2018年06月10日

<仕事の責任>

ほとんどのテレビ局が取り上げていますので食傷気味の人もいるでしょうが、やはり僕も書かないわけにはいきません。目黒区の虐待事件です。多くの人が同じだったと思いますが、結愛ちゃんが書いた「ひらがなの文字」は誰もの心を揺さぶる衝撃がありました。

「もうおねがいです。ゆるしてください」

報道に寄りますと、食事もまともに与えられず寒い日にベランダに放置されたこともあったそうです。死亡時の体重が平均の半分くらいしかなく、また免疫機能に関わる臓器が普通の子供の1/5ほどの大きさだったそうです。まさに鬼畜と呼ばれて当然の親の虐待です。

このような事件があるたびに僕は鬼畜の親の周りの大人の責任に思いが至ってしまいます。以前、「自分の子供に犬用の首輪をつけている友人の振る舞いを見て、警察に通報してその子供を助けた」というニュースを見たことがありますが、今回の事件も周りの大人が防げた事件のはずです。

もちろん父親が最も悪いのですが、奥さんの連れ子であったことを考えますと一番の責任は母親にあると思います。報道では「自分の立場が悪くなるのが嫌で、見ぬふりをしていた」と母親は話しているそうです。親としての自覚に欠けており、親として失格です。

同じことが結愛ちゃんの母親の親にもいえます。自分の子供が小さな子を連れて離婚をして再婚したのですから注意を払う必要があります。この親御さんがテレビ局のインタビューに答えていましたが、せめて祖父母が結愛ちゃんのことを親身になって考えていてくれたなら結愛ちゃんの命は救えたように思えてなりません。それが残念です。

親も祖父母も頼りにならないとき、その次に結愛ちゃんを救えた可能性があるのは児童相談所です。結愛ちゃんの家族は目黒区に来る前は香川県に住んでいたそうで、そこでは結愛ちゃんを幾度か一時保護もしていたようです。つまり、児童相談所がしっかりと機能していたことになりますが、もしかしたなら結愛ちゃんの両親はそれを避けるために目黒区に引っ越したのかもしれません。

目黒区に引っ越した際には香川県の児童相談所から連絡が行っていますので、この段階までは児童相談所は機能していたことになります。このように連絡を報告するシステムになっていませんと、せっかくの児童相談所がなんの役にも立たない機関になります。香川県の対応はある程度完璧に行われたいたようですが、問題はここから先です。

目黒区の児童相談所の担当者も香川県からの連絡を受けて結愛ちゃんの自宅を訪問しています。ですが、母親に関わることを拒否されてそのままにしていました。結愛ちゃんの命を救えなかった原因はここにあるように思います。おそらく多くの人が僕と同じ感想を持ったと思いますが、この担当者の方がしっかりと責任を持って仕事に取り組んでいたなら結愛ちゃんの命は救えたはずです。

常識的に考えて香川県で一時保護を数度されている状況を考えるなら、母親が関りを拒否した段階で異常を感じて当然です。素人である僕が考えてもそのように判断できるのですから専門家である担当者の方なら「より以上に危険性」を感じなけらばいけない状況です。厳しい言葉で言いますと、仕事に真剣に取り組んでいない証拠です。

例えば、スーパーのレジの方が「対応が悪い」場合はお客さんが不快になるだけで済みます。命が危険になるリスクはありません。ですから、仕事に真剣に取り組まなくても小さな問題で済みます。場合によってはクレームが原因で職を失うこともありますが、それは責任は自分にあるのですから仕方のないです。

それに対して児童相談所で働いている人は対応を一つ間違えますと、子供の命が危険に晒されることもあります。児童相談所で働いている方々は、そのことをしっかりと自覚して仕事に取り組む必要があります。そのことを自覚できない人は児童相談所の仕事に就くべきではありません。児童相談所の仕事に向いていない人です。そして、向いていない人が採用されないシステムにする必要があります。

担当者を批判する意見に対して、人員不足といったリソースに原因があると指摘する意見があります。一人の担当者が100件の案件を抱えるケースという例などを紹介していますが、組織に問題があるのなら組織を改革する行動を起こすべきです。

組織について考えるときに避けて通れないのが個人の仕事への取組み方です。僕は飲食店を廃業して以来清掃業界で仕事をしていますが、この業界は個人差が表面化するという特徴があります。テキパキ効率よく作業をする人とそうでない人では仕事の進捗状況に大きな差が出てきます。僕の仕事に対するポリシーは「自分の働きに見合った報酬を受け取りたい」ことですので僕は現在管理会社の下請け形式として働いています。

年齢が年齢ですので若い人の作業スピードにはかなわないと自覚していますが、それを含めてのんびりやろうが素早くテキパキやろうが僕の自由です。結果が出ているならスピードを問われない下請け方式のほうが時間の自由も含めて納得できる仕事をすることができます。

しかし、児童相談所で働いている方々の勤務形態は違います。決められた時間内に仕事を終わらせる必要があります。そうなりますとのんびりやっている人とテキパキやっている人ではこなせる仕事量に差がつくことになります。そうした状況の中で「満足できる仕事をできない理由」をリソースに求めるのは納得できない気持ちになります。

百歩譲って人員不足などのリソースに問題があるとしても、最終的にはきちんと仕事をやり遂げられない状況を受け入れていることになります。結愛ちゃんの母親が「見ぬふりをしていた」ことと同じです。担当者または児童相談所で働いている方々はそのことを自覚してほしいと思います。そうでなければあまりにも無責任です。


神戸ではいじめ事件に関して許しがたいニュースがありました。
「教育委員会の首席指導主事が教職員が女子生徒の友人から聞きとったメモを学校側に隠蔽するように指示していた」
というものですが、その理由が「事務処理が煩雑になる」というあまりにひどいものでした。このような考えをする人が教育関係の仕事に就いていたのですから何をかいわんやです。


国会では働き方改革が審議されていますが、どれほど働き方が改革されようとも仕事に対して責任を持つことは普遍の真理です。これをないがしろにするならその国は亡びるでしょう。国会を見ていますと役人の仕事の重要さがわかりますが、その役人の仕事は政治家を守ることではないはずです。

じゃ、また。

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posted by satoaki at 14:18 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする