんかおかしいのかなぁ、、、。

 そんなことを考えていましたら思い当たることが一つありました。実は、僕は連休中にスマホを新調しました。初めてスマホを買って2年半くらいが過ぎましたが、ちょっと使いづらさを感じるようになっていたからです。それは容量が満杯で新しいアプリを入れることができないことでした。新しいアプリを入れなければいいのですが、バージョンアップさえもできないようになっていました。バージョンアップをしようとすると「容量が足りないので、インストールされているアプリを削除してください」と表示されるのです。これはともて不便なことでした。
 ですので「もっと容量が大きいのがほしいなぁ、、、安いヤツで」と思っていたところに、連休中のチラシを妻が見て教えてくれたのです。
「見て見て、ヤマダ電機で安いスマホ売ってるよ!」
 チラシを見ますと、なんとメモリが2G、容量が16Gで9,980円と書いてありました。僕が今まで使っていたのはメモリが1Gで容量が8Gでした。しかもディスプレイが5インチ、OSはAndroid7です。申し分ありません。強いて弱点を上げるならバッテリーが1900mAHでカメラがアウト500万画素イン200万画素といったところでしょうか。しかし、先日なにかの記事で「カメラは300万画素もあれば十分」ということを読んでいましたのでカメラの性能については全く問題を感じませんでした。
 僕が最初に買ったスマホに比べますとカメラ以外はどれもスペックが上回っています。これで1万円を切るのは絶対にお買い得と感じました。それで購入したのでした。
 しかし、購入して落胆したことが一つあります。それは説明書関連がどこにもないことです。最近は印刷された冊子がないことは多いですが、ネット上からダウンロードできるようになっているのが普通です。それがネット上にも全くないのです。仕方なくこれまでの勘だけを頼りに設定するしかありませんでした。
 一応、ヤマダ電機に行き説明書について店員さんに尋ねましたが、結果は同じでした。ここが1万円を切る価格の理由かもしれません。しかし、それ以外は全く問題がありません。「問題がない」どころか満足しています。最初に買ったスマホは2年半前でなんと29,800円もしたのです。それに比べますとスペックの優秀性を考えわせますとお得な買い物です。
 先日、その新しいスマホからUSBでパソコンに写真を取り込もうとしたのですが、その際にドライバーのインストールが行われ思いのほか時間がかかりました。そして、そのあとに電源を切ろうとしたときに通常の10倍くらいの時間を要したのです。パソコンが調子悪くなった理由を考えたとき、このことが思い出されたのでした。
 思い当たることがあるにせよ、フリーズして全く反応しなくなってしまったパソコンはどうすることもできません。仕方なく自分で修理する方法を調べることにしました。
 実は、以前なにかの記事で「windows10にはフリーズしたときに自動的にセーフモードが立ち上がる機能がある」と読んだことがあります。それを頼りにネットで検索しますとありました。「強制終了を連続で3回行うと、自動修復モードで起動させることができる」と書いてありました。しかし、僕の今回の場合はこれは使えませんでした。なにしろ電源を入れても「ウンともスン」とも言わないのですから。。。
 そこでまたいろいろ調べて行きますと、やはりいろいろな広告を見ることになります。自分で調べ始めたのが土曜の8時くらいから夜中の1時くらいまで。そして早朝6時からまた調べ始めていました。長期間調べていますと、業者に依頼することも選択肢の一つのように思えてきます。しかし、代金が高い!それにその代金の正当性が素人では判断できません。
 ネットには本当にたくさんの情報が載っていますが、問題はどれを選択するかです。フェイクニュースではありませんが。情報の正確性は玉石混交です。その中から正しく有効性の高い情報にたどり着く必要があります。
 そんな中で僕が「これかも、、、」と思ったのが、マザーボードの「ボタン電池切れ」でした。この情報を書いていたのはパソコンを修理する会社に勤めていた方が退職を機にそれまでの経験を綴っている記事でした。読んでいて最も納得感が得られた記事でした。
 電源を入れてもなんの反応もしないのですから、挑戦するしかありません。しかもボタン電池はコンビニでも売っているどこにでもあるものでした。早速僕はボタン電池を買ってきてパソコンを開けました。中を見ますと、ありました、ボタン電池が。場所がちょっと作業がしづらい位置にありましたが、ドライバーとピンセットでなんとか交換することができました。
 そして、コード類を元に戻して「いざ、スイッチ・オン!」。。。
 なんんん〜と、パソコンが正常に動くではありませんか。そのときのうれしさっていったらありません。修理をするにしても買い替えるにしても数万円以上の出費を覚悟する必要がありました。それを253円で修理することができたのですから満足感でいっぱいです。そして、なによりうれしいのはこれまでのたくさんのデータを失わなくて済んだことです。
 今回のことでつくづく思いました。バックアップは必ず取っておきましょう。そして、思いました。せっかくこちらがなにかしらの行動をしてもなんの反応もないことの悲しさです。なにも反応がないことに比べたなら「ウンでもスン」でも反応があることはとてもいいことです。皆さん、ウンやスンを大事にしましょう。

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:17 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月07日

<大手マスコミ>

 先週は憲法記念日がありましたので憲法に関連するニュースが多くありました。そんな中、最近僕が気になるのは「危機を煽る」ニュースが多いことです。例えば、北朝鮮からミサイルが発射されたときの交通機関の対応やミサイルで狙われそうな地域の人々にインタビューをしたりなどです。誰でも危険な状況を伝えられたら不安になるに決まっています。
 人は常に判断しながら生きていますが、その判断をする際は冷静で平常心を保っている必要があります。興奮したり感情的になっているときに下した決断が正しいはずはありません。ですから、反対に権力者は人々の気持ちを冷静でない状況にすることで自らの地位を確たるものにすることを考えます。
 ヒトラーが政治の世界で台頭してきたのもまさにその手法でした。第一次世界大戦の敗戦により莫大な負債を負わされて疲弊していた国民の不満を汲み上げて頂点にまで上り詰めたのです。そのことを忘れてはいけません。
 僕はどこの政党も支持していませんし、こだわりがある政策があるわけでもありません。ただみんなが平和で穏やかな生活を営めるような国になればいいなぁ、と思っている小市民です。そんな僕ですが、安倍首相の改憲に臨む手法には違和感を持っています。今の政府のやり方は明らかに「危機を煽って」います。「危機」が言いすぎであるなら「不安を煽って」います。
 先週の本のコーナーで中曽根元首相の本を紹介しましたが、その中曽根氏が憲法記念日に「新しい憲法を制定する推進大会」で演説をしていました。中曽根氏も安倍首相同様に改憲を目指している政治家ですが、そのやり方は王道を目指しているように見えます。どさくさに紛れて改憲をしようと目論んでいるのではなく、正々堂々と賛成反対の双方が意見を戦わせて、それで尚且つ改憲する道を目指しているように感じます。
 中曽根さんの本を読みますと、昔の自民党の政治家には「信念」があったように思えてなりません。政治家として「国民に尽くす」または「国家がいい方向へ行くように活動する」という信念です。権力闘争がありながらも、最後は政治家としての信念で動いていたように思います。今の政界を見渡しますと、そういった高尚な「志」が感じられる政治家が見当たらないのが残念です。
 それにしても安倍首相の世論に対する感性には脱帽です。以前から僕は安倍首相の世論に反応するバランス感覚を称賛していましたが、今村雅弘復興大臣の失言のときの素早い動きにもその感性の素晴らしさが見て取れました。「東北でよかった」発言があったときはその日のうちに解任を決めていますし、先週はわざわざ首相自らが東北に足を運んでもいます。この敏感な反応力が一強になっている今の政権の源になっています。
 僕はこの安倍首相の世論に対する感性は現在通産大臣に就任している世耕さんが主導していると推察していました。しかし、世耕さんが通産大臣になってからも安倍首相の世論への対応が敏感なままですので違う人物のようです。今の僕の推測では、菅官房長官が担っていると思っています。
 なんだかんだ言って、あれほど国会で騒がれていた森友学園問題も結局うやむやになりそうです。籠池氏を国会に呼び、昭恵夫人の証人喚問まで取りざたされていた問題ですが、現在マスコミで取り上げられることはありません。おそらく安倍首相および菅官房長官あたりはこのようになることを想像していたのではないでしょうか。今のペースで行きますと、共謀罪またはテロ等準備罪もすんなりと成立しそうな気配です。
 安倍首相が世論対応を上手にこなしている要因には感性の素晴らしさもありますが、同じくらいマスコミの要因もあるように思っています。先ほど今村復興大臣の失言について触れましたが、今村復興大臣はその前にも閣僚として相応しくない態度をとっていました。本来なら、その時点でマスコミは集中的に批判して辞任に追い込まなければいけなかったように思います。しかし、2度目の失言で安倍首相が解任するまで待たなければいけませんでした。
 今村大臣が解任されたことについて今村氏が所属する派閥の長である二階 俊博氏がマスコミ批判をしていました。「少し間違えただけで、大臣の首をとれ!などとマスコミが批判するのはけしからん!」という内容ですが、この発言に対してマスコミがあまり反応しなかったのが不思議です。僕は、今の大手マスコミは政治家、特に政権や与党の政治家に迎合している印象を持っています。
 先ほど、今村復興大臣は解任された失言騒動の前に「閣僚として相応しくない対応を取っていた」ことを書きました。その対応とは、今村大臣が会見で「自主避難者について“自己責任”“裁判でも何でもやればいい”と発言」したことを追及した記者に対して「出て行きなさい!」と激怒したことです。ニュースなどでも取り上げられていましたのでご覧になった方も多いでしょう。
 一般のニュースでは大臣と記者とのやり取りを興味本位で取り上げていただけでそれ以上の追及はありませんでした。実は、このときに追及した記者は大手マスコミに所属している人ではありませんでした。僕はそこに疑問を感じています。
 この一連の騒動は、今の大手マスコミの記者が政権に批判的な追及をほとんどしていないことを示しています。その流れの延長線上に二階氏のマスコミ批判発言に沈黙をしているマスコミの姿勢があります。昔の記者であったなら二階氏の発言に抗議をしていたはずです。権力者である政治家が権力を監視するのが使命であるマスコミに対して「政治家を批判するな!」と発言したことに憤りどころか抗議さえしない今のマスコミはジャーナリストの役割を果たしていません。
 また、そこには記者間の格差問題が潜んでいるようにも感じます。あの会見で執拗に今村大臣を追及したのは大手の記者ではなくフリージャーナリストでした。つまるところ、大手マスコミの記者連は大手だけでツルんでいてフリーの立場の人たちを見下しているように感じます。確かに、ジャーナリストと名乗りながら実際はなにかしらの活動家であったりすることはあるでしょう。しかし、そのあたりを見抜く目を持っているのがプロの記者であるはずです。記者としての矜持はどこに行ってしまったのでしょう。このままでは政権に都合のよりニュースばかりが流されそうで不安です。
 先日は北海道新聞の世論調査が注目を集めました。理由は、共謀罪について世論調査をした結果、「知らない人が49%、賛成48%、反対45%」というものだったからです。見出しは「知らないけど賛成?」でした。おそらくこれが一般の人の現実ではないでしょうか。だからこそ、マスコミは丁寧に賛成反対の両方の主張をわかりやすく伝える使命があるはずです。

 僕が今、一番好きなCMは元プロレスラーの天龍さんが出演する炭酸飲料のCMです。このCMには2つのパターンがあるそうですが、僕が好きなのは「KISS編」です。天龍になってしまった男子高校生の頬に女子高校生がキスをして元の高校生に戻そうとするのですが、反対に女子高校生が天龍の顔になってしまうCMです。
 僕はなんど見ても笑ってしまうのですが、天龍になってしまった女子高生がかわいそうでなりません。誰でも自分が思っていたこととは違う展開になってしまうと後悔しか残りません。
 今の世の中も、「知らない間に個人の自由が制限されていた」なんてことにならないように社会には常に関心を持っていましょう。

 朝、目が覚めたら妻が天龍になっていたら、僕、驚くだろうな、、、。
 もう、似てるけど…。

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:32 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月30日

<タフでなければ生きていけない>

 先月、今月ともにそれぞれ東日本大震災、熊本大震災といった大規模な自然災害が起きた月でした。マスコミの特徴は災害などがありますと節目のときは派手に報道することですので、先月今月と2ケ月続けて自然災害について報道していました。
 ニュース映像などを見ていますとどちらの地域もまだ復興とは程遠い状況のようでした。東日本大震災は地震以外に原子力発電所の被害もありましたので6年も過ぎたにも関わらずまだ道半ばどころか計画の方向さえ完全に決まっていない状況のように感じます。熊本に関しても1年過ぎたにも関わらずまだ手付かずの地域もありました。それにしても被災状況を画面を通してみますと自然の猛威と脅威を感じてしまいます。
 昨日は晩御飯の時間にNHKで放映していました「プラネットアース」という番組を見ました。いつもはタモリさんの番組をやっているのですが、昨日は特番だったようです。僕は日曜の晩御飯の時間はやはりNHKの「ダーウィンが来た!」を見ているのですが、同じ系統の番組でした。自然界に生きる動物たちの生態を丁寧に紹介している番組です。
 昨日は「高い山」で生き抜いている動物たちを取り上げていたのですが、ナレーションは「高山は動物が生きるのに最も過酷な場所」と紹介していました。理由として、まず挙げられるのは食べ物の確保が困難なことです。高山では簡単に食べ物が手に入りません。ですから、数少ない動物の死骸などがあったときは奪い合いの戦いが起こります。自然界では弱肉強食が摂理ですので戦いに負けたものは死が待っているだけです。
 次の理由は基本的に気温が低いことです。ですから、活動できる期間も短いですし、雪崩など危険な状況が常にあります。そして、平地ではなく山ですので崖があったりなど環境がすべて危険と隣り合わせの状況になっています。
 これら以外にもたくさんの過酷な条件がそろっているのが「高い山」です。そこで生き延びるのは並大抵のことではありません。自然の恐さを感じさせてくれる番組でした。
 基本的に人間は自然の力に比べて無力です。どれほど予防対策を取ろうとも完ぺきに防ぐことは不可能です。そうなりますと、人間にできることは災害が起きたあとにできるだけ早く復興をすることです。事後に備えることになりますが、それも人間の知恵のひとつです。
 毎年9月頃になりますと火災保険に加入している人には保険会社から地震保険の加入を勧める案内が来るはずです。これは政府が保険会社に働きかけて行っているそうですが、この地震保険ができたのも1964年に起きた新潟地震がきっかけでした。普通の火災保険では地震は保険の対象から外されているからです。地震が起きますと被害が甚大ですから民間会社では対応できません。ですから、国が保険者になるしか方法はありません。ですが、地震保険の最大の欠点は保険料が高いことです。これがネックになっていますので地震保険の加入率は30%にも満たない(2015年)数字です。
 地震保険の加入率がこのように低い中で被災した人々に対するインタビューや復興の様子を見ていて感じることがあります。それは「自分だけが地震保険で再建を果たせても意味がないのではないか」ということです。「周りの家々が再建できない中で自分の住宅だけが再建できても心から喜べない」からです。。
 実は、昨年の東日本大震災に関するテレビ番組で観たのですが、運よく津波の被害に遭わなくて済んだ家の人が「家に居づらい」気持ちを吐露していました。理由は、家の前の通りすがりの人たちが「羨ましい」、さらにもう一歩進めるなら「悔しい」「憎らしい」という感情が含まれた「いいなぁ、この家、津波で流されなくて」という言葉をつぶやくからでした。おそらく、このような言葉を発する人も悪意があってつぶやいたのではなく、被災した自分と比べて自然と口から出たのだと思います。ですが、その言葉は運よく災害から逃れた人からしますと「後ろめたい気持ち」にさせるものです。人の感情とは難しいものです。
 人間は神様でも修行を積んだ修行僧でもなく、心がきれいな天使でもありません。いつも迷い憂い、試行錯誤しながら生きています。そのような人間が他人と自分を比べて落ち込むのは致し方ないことです。誰も人間を非難することはできません。だからこそ、、、。
 仮に、自分が地震保険に入っていたとしても周りが再建できない中で「自分だけが住宅を再建して気持ちよく生活できるのだろうか」と僕は感じました。周りとの軋轢や不和が生じる確率が高いように思います。その確率は地震保険の加入率よりもかなり高い数字になると思います。
 結局、地震保険は加入率が最低でも70%くらいはいかないと意味をなさいのではないでしょうか。大分以前ですが、僕は阪神淡路大震災時に住宅ローンが残っていた人たちの金策について書かれた本を読んだことがあります。東日本大震災が起きるずっと前ですが、被災したときに住宅ローンを組んでいた人たちについて取材している本でした。
 細かな内容は忘れてしまいましたが、そのときの印象としては表向きは個人の負担としながらも、実質的には行政が主導して金融機関が負担することで終わったような記憶があります。僕が感じたこの印象には本を読んだ僕の推測も入っています。個人の負債を行政が救済することは間違っても公表することはできませんから実際のところはどうであったかはわかりません。
 マスコミが自慢げに使う言葉に「独占スクープ」があります。自分のところだけが伝えることができるという意味が価値があると思っているからです。ですが、「自分のところだけが伝えること」のどこに意味があるのでしょう。
 以前ある新聞記者出身のジャーナリストが「本当のスクープ」とは他社よりも早く伝えることではなく、「自分が伝えなくては歴史に埋もれてしまう出来事を見つけ出すのがスクープだ」と話していました。僕は「なるほど」と思ったのですが、その意味で言いますと、本当の意味でのスクープに最近は接していないように思います。
 単に早さだけを競うのは意味がないということですし、情報を独占して「自分だけ」が優位な立場を確保しようとするのもジャーナリストという立場からしますと健全な行為ではないように思います。
 自然界では弱肉強食は摂理です。人間も自然界の一員ではありますが、ほかの動物とは違います。単なる弱肉強食の世界から脱して弱者でも幸せを感じながら生きていける社会を作ることに人間の存在意義があるように思います。また、そのような気持ちになることができるのが人間とほかの動物の違いではないでしょうか。
 悲しいことに最近は親が子供を虐待死させるといった動物にも劣る人間がニュースになることもありますが、全体的には人間は動物よりも他者への労りの心を持っている生き物です。
 「自分だけ」が得をすることを望んだり富を独占することを願ったりするのも人間の一面ではありますが、それとは対極にある「みんなが幸せ」の考えが常に一定の割合で世の中に浸透していてほしいな、と願う今日この頃です。
 僕の学生時代は角川映画の全盛時だったのですが、そのひとつに「野生の証明」という映画がありました。そのときのキャッチコピーです。

「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」
(フィリップ・マーロウ)

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:31 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月23日

<意識高い系>

 ブックオフの業績が落ち込んでいるそうです。2016年12月期の営業利益は5億1200万円の赤字だそうで、先日社長交代が発表されました。それにしてもブックオフの業績が悪くなる時代が来るとは十数年前は思いもしませんでした。十数年前に近所にオープンしたお店は店内が広く駐車場も広く、いつもお客様で賑わっており、その状況がずっと続いているイメージがありました。数年前から本やCDだけではなく衣料品も扱うようになっていましたが、それが業績が悪いことが理由とは思ってもいませんでした。
 本当に「時代は常に変わっていく」ことをブックオフの業績悪化は教えてくれています。ブックオフに少し異変を感じたのはいわゆる「せどり」というビジネスが登場したときでしょうか。ブックオフで安い本を仕入れてネットで高値で販売するビジネスです。おそらくこうしたビジネスの登場もブックオフの業績と無関係ではないでしょう。
 そうは言いましてもやはり僕の中ではショックを感じています。理由の一つにブックオフがフランチャイズシステム(FC)を採用していることがあります。実は、近所の店舗のオーナーさんは当時の僕よりも若く開店当初はいつもお店に立ち、お店の運営に直接携わっていました。しかし、1年後くらいにはほとんど現場で見かけることはなくなり、お店の運営は従業員の人に完ぺきに任せるようになっていました。かなり大きな店舗ですのでおそらく従業員は20名以上はいたはずです。もしかしたならバイトさんやパートさんだけではなく店長としての正社員もいたかもしれません。
 僕はそのときラーメン店をやっていましたが、20名以上の従業員を雇用してしかも運営をすべて従業員に任せている状況に驚きと羨望を感じていました。ラーメン店では店主がお店の運営に関わらない状況はあり得ません。毎日最低でも14時間以上はお店にいます。それに比べますと、現場に出なくてもお店が回っていることが驚きでした。
 ですから僕はブックオフの経営スタイルのすばらしさに感心していました。フランチャイズシステム(FC)にはコンビニなどほかにもたくさん業種がありますが、その中でも加盟店主に負担が少ない良好なFCと思っていました。
 そうしたことから鑑みますとブックオフの未来は安泰のように思っていました。そんな中での今回の報道です。ビジネスに「安泰はあり得ない」ことを証明するできごとでした。
 今回の報道は業績悪化により社長が交代することも伝えていましたが、この人事にはちょっと興味を持ちました。ご存知の方も多いでしょうが、ブックオフの創業者は坂本孝氏という方ですが、坂本氏は「俺のイタリアン」とか「俺のフレンチ」など「俺シリーズ」の飲食店を成功させて注目された経営者です。
 その坂本氏がブックオフの経営から身を引いたのは取引先から裏リベートをもらうという背任行為が週刊誌で報じられたことがきっかけでした。要は不祥事を起こしたことが理由ですが、「俺シリーズ」を成功させた際に出版した本を読みますと、「経営者として驕りがあった」と反省の弁を述べています。
 坂本氏がブックオフを去ったあと後任の社長になった方は橋本真由美さんという方ですが、この方もマスコミから注目される背景を持っていました。「あのねのね」として歌手やタレントして活躍している清水 国明さんの実のお姉さんだったからです。しかもただのパートとして入社しながら社長にまで上り詰めたその立身出世ぶりがマスコミの格好のネタとなりました。これはおそらく坂本氏も橋本氏もブックオフの宣伝に利用する意図があったと思います。
 しかし、橋本氏が社長にまで上り詰めたのは有名人が身内にいるからではありません。ブックオフが業績を飛躍させた大きな要因に「売ってください」というキャッチコピーを前面に押し出したことがあります。このキャッチコピーを思いついたのが橋本氏だったのです。しかも店長の経験もありますから人を束ね動かすセンスにも長けていたのでしょう。経営者の素質があったのは間違いのないところです。
 その橋本氏が社長を務めていたのはわずか1年です。ここから先は僕の想像になりますが、橋本氏の後任社長である佐藤弘志さんを指名したのは坂本氏だそうです。佐藤氏の経歴を見ますとブックオフに入社する前はコンサルタント会社に勤めていました。坂本氏は不祥事を週刊誌に書かれたことにより緊急的に社長の座を降りなければいけない状態でした。ですからある意味最初からリリーフとしての社長を探していたはずです。その条件に適ったのがマスコミ受けにも適している橋本氏だったのではないでしょうか。
 しかし、実際問題として社長という職務はやはり経営に関する専門的な知識が必要です。パートさん出身である橋本氏が社長の任務をこなすだけの見識があったとは思えません。ブックオフは一部上場の大企業です。橋本氏が自分の力だけで務めるのは無理があります。ですから、リリーフのあとの本来の社長にすべき人材が必要だったはずですが、その坂本氏の眼鏡に適ったのが佐藤弘志だったというわけです。
 その佐藤氏がブックオフに入ってからの自らの失敗や挫折について赤裸々に告白している記事を読みました。そこにはまさにコンサルタント企業に勤めた「意識高い系」の若者の浅はかさが書いてありました。興味ある方は是非読んでみてください(http://www.takarabe-hrj.co.jp/ring/season1/030/p1.html)。
 この対談には佐藤氏が若さからくる悲しくなるくらい意識が高いようすが綴られています。そして、そうした失態を乗り越えて社員から慕われる立派な社長になったようすも書いてありますが、今回社長を退任するのはこの佐藤氏のあとに社長に就任した松下展千氏です。
 実は、佐藤氏から松下氏に社長が交代したのは2011年ですが、そのときもマスコミから注目を集めました。理由は、業績がそれほど悪かったということもないのに「唐突」な交代発表だったからです。
 創業者である坂本氏が去ったあとのブックオフは大人の事情が理由で社長が交代するような状況になっていたのではないでしょうか。僕の想像でしかありませんが、社長として社員から慕われていた状態で松下氏に交代したのはまさに大人の事情が透けて見えます。松下氏の前職が日本興業銀行だったことが僕に想像させるのですが、松下氏になってから業績が伸び悩んでいたのを見ますと、まんざら間違いでもないように思っていますが、どうでしょう。
 ちょっと心配なのは今回社長に就任する堀内康隆氏の経歴です。堀内氏はブックオフに入る前はコンサルタント会社に勤めていました。ブックオフに入社して10年以上経っていますので意識高い系だった頃の佐藤氏のようなことはないと思いますが、少し不安です。
 今回の交代をよい方向で想像しますと、銀行出身の意識高い系の松下氏が佐藤氏を追い落として社長に就任したけど、業績が落ち続けたためにそれに業を煮やした現場を知っている正当な後継者である堀内氏が社長の座を奪い返した、とこんなふうに空想するのですが、どうでしょう。
 経営者として脱皮した佐藤氏のコンサル時代の上司はまとめ記事がパクリが問題になったDeNA創業者の南場智子氏です。その南場氏は「不格好経営」という著書の中で、DeNAの創業時に味わった苦労とコンサルタント時代の苦労を比べて、「コンサルタント業務では経営の本当のことはわからない」と語っています。
 実は、コンサルタント出身者が実際に経営者になってから同じような感想を語っている例は多いのですが、これはコンサルタントという仕事が役に立たないことの証明であるように思っています。それなのに今でもコンサルタント業が盛況しているのが僕には不思議でならないのですね。
 僕からしますと、コンサルタント業で意識高い系の若者の集まりのように思っているのですが、そんなことを思う僕って「意識高い系」かな。

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:17 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月16日

<スポーツ選手イヤー>

 浅田真央さんが引退会見をしました。会見の映像を見ていてつくづく思ったのは活躍する分野に関係になく有名になる人はマスコミとの関係または距離感がとても重要だということでした。その点で言いますと、浅田さんはほぼ完璧だったような感じがしました。
 会見場にいるマスコミ関係者の全員が浅田さんを好意的に見ていることが雰囲気から伝わってきました。やはり人柄と言いますか人徳と言いますか、人間性いうのは重要のようです。それにしても「すごい!」と感じるのは浅田さんの年齢がまだ26才ということです。この若さでマスコミ対応もきちんとしっかりできることに尊敬の念を感じずにはいられません。やはりどんな分野でも成功する人というのは普通の人よりもいろいろな面で優れているのは間違いないようです。
 スケートの世界に限らずあらゆる分野のスポーツ選手は一般人よりも数倍早いスピードで人生を歩んでいるように映ります。犬の世界を指して「ドッグイヤー」と言うことがあります。犬は人間の7倍のスピードで人生を送っていることを指しているのですが、「犬の2才は人間の14才にあたる」などと表現します。
 同じようにスポーツ選手にも「スポーツ選手イヤー」があるように思います。スポーツは肉体を使いますので自ずと20代でピークを迎えることになります。そして30代半ば、遅くとも40才前には引退します。イチロー選手のように40才を超えても現役を続けられる人もいますが、イチロー選手は特別です。普通のスポーツ選手は30代でひとつの人生を終えます。
 スポーツ選手のこのような人生を見ていますと普通の人の2倍から2.5倍くらいのスピードで人生を送っていると考えることができます。普通の人が60代でビジネスの世界を引退するのに対してスポーツ選手は20代で引退するのですからちょうどそのくらいのスピードです。
 スポーツの世界で頂点を極めたからといって残りの人生も成功するかといいますと、そうとは限らないのが人生の「難しい」というか「不思議な」ところです。凡人の発想では、スポーツで成功したやり方を人生に当てはめるならスポーツと同じように人生でも成功するように思えますが、現実はそうではありません。もちろん成功している人もいますが、平凡な人生を送っている人もいます。オリンピックで金メダルを獲得した選手が民間企業の一営業マンとして働いている姿を見ることもあります。
 中には頂点を極めたがゆえに普通の人生を送れずに道を踏み外している人さえいます。そのような人を見ていますと、スポーツで頂点を極めたのは「偶然に過ぎなかったのか」と思ってしまいます。
 しかし、こうした転落の人生を送ってしまうのはスポーツの世界に限ったことではありません。以前、コラムで巨人の星の原作者である梶原一騎さんについて書いたことがあります。梶原さんは多くに人に感動を与え、多くの共感を得た人気作家でした。僕などはスポーツ大好き少年でしたから生き方や考え方にさえ強烈に影響を受けました。「根性」とか「努力」とか「やさしさ」などを「星 飛雄馬」や「矢吹 丈」に教えてもらいました。そのような信念を持っているはずの梶原さんの晩年は周りの人を傷つけかつてのファンを落胆させる生き方をしていたそうです。(斎藤 貴男の梶原一騎伝より)
 やはり第三者からしますと、ひとつの世界で成功した人は人生においても普通の人が尊敬するような生き方をしてほしいものです。その意味で言いますと、スポーツ選手はひとつの人生を終える時期が早いですから残りの人生を充実させるのは大変かもしれません。それだけプレッシャーも強いとは思いますが、凡人としてはやはり期待してしまいます。
金子みすゞさんふうに言いますと「わがままでしょうか」という感じです。

 先週は熊本大地震が発生して1年ということで多くのマスコミが特集を組んでいました。1年という区切りのときにしか報じないことにいらだたしさを感じる人もいるでしょうが、いろいろな事件が起きる中でニュースとして取り上げることは意味があり、意義もあります。
 しかし、取り上げ方には違和感を感じることも多々あります。以前「感動ポルノ」という言葉がマスコミを賑わせましたが、テレビが特にその傾向が強いのですが、ニュースを伝える際に「淡々と伝える」のではなく「感動を伝えようという意図」が強すぎるのが気になります。熊本地震を報じるにしてもそうした意図を感じるこ場面が幾度もありました。
 例えば、あるリポーターは昨年の地震時にインタビューした地元の人をわざわざ訪ねて「お久しぶりです。お元気でしたか?」と声をかけます。おそらく昨年のインタビューした時点で一年後のインタビューも想定していたと思います。親しくなっておくことが番組作りに役に立つからです。そういった計算高いところが気になります。
 先日、ある麻薬捜査官が逮捕される事件が報じられました。麻薬犯罪の取り締まりで重要なことは内部情報だそうです。ですから情報提供者と親しい間柄でいることは重要な要因です。逮捕された捜査官は一線を越えて親しくなったことが原因のようです。ドラマや映画などでも似たような場面を目にすることが多々ありますが、現実の世界でもあることにちょっと驚きました。
 同じようなことが、スポーツ選手においてもいえます。選手とどれだけ親しい間柄でいるかがインタビュアーやジャーナリストとしての実力になるからです。インタビュー嫌いの選手と親しいということだけでジャーナリストの位置を確保している人もいます。
 もちろんこうした手法には問題があります。麻薬捜査官と同じで親しくなりすぎると選手を批判的な質問がしづらいことです。それこそかつての大本営発表を報じるだけのマスコミや、最近ではいつの間にか籠池氏の報道官のようになってしまった菅野完氏のようになってしまいます。距離感はとても大切です。

 籠池氏の国会への証人喚問もそのときはマスコミに大きく報じられましたが、今では報じられることも少なくなりました。いずれ誰も見向きもしなくなるのでしょう。いろいろな事件が起こりすぎるからです。
 このように考えますと、マスコミイヤーというものも存在するのかもしれません。しかもそのスピードはドッグイヤーどころではありません。早すぎて人間ではついていけないほどのスピードです。このようなマスコミと接する人間としてはマスコミに頭をゆだねるのではなく、ときには立ち止まり、そして自分自身で考えることが大切です。そうでないと自分を見失ってしまうことになります。きっと。。。

 たぶん、脚本家の倉本聰氏はそう思っているに違いない。

 じゃ、また。 

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posted by satoaki at 20:30 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月09日

<4月になれば>

 毎年のことですが、今年もお花見に行ってきました。しかし、お天気がどんよりとしていて肌寒さも感じるくらいだったのが残念です。いつもは公園の中かもしくは公園近くの広場に座ってお弁当を広げるのですが、今年は車の中でお弁当を食べました。
 もちろん、ただ車の中でお弁当を食べるのではお花見になりません。ですからサクラが見えるところに車を停めそれを見ながらのお弁当です。これなられっきとしたお花見です。記憶が定かではありませんが、妻とは知り合ってからずっとお花見に行っているように思います。妻はお掃除は嫌いですが、お弁当を作るのは好きなのでいつも楽しそうに作っています。妻は性格はあまりよくないですが、料理を作るのがうまいのが救いです。

 4月は多くの人が新しい環境になる季節です。日本は新年度が4月からですのでいろいろな場面で新しく始まっているはずです。近所の子供は新一年生になったようで真新しいランドセルを背中にしょって笑顔で登校して行きました。学校が楽しいところになることを願うばかります。
 それにしてもイジメがいつになってもなくなりません。僕が小学生の頃もありましたから世の中が全く進歩していないことになります。大人の怠慢と言っても過言ではありません。僕は、教育関係者が本気でイジメをなくしたいならいくらでも方法はあるように思えてなりません。
 イジメが起きる原因の大本は集団生活にあります。イジメは集団があるから起きるのです。そうであるならば集団をなくせばいいではないですか。このような発想は文部科学省の官僚は思わないのでしょうか。一時期「ゆとり教育」という指導のやり方が実施され、そして批判され、現在は少し元に戻ったそうです。
 昔からイジメ問題はあったのですから「ゆとり教育」などに視点を向けるのではなく「イジメ問題」の解決に注力していたなら今頃はイジメで命を失うような事件は起きなくなっているのではないでしょうか。
 イジメの報道を見るたびに僕が不思議でならないのは周りの大人、すなわち教師の人たちが「どのような気持ちで日々の仕事を行っていたのか」ということです。これだけイジメが報じられている中で自分の身の周りで起きている異変やイジメの兆候を感じないことが不思議でなりません。子供の気持ちを慮れない人が教師という職業に就いてはほしくありません。単に公務員という身分が安定していることを理由に教師の道を選ぶことがないことを願っています。
 最も簡単にイジメをなくす方法は学級という単位をなくすことです。選択の自由を生徒に与えることです。イジメが起きる最大の原因は「自分とは合わない人が近くいること」です。大人の世界でもイジメはあるのですから子供の世界で起きないはずはありません。世界を見渡せば「異質な人を排斥したり攻撃する人」は必ず存在します。それが人間が生きている世界です。こればかりはおそらく永遠に続くのでしょう。そうした人間の業を「どのようにして抑えて平和な世界を構築するのか」を神様はお試しになっているのでしょう。僕は宗教を信じていませんが、そんな気がしています。
 大人でさえ自分と合わない人を排斥しようとするのですから、まだきちんとした分別ができない子供がイジメをするのも当然です。そうした実状を前提にして学校教育を行うことを考える必要があります。
 そのような状況でイジメをなくすために必要なことは生徒の選択の幅を広げることです。つまり、自分が苦しく感じる環境から逃れる選択肢を生徒に与えることでイジメは解消されるはずです。基本的にイジメに遭うのは学級の中なのですから学級を選べるようにするならイジメから逃れることができます。もし、学年全体からイジメに遭うのでしたら学校を変えればいいのです。自分に合わない環境を変えるのは決して間違った行動ではありません。
 もちろんこの方法には教師の人数も必要になるでしょうが、少子化が進んでいる今なら教師の人数も余裕があるように思います。ある意味、少子化を逆手にとって生徒たちが楽しく学校生活を送れるような環境を作る努力をするべきです。せっかく生まれてきたのに苦しいことや辛いことばかりでは生まれてきた意味がありません。大人は子供が「学校は楽しい」と思えるような環境にする義務があります。

 4月になると思い出すのは高校3年生のときに同級生になったツチヤ君です。僕の高校時代はバレーボール部で明け暮れていましたが、3年生の6月くらいの試合を最後に引退するのが恒例でした。ですから、暇になるのです。しかも3年生ですから受験に備えて勉強するための自習時間というのがありました。
 自習時間というのは真面目な人には勉強する時間ですが、そうでない人には「遊び時間」です。僕は後者に属していましたので自習時間にいつも野球の試合をしていました。僕はバレーボール部でしたが、野球も得意だったのです。しかもある程度早いスピードの球を投げられたのでピッチャーをやっていました。ですから、自習時間になると僕と同じ人種の3年生が集まり、近くのグランドで試合をしていました。ちゃんとしたグラウンドで試合をしていましたのでかなり本気モードだったのです。
 そんな高校3年生を送っていた僕に比べ、ツチヤ君はいつも教室の後ろの席で勉強をしていた真面目な生徒でした。実は、ツチヤ君とは1年生のときも同じクラスだったのですが、特段親しくなるようなことはありませんでした。ですから3年で同じクラスになっても単なる同級生という間柄でした。
 あるとき席替えがありツチヤ君が近くの席になったことがありました。そのときに初めて親しく言葉を交わすようになったのですが、たまたま音楽の話になったときにツチヤ君がサイモン&ガーファンクルというアメリカのフォークデュオの話をしてきました。僕には無縁の世界でした。サイモン&ガーファンクルで最も有名なのは「明日に架ける橋」です。「♪♪ライカ〜 ブリッジ オーバー トラブル ウォーラー♪♪」 聴いたことがある人もいるでしょう。あのデュオです。しかし、ツチヤ君は「4月になれば彼女は」が一番好きだと言っていました。別に性格が合わないとか雰囲気が苦手というわけではなく、どちらかといいますと話しやすい同級生でしたが、それ以上親しくなることもなく卒業しました。
 ですが、なぜか4月になるとツチヤ君を思い出すのです。
 それから20年くらい経った頃、僕はラーメン屋さんをやっていました。そこになんとツチヤ君がフラッとお店に入ってきたのです。見た瞬間、僕は「あ、ツチヤ君」と声をかけていました。ツチヤ君もすぐに僕のことをわかりました。
 なんと、ツチヤ君は外科のお医者さんになっていました。ツチヤ君の話によりますと、お父上が開業医でそのときは大学病院で修行中とのことでした。その大学病院に通勤する途中にたまたま僕のお店に寄ったのでした。
 4月になると思い出す僕のお話でした。

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:35 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月02日

<たまむすび>

 僕はTBSラジオの平日午後にやっている「赤江珠緒 たまむすび」という番組をよく聴いています。コロッケ屋さんをやっていたときは午後の休憩中に小島慶子さんの「キラキラ」という番組を聴いていました。それからしばらくはその時間帯にラジオを聴くことができなかったのですが、去年の後半あたりからまた聴けるようになりました。
 おそらくラジオというのはそれぞれの育つ環境の中でチャンネルが固定化されていくのではないか、と思っています。僕の場合は記憶がある段階ですでになぜかTBSラジオでした。理由は全く定かではありませんが、気がついたときはTBSラジオに浸りきっていました。
 僕が子供の頃はまだカセット全盛時代ですが、以前なにかのきっかけで昔録音したテープを聞くことがありました。そのテープには昔の歌が録音されていたのですが、それらの歌はすべてラジオ番組から録ったものでした。しかも、曲の中には必ずと言っていいほどアナウンサーが曲紹介をする言葉が入っていました。
 一節には、曲の前に紹介の声が入るのは「きれいに録音させないため」というレコード会社の思惑があったからと言われていました。デジタル全盛の今から考えますと冗談としか思えないような理由ですが、レコード会社はラジオから歌を録音されることにさえ神経質になっていたことになります。
 僕が中学生時代に聞いていたのは土曜の午後にやっていたランキング形式の歌番組でした。おいらの中で最も記憶に残っている歌は「もんた&ブラザーズ」の「ダンシング・オールナイト」です。
 それはともかく昨年後半からラジオを聴くようになったときにやっていた番組は「たまむすび」という番組です。小島さんの「キラキラ」はいろいろと騒動があっておしまいになったようですのでその「あと番組」をやるのは勇気が必要だったのではないかと想像していました。
 小島さんについて少し書きますと、僕の中では「キラキラ」は女子アナと呼ばれる若い女性ではなく、30代女性の魅力が出たことで小島さんがブレイクしたように思っていました。日替わりでパートナーが変わりそれぞれが持つ個性とのやり取りに面白さや楽しさを感じていました。
 しかし、その個性がいつの間にか「我」になっていたように思います。本人は自分の素を出すことや「出る杭」になることが自分の魅力と思っていたのかもしれませんが、僕からしますとバランス感覚がずれ始めていたように思います。真相はどうかわかりませんが、どちらにしても終了したのですから、制作する側から好ましく思われていなかったのは確かでしょう。
 そのあとを受けての「赤江珠緒 たまむすび」でしたから、それなりのプレッシャーはあったと思います。私がきちんと聴き始めたのはここ半年ばかりでしたが赤江さんの魅力が全開していた番組のように感じていました。
 あとから気がついたことですが、実は僕は赤江さんを10年ほど前にテレビ見ていました。それはテレビ朝日の「サンデープロジェクト」という番組でした。ご存知のとおりこの番組は田原総一郎さんがメイン司会を務めていた番組ですが、田原さんのパートナーを務めていた女性アナウンサーが出産かなにかでお休みをしたときに代わりに出演していたのでした。
 なぜ記憶に残っていたかといいますと、進行をとてもてきぱきとスムーズにこなしていたからです。田原さんも同感だったようで、番組の終了間際に「君、とてもいいね!」と話しかけていました。のちに正式に起用されています。
 赤江さんはその後も多方面で活躍するのですが、「やはり魅力のある人」は誰からも輝いて見えるのでしょう。木曜のパートナーを務めていたピエール滝さんが面白い表現をしていまして「赤江珠緒 たまむすび」という番組を「僕らは、赤江丸という船に乗っている」と話していました。
 赤江さんの「たまむすび」のパートナーは月曜日から木曜日までカンニング竹山、山里亮太、博多大吉、ピエール滝さんたちでしたが、ラジオを聴いていて赤江さんが最も好きだったのはピエール滝さんだと思います。やっぱり声のトーンといいますか質が違っていました。人間って声だけでもどこかに本音が出るものですね。
 その赤江さんが番組を去るのは妊娠をしたからです。これもよくあることですが、僕が赤江さんの素晴らしさを感じたのは「休む」のではなく「降板」を選択したからです。人間という生き物は悲しい性があり、一度華やかな世界を経験してしまうと未練がどうしても残ってしまいます。ですから「休む」という選択肢もあったはず、実際に番組の側からは「休む」を望まれたそうです。その状況の中で敢えて「降板」を選ぶ心持が偉いではないですか!
 もしかしたなら将来芸能界に戻ることもあるかもしれませんが、おそらくそれはお子さんがある程度大きくなって生活に余裕ができたときだと思います。赤江さんは家族を一番に考えて生きていくのではないでしょうか。繰り返しますが、一度華やかな世界を経験した人はその世界に対して未練がある人のほうが圧倒的に多いのです。言葉を変えるなら、「母親でいるよりも女でいるほうが気分的に楽しい」のです。その中での赤江さんの決断は素晴らしいことだと思います。
 そんなことを頭で考えながら歯医者さんの椅子に座っていました。僕は先週、新しい入れ歯を入れたのでした。僕はおそらく歯周病というヤツです。若い頃に歯を磨かなかったことの災いですので自業自得ですが、歯がどんどんなくなっていきます。
 なくなり始めた当初は部分入れ歯でも本数が少なったのであまり気にならないものです。しかし、部分入れ歯の欠点は入れ歯を支えている歯に負担がかかることです。今度はその支えていた歯が負担に耐え切れなくなりグラついてきます。そして最後には抜けてしまいます。そうした流れの連鎖により次々と歯が失われることになります。僕もそれほど遠くない将来に総入れ歯になるのでしょうか。齢を重ねるということはいろんなものを失うことだと実感しています。
 安倍首相の周りもグラグラしてきましたが、いつか倒れるのかなぁ。

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:23 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする