2018年12月30日

<2018年も終わりです>

日々生活を送っていますと、「一週間は経つのは早い」と感じますが、この時期になりますと「一年が経つのはもっと早い」と感じます。そんなことを言いながら60年以上が過ぎてきましたが、今年も同じ言葉を言うことになります。

僕が年末を迎えるに当たって今年受けた印象は、今年は年末感と言いますか、師走感を例年よりも強めに感じていたことです。数年前、11月に入ってすぐにクリスマス飾りなどがはじまり、「え、もうクリスマス?」と思ったことがあります。結局、その年は12月に入っても「なんか年末の感じが全然しないなぁ」と感じたまま一年が終わりました。そのときの記憶が残っていましたので、今年はしっかりと12月になり、そして「師走感」を感じたことに少し不思議な気分になりました。

さて、今年最後のコラムですので1年を振り返る内容にしようかと思いましたが、つい先日僕の根底にある発想につながる言葉に接しましたので、今年最後のコラムはその言葉から感じたいろいろなことを展開させていくことにします。

その言葉とはフィギュアスケートの本田真凛選手がインタビューに答えたときの言葉です。ご存知のように今年の全日本フィギュアスケート選手権は坂本花織選手が逆転優勝し、カナダグランプリで優勝し現在最も期待され注目されている紀平梨花選手が2位となりました。3位には過去3連覇している宮原知子選手が入ったのですが、順位以外の面で注目を集めていたのが本田真凛選手でした。

本田選手はジュニア時代に優勝の経験があり、シニアに進んでも優勝が期待されていた選手です。しかし、シニアに移行後は思うような結果が出せずに現在まに至っています。マスコミは外見を重視する傾向がありますのでルックスもよいうえにジュニアでの実績もある本田選手は格好の材料です。その本田選手がシニアに移行後ずっと伸び悩んでいるのですが、それがまたマスコミの材料にもなっています。

普通なら入賞さえしない選手に取材などすることはありません。ですが、本田選手の場合は例外でした。誰しも敗者という立場は辛く悲しいですが、マスコミの取材は本人にその苦しさを自覚させることになります。このような過酷な状況に追い込まれていることは苦痛のはずですが、その過酷な状況を受け入れていた本田選手も別の意味で「偉い!」と感じています。

今回コラムで紹介しようと思った言葉は、その本田選手の口から発せられた言葉です。インタビューの中で本田選手は「『妹に言われた言葉』が支えになっている」と答えていました。

「逃げ道の先には、行き止まりしかないよ」。

本田選手の結果は誰が見ても残念なものでした。そのような結果になってしまいますと、誰でも自分にいい訳をしたり、またはいい訳を作ってその場から逃げたくなるものです。「逃げる」という言葉が厳しすぎるなら方向転換でも構いません。つまり、フィギュアスケートではなくほかの道に進むことを考えたくなります。もちろん方向転換をすること自体は違う可能性に挑戦することですのでマイナスな発想ではありません。

進む道を変えることで成功した人は数えきれないくらいいます。ですから、方向転換自体は悪いことではないのですが、中途半端な努力のまま方向転換することは将来に禍根を残すことになります。おそらく妹の望結選手は姉の真凛さんにそれを伝えたかったのでしょう。

この言葉はある意味、とても厳しい意味が込められています。マスコミからじぶんの不甲斐なさを興味本位で取り上げられ、その立場から逃れるために方向転換することを戒めたのです。そして、その妹の言葉に反発することなくきちんと受け入れている真凛さんも素晴らしい選手ですし、人格者だと感じました。

それにしても、これほど素晴らしく的確な至言を投げかけているのが中学生ということに驚かされます。テレビでは、本田選手が競技をはじめる前に観客席から応援している二人の妹さんの様子が映し出されていましたが、その様子は小学生と中学生という年齢にふさわしいあどけなさが感じられる応援の仕方でした。言葉を変えるなら、まだまだ子供らしさが抜け切れていない幼さが出ている映像だったのです。そんな「女の子」がこんな素晴らしい言葉をかけていたのです。

それほど素晴らしい助言をする望結さんは二女ですが、周りを見渡しますとアスリートの世界では「二番目」の人が成功している例を多く見ることができます。現在注目度ナンバーワンの紀平選手も二女ですし、一時代前のレジェンド浅田真央さんも二女です。スピードスケートの高木美帆選手も二女です。

男子の世界では柔道でオリンピック3連覇を果たした野村忠宏さんも次男ですし、サッカー界では三浦知良も中田英寿も次男です。野球界に目を転じますとイチロー選手も松井秀喜選手も次男ですし、現在メジャーリーグを席捲している大谷翔平選手も次男です。「二番目」に誕生した人は優れた遺伝子を持って生まれてくる確率が高いようです。

今紹介しました選手の方々のほとんどの場合で、年下の兄弟が競技をはじめるきっかけは姉や兄が競技をはじめたことです。この展開はどこの家族にでもありそうなことですので当然のことと言えます。

そして、妹や弟は徐々に姉や兄の実力を越えスーパースターを目指して成長して行きます。ここで一つの疑問が起きます。姉や兄はスーパースターになっていく妹や弟ほど努力をしなかったのか…。

もちろん、そんなはずはありません。誰でも年下の妹や弟に負けるのは悔しいはずです。ですから死に物狂いで努力をしたはずです。ですが、「努力が実るとは限らない」のが現実です。

この論法で行きますと、「成功に重要なことは、努力とともに運が必要」ということになります。「運」とは持って生まれた才能です。しかし、往々にして成功者は自分の成功を自分の努力の賜物と考えたがります。なぜなら、人よりも努力して根性で頑張ってきたという自負があるからです。それが、成功の理由が「運」では他人や社会に自慢することができなくなってしまいます。

同じことがビジネスの世界でもいえます。「成功者として大金持ちになった理由が『運』ではたまったものではない」と考えるのが普通です。成功したのは日ごろの努力であり、人が考えつかないようなことを思いつく発想力でなければ成功した意味がなくなるのです。

だからこそ、成功者は大金持ちになる資格があると考えます。現在、世界は格差社会になっていますが、その大元の原因は「自分が努力したことが報われた」と考えることです。もし、世界中の成功者がその理由を「たまたまの運」と考えたなら自分だけ裕福になろうとなどと思わないはずです。

「たまたまの運」と考えることは謙虚な気持ちになることです。nissanのゴーンさんも法律に違反するかどうかは別にして、生きている間に使えないほどの報酬を受け取っていったいどうしようとしたのでしょう。単に、ほかの人に見せびらかしたかっただけなのでしょうか。

周りを見渡しても、日本社会で高級外車を乗りまわしていったいなにがしたいのでしょう。
ほかの人に自分を見せびらかしたいと思っている人が南青山に児童相談所ができることに反対しているのでしょう。

来年は謙虚な大人が増えることを願って、今年一年を終えたいと思います。一年間お読みくださいましてありがとうございました。(^o^)

じゃ、また来年。

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posted by satoaki at 15:42 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月23日

<特権意識>

僕はことさら天皇制を支持する考えを持っているわけではありませんが、先日の天皇陛下の会見には至極感動しました。僕の印象では、天皇陛下は思想的に最も中立で平衡感覚が優れているお方のように思います。

会見の中で印象に残ったのは「困難を抱えている人に心を寄せていく」というお言葉です。また、冷戦が終わったあと平和が訪れることを期待したところ、反対に民族紛争や宗教絡みの戦いが起きたことを憂慮した、とも述べていました。全く同感です。

今の時代は格差社会と言われ、上位1%の富裕層が持っている資産が残り99%の人が持っている資産を上回っていると報じられています。こうした状況になったのは「困難を抱えている人に心を寄せていく」社会になっていないからです。

今、世界はトランプ大統領に振り回されているように見えますが、その根本には「自国ファースト」という発想があります。「アメリカファースト」からはじまり、世界中に「自国ファースト」が伝染していきました。先進国指導者の中で反トランプの旗手として期待されていたドイツのメルケル首相は支持率が落ちましたし、ナショナリズムの台頭を憂慮していたフランスのマクロン大統領も支持率を下げています。

マクロン大統領を窮地に陥れている暴動は「反グローバリズム」を訴えているようですが、これも見方を変えるなら「自国ファースト」といえなくもありません。世界中が「自国ファースト」なってしまうと、突き進む道は戦争しかなくなってしまいます。マクロン大統領が当選した大きな理由には「極右政党のル・ペン氏を当選させてはいけない」というものがあったはずです。しかし、今回のフランスの暴動は極右政党と同じ発想を支持しているようでもありました。世界平和を考える発想は通用しない時代になっているかもしれません。


そんな世界を見ているときに南青山での児童相談所建設反対の騒動が報じられました。ご存知ない方のために説明をしますと、南青山といういわゆる一等地に港区が児童相談所を建設する計画を発表したことに対して、近隣の住民が反対している騒動です。マスコミで注目を集めたのはその「反対理由」にあります。

その理由の大半は「青山としてのブランド価値が下がる」というものですが、そのほかには「生活レベルが違う家庭が入ってくると、その方たちが肩身の狭い思いをする」というものまでありました。最初にこの報道がなされたのは10月頃でしたが、当時でも「ブランド価値が下がるとは思わない」という反対意見も出ていました。

しかし、それ以降はあまり報じられなかったのですが、先週あたりからまた大きく報じられるようになっています。区役所の説明会見時における反対住民の意見が一般の人に違和感を持って捉えられたからです。マスコミの報じ方を見ていても中立というより反対住民に対して批判的な立ち位置にいるような伝え方のように感じました。

もちろん建設に賛成する住民もいるのですが、その方たちは「子を持つ親として、こんな理由(ブランド低下)で反対したとは、将来子供にとても言えない」とか「お金の問題じゃない。建設反対は、虐待を受けている子供を見捨てる、虐待に加担している行為」と訴えています。

一般の人の感覚で言いますと、賛成論のほうが真っ当に思えます。しかし、「ブランド価値が下がる」と本気で反対している人がいるのも事実です。格差社会を生み出しているのはこのような感覚の持ち主です。自分さえよければほかの人はどうなっても構わないという考えです。

ある報道では「建設に反対している人たちに黒幕がいる」と伝えています。近くの不動産業者が自分たちの儲けのために建設反対の人たちをけしかけている、または応援しているというものです。仮に、そうした業者がいようとも建設に反対しているのは事実です。「困っている人たちを助けたい」という考えがあるなら建設に反対する行動は取らないはずです。


僕の好きな歌に「真夜中のダンディー」という歌があります。サザンオールスターズの桑田さんが一人で出している作品ですが、この中に「隣の空は灰色なのに 幸せならば顔をそむけてる」という歌詞があります。建設に反対している人たちはまさにこの発想です。自分たちさえ幸せなら困っている人がいようとも「我、関知せず」の考えで生きている人たちです。

このような考えの人が持っているのは特権意識です。特権意識とは「身分や立場を背景に、他の者よりも優れているという考える精神のこと」ですが、自分たちはほかの人とは違うのだという優越感がある、もしくは持ちたいという願望が「ほかの人のことなど関係ない」と思わせています。

世の中がこのような人たちばかりになりますと、世の中には間違いなく争いが起きます。なにしろ「自分だけは別格」だと思っているのですから対立が起きないはずはありません。「自分ファースト」もこれに通じるものがあります。「自分を第一に考える」のですから争いが起きて当然です。

かつての2度の世界大戦はこのようにして起きました。そして、その世界大戦を反省するために世界協調が重要視されてきたはずです。南青山の児相建設問題も世界が不穏になるのも根底にあるのは特権意識です。みんなが特権意識など持たずに生きるようになるなら世界はきっと平和で穏やかな社会になるでしょう。

でもね。不思議なんだけど平和になると、また次の争いの種が必ず生まれるんだよねぇ。ドラゴンボールを見てるとそれがわかるよねぇ。

じゃ、また。


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posted by satoaki at 16:08 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月16日

<いつの間にか>

河野外務大臣が記者会見で、記者の質問に対してはなにも答えずに、まるで質問などなかったかのように無視して「次の質問をどうぞ」と答えたそうです。しかも一度だけではなく4回も同じ対応をしたことが物議を醸していました。後日、河野大臣が自身のブログで謝罪しましたので、この騒動は収束しそうですが、僕も違和感を感じた一人です。以前の河野氏なら絶対にしないであろう対応だと思うからです。

僕は河野氏に期待をしている一人です。今の要職に就く前はラジオなどに出て自民党に苦言を呈する発言をすることが多かったからです。つまり安倍首相に批判的な立場を標榜していたのですが、その河野氏が内閣に入りしかも外務大臣という内閣の要職に就任したときは驚きました。

河野氏が内閣に入り、そして外務大臣になったとき僕は勝手にいろいろなことを想像しました。例えば、自民党もしくは日本を変えるには権力の中枢に入り込む必要がある、と考えたからではないか、などです。少し大げさですが、これまでの言動からしますと「自民党をぶっ壊す」と叫んで首相に上りつめた小泉首相に近いイメージを抱いていました。

それほどの人物を安倍首相は入閣させたわけですが、その人事について政権よりと言われている産経新聞が解説していました。それは、河野氏が麻生副総理の派閥に入っていることと、菅官房長官が河野氏と同じ選挙区で兄貴分という立場だからです。この二人の存在で河野氏をコントロールできると判断した、と解説していました。

しかし、この解説を反対から読みますと、それだけ河野氏は安倍首相とは異なる政治姿勢の持ち主であることの証明になります。「安倍首相とは異なる」とは国民目線で弱者にやさしい政治を目指していることです。さらに言うなら庶民感覚を持っている政治家という意味です。

その河野氏が記者の質問に答えないどころか、無視していると思える「次の質問をどうぞ」の返答は僕のこれまでの河野像とはかけ離れたものでした。しかも4回も行うのはあまりにも失礼です。政治家としてあるまじき振る舞いです。

ですが、これまでの言動からしますと誠実で真摯な政治家を目指しているはずの河野氏です。なにか理由があるのではないか、と考えました。たまたま機嫌が悪かったということも考えられなくもありませんが、立派な大人ですので「機嫌の悪さ」だけでは納得できないものがあります。

そこで考えられるのは、記者の姿勢です。テレビニュースでは河野氏が「次の質問どうぞ」という言葉を連続して発する映像だけが流れましたので河野大臣の発する言葉がぶっきらぼうに答えている印象を与えます。文字で伝える記事にしても河野大臣の発言だけを報じるだけですと、そこに至るまでの経緯や背景は読者にはわかりません。

ここから先は僕の想像ですが、もしかすると記者が「あまりに不勉強な質問をする」のでそれを批判する意図があったのかもしれません。後日の謝罪ブログでは「不適切な対応だった」ことと「いつものように、お答えできかねます」と答えるべきだったと「お詫び」し、記者に対して失礼な対応だったことを認めています。「外交では相手方にこちらのカードを見せては失敗する」とも書いてありましたが、それを承知のうえで「お詫び」をしていますので会見での自分の振る舞いに対して非を認めていることになります。

そうなりますと、余計に「非」に至った理由が気になるところです。そこである評論家のコラムを読んでいましたら、「官邸が外務省を飛ばしてロシアと交渉していること」に対しての「イラつき」を示したのではないか、と解説していました。

大臣と官僚の関係はとても微妙です。政治家は大臣になりますと官僚からレクチャーを受けますが、僕はそこで大臣と官僚の力関係が決まるように思っています。かつてと言いますか、現在でもそういう人はいますが、官僚と政治家の関係はほとんどが官僚が主で政治家が従です。つまり大臣は官僚に言われるままに言動をしていればよいのです。もし能力のない政治家が官僚を動かそうとしますと完全に政治は止まってしまいます。官僚が政治家を大臣(上司)として認めていないからです。かつて民主党が政権を取ったときはこの状態になり崩壊しました。

これは民主党に限った話ではなく自民党でも同様です。先ほど「現在でもそういう人はいますが」と書きましたが、政治家が政治を動かすには完全に官僚の言いなりになるか、または実力がある人が官僚をコントロールするコツを身につけるしかありません。マスコミの報道から察しますと、河野大臣は後者のようです。官僚との関係を良好にしているようですし、コントロールもしているようです。それが可能なのは官僚が河野氏を大臣として認めているからです。

このような視点から先ほどの記者会見を振り返ってみますと、「次の質問どうぞ」という発言は記者に対してよりも、官邸(安倍首相と取り巻き)に対するなにかしらの反抗メッセージと思えなくもありません。先ほどのコラム氏によりますと「官邸は外務省の頭越しにロシアの外相と交渉をしている」そうです。河野氏と官僚がタッグを組んで官邸に抗っているように見えなくもありません。

人は誰しも変わります。気がつかないうちに変わっていることもあります。もし、河野氏が大臣という権力に飲み込まれたことでの「次の質問どうぞ」という発言であったなら、これほど悲しいことはありません。

今EUでは反政府運動が活発化しています。フランスではガソリンの増税からデモが続いていますが、それが隣国にも及んでいるそうです。格差社会と言われるようになって久しいですが、貧困層に属する人たちの反発が激化しそうで不安です。

「内戦は『今日から始める』と宣言して始まるのではない。気がついたら、いつの間にか始まっているものなのだ」

これは国連のイラク問題の特使の言葉ですが、「いつの間にか」になる前にすべての人が気づくことが大切です。河野外務大臣もいつの間にか「傲慢になっていた」とならないように常に自分自身を見つめてほしいと思います。

でも、常に自覚しているのって難しですようねぇ。僕、いつの間にか人生の終盤に差し掛かっています。

じゃ、また。


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posted by satoaki at 14:16 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月09日

<ゴーン氏逮捕>

日産のゴーン氏が逮捕されて約2週間が過ぎましたが、マスコミもあまり報道しなくなっています。実は先週のコラムは「ゴーン会長逮捕」について書くつもりだったのですが、元貴乃花親方の離婚が報じられましたので、ついそちらのほうを書いてしまいました。

ゴーン氏の逮捕についてはいろいろな情報や意見がマスコミに出ていますが、結局のところなにが真実なのかは今一つはっきりしないのが実際のところです。そもそも真実を突き止めるために裁判が開かれるのですから、これからが本番ということになります。

これは本題から少し離れますが、今回検察が日本人ではない、しかも社会的影響力が高い人物を逮捕したことは事件とは違う方面に影響を与えるように思っています。それは日本の司法制度における問題点です。

日本では大きな事件で容疑者を逮捕しますと勾留するのが一般的です。勾留とは「被疑者を刑事施設に留置して拘束すること」ですが、勾留する理由は被疑者が逃亡や証拠隠滅をしないようにするためです。実は、このコラムを書くにあたり調べたところ、同じ「こうりゅう」という読み方で「拘留」というものもあるそうですが、これは「勾留」とは違うものだそうです。

それはともかく、以前より被疑者の段階の人を長期間勾留することの問題点を批判している意見がありました。ですが、そうした意見はなぜかほとんど無視されてきました。それが今回ゴーン氏を勾留したことで国際的に日本の司法制度に注目が集まっています。冤罪をなくす運動をしている専門家に言わせますと、先進国の中で日本ほど司法制度において人権侵害を犯している国はないそうです。ゴーン氏の逮捕が日本の人権侵害について議論が高まるきっかけになることを願っています。

ゴーン氏逮捕から2週間も経ちますと報道も落ち着いてきていますが、報道は大まかに2つに分類できます。一つは「ゴーン氏が多額の報酬を隠していたことへの批判」であり、あと一つは「今回の逮捕は日産側のクーデターである」という指摘です。

ゴーン氏の多額の報酬については日本人の感覚からしますと、「もらい過ぎ」という印象は否めませんが、グローバル企業の経営者としては「許容範囲」とも報じられています。クーデター説については、ゴーン氏がNISSANをルノーと統合させるつもりでいたのを察知してそれを阻止するためという報道です。ルノーの売上げはNISSANよりも少なくなんとルノーの利益の半分以上はNISSANからの配当によるものだそうです。ルノーはNISSANに逃げられないように統合するつもりだったと報じられています。

ゴーン氏がNISSANにやってきたのはNISSANの業績が思わしくなかったからです。「思わしくない」どころか倒産寸前でした。僕が強く印象に残っているのはゴーン氏をNISSANに招き入れた当時の日産自動車社長・塙 義一のコメントです。

「日産は大企業なのでしがらみが強すぎて日本人では改革ができない」。

日産は赤字を垂れ流す体質を改善したくても、取引先などとのそれまでの関係があるので実行に移せないでいたそうです。その「しがらみ」を断つには「外部から人材を招き入れるしか方法はなかった」と塙氏は語っていました。

確かにゴーン氏が来てから日産はV字回復をしていますが、僕からしますと取引会社を切ったり工場を閉鎖したり従業員を解雇したり、など採算の取れない部署を削減しただけにすぎないように見えます。コストカッターに相応しいゴーン氏の手際ですが、塙氏が言うように「日産生え抜きのトップではできない改革」です。「しがらみ」のないゴーン氏だからこそできた改革です。

その意味で言いますと日産がV字回復した一番の理由はゴーン氏の手腕ではなく、単に「外部からやってきた経営者だから」ということになります。別にゴーン氏でなくてもコストカッターができる能力のある人物なら誰でもよかったようにさえ思います。

以前書いたことがありますが、ゴーン氏が来る前まで日産の業績が悪かったのは一人の労働組合のリーダーに理由があります。当時「塩路天皇」とまで言われるほど権力を持っていました。なにしろ社員の異動さえ労働組合の許可がなければできなかったのですから、力の強さがわかろうというものです。これほど労働組合が実権を握っている企業が利益を出せるはずがありません。

結局、この人物の影響力から抜け切れずにいて業績が悪化したのですが、今回もゴーン氏という一人の権力者の力によってNISSANが支配されていたことになります。NISSANは一人のカリスマ的人物に支配される遺伝子があるのかもしれません。

マスコミ報道全体を俯瞰しますと、NISSANが検察に協力していたのは事実のようです。日本初の司法取引と報じるマスコミもいますが、クーデターというよりもNISSANをゴーン氏の手から取り戻す意図があったように感じます。ですが、だからといってNISSANの幹部が正しいとは限りません。そうしたことを感じるのは昨年の秋以降に明らかになっている「品質検査関連の不正」に対するNISSANの対応に疑問を感じるからです。謝罪会見に西川社長が一度も出席していないのです。もし、企業のトップとして経営に真摯に向き合う気持ちがあるなら謝罪会見にはトップが臨むのが本来の姿です。

僕は言葉を信用しない主義です。ちょっと頭のいい人は言葉を巧みに操って、または彩って人を思い通りに動かそうとするからです。僕は行動で人を判断します。その意味で言いますと、「品質検査関連の不正」の謝罪会見に一度も出席せず部下に任せている西川社長には経営者としての姿勢に疑問を感じています。

このような状況を見ていますと、今回の事件も外部からやってきたエリートと生え抜きのエリートの争いのように思えてきます。そこには現場で一生懸命働いている人たちへの配慮が欠けているように見えます。いつも負担を押しつけられるのは現場で働いている人たちです。格差社会の原因はそこにあるのかもしれません。

そう言えば、ゴーン氏の弁護を担当するのは元東京地検特捜部長の弁護士です。今回の検察側の部長は元部下だそうです。こうした構図を見ていますと「裁判とはなんなのか」と考えてしまいます。これでは裁判が検察の元上司と部下の戦いの場にすぎないことになってしまいます。裁判が真実を求める場ではなく、単なるディベートの優劣を決める場ということです。これで公正で公平な裁判が行われるのでしょうか。

やっぱり、世の中ってエリートが支配しているのかなぁ…。

…てなことをゴーン氏逮捕事件から連想した僕です。

じゃ、また。

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posted by satoaki at 14:49 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月02日

<やらない後悔>

僕が今週印象に残ったニュースは元貴乃花親方の離婚でした。僕の年代ですと若貴ブームが強く記憶に残っているのですが、若貴兄弟が最初にマスコミで取り上げられたのは、親方の子どもから弟子に立場が変わったときです。テレビで「若貴兄弟が子供部屋から力士部屋へ引っ越す」様子が放映されていました。このときのお母様(現・藤田紀子さん)の涙が印象的でした。

我が子ではなく、弟子になったのです。

兄弟揃って相撲界に入ったのですが、あとから兄の花田勝(元若乃花)さんの言に寄りますと「弟を守るために入門した」そうです。僕の記憶では「お母様からお願いされた」と話していたように思います。

二人とも努力の末に横綱まで上りつめたのですが、その途中で起きたのが貴乃花と女優宮沢りえさんの婚約騒動でした。人気力士となりもうすぐ大関になるという時期に若手女優として人気抜群だった宮沢さんとの婚約でしたのでマスコミが注目するのも当然でした。

今でも頭の中に残っている見開きページの写真があります。当時は写真週刊誌がブームだったのですが、その写真は記者会見を二人のうしろから撮っていました。二人の背中越しに集まったマスコミの人たちが写っているのですが、テーブルで覆われていてマスコミ側からは見えないのですが、二人は仲睦まじく手をつないでいました。どれほど二人がともに相手を好きでいたかが伝わってくる写真です。

しかし、その僅か2ヶ月後婚約は破談になるのですが、貴乃花は「気持ちが冷めた」とインタビューに答えていました。誰が考えても納得できる答えではありません。あれほど好きあっていた二人が簡単に気持ちが冷めるのは不自然です。二人に外部から圧力があったと想像するのが普通です。

後年、二人の破局について兄の花田勝さんは「他人には言えないいろいろなことがある。二人はかわいそうだった」と話していました。また歌手の美川憲一さんは2014年に唐突に二人の破談について語っています。当時美川さんは宮沢さんのお母様と親しくしていたらしく、お母様から依頼されて自分がりえさんを説得したそうです。

真偽のほどはわかりませんが、いくら本心から相手を好きになったとしても、周りの大人からしますと「若さゆえの一時の気持ちの高まり」と考えるのが普通です。どちらもまだ若く将来がある身でしたので、二人を思いとどまらせるなんらかの圧力があっても不思議ではありません。「圧力」という言葉が強すぎるなら「説得」です。どちらにも説得があったのは間違いのないところでしょう。

先ほど兄の花田勝さんのコメントを紹介しましたが、実は二人は仲違いの関係にあります。花田さんがいろいろな場で語っていますのでご存知の方も多いでしょうが、花田勝さんが「あいつ(弟)だけは許せない」と話していた言葉が二人の仲の悪さを表しています。

しかし、実はつい先日僕は驚くような花田さんのお話を聞く機会がありました。先場所は元貴乃花部屋の貴景勝関が優勝しましたが、あるスポーツ番組で花田さんに感想を聞いていました。そのとき花田さんは次のように話したのです。

「貴景勝は元貴乃花が育てたので元親方も喜んでいるのではないでしょうか。貴景勝が優勝できたのは元親方の育て方がよかったからだと思います」

僕は花田さんが弟である元貴乃花を辛辣に批判していることを知っているだけに弟を思い遣るこのコメントには本当に驚きました。もしかしたなら二人が仲直りをする兆候かもしれません。

先月、お亡くなりになりました元横綱輪島さんは兄弟を小さな頃から知っている方でしたが、二人が仲違いをしていることを気にかけていたそうです。輪島さんの人生も波瀾万丈で、親方時代に事件を起こし相撲界を追われ、自由奔放に生きていた方ですが、お亡くなりになったときは元貴乃花のお母さんである藤田紀子さんは感謝の気持ちを話していました。

実は藤田さんが貴乃花のお父様である貴ノ花関と結婚するとき、ものすごい反対に遭っています。部屋の親方は実の兄であり名横綱と言われていた二子山親方でしたが、「死ぬほどなぐられた」という記事を読んだことがあります。それほどの反対に遭いながらも結婚したのですが、息子の貴乃花とは違う決断をしたことになります。

藤田さんの感謝は「貴ノ花関とデートをするときはいつも輪島関が一緒にいてくれた」ことに対してです。もちろん一緒にいたのはマスコミ対策ですが、それがのちに「若貴兄弟は異父兄弟』という噂にもつながっているようです。(輪島さんが父親という説です)

相撲の世界は親方と弟子が似たような名前であり、ときには同じ名前のこともありますのでわかりにくくなりますが、話を元貴乃花関(当時は貴花田)と宮沢さんの話に戻します。

婚約が破談になる理由として「気持ちが冷めた」とマスコミに答えていた貴乃花関ですが、当時の気持ちが不安定でいたのがわかる映像を見たことがあります。関取は巡業に行ったときにお客さんの間を通って土俵に向かうのですが、そのときにお客さんは関取の身体に触ったり軽くたたいたりします。親愛の気持ちを込めて行うのですが、貴乃花は身体をたたいたお客さんをものすごい形相でにらんだのです。おそらく気持ちがいらついていたのでしょう。こうした振る舞いからも婚約破談が自らの意思で決めたことではないことが想像できます。

もちろん宮沢さんにもショックはあったようです。週刊誌では自殺未遂報道などもありましたが、みるみるうちにやせ細っていったのがわかりました。ショックの大きさが伝わってきた容姿でした。宮沢さんはその後一時期芸能活動を行わない時期があったのですが、僕は復帰するきっかけを作ったのは脚本家の倉本 聰さんだと思っています。

倉本さんの作品で有名なものに「北の国から」がありますが、宮沢さんはその特別編「’95 秘密」で芸能活動を再開しています。僕からしますと、まるで倉本さんは宮沢さんを復帰させるために書いたような内容でした。気になる方はネットで調べてください。

宮沢さんは、現在はVの森田剛さんと結婚して幸せな生活を送っていますが、元貴乃花関はこれからが正念場です。僕は、元貴乃花関は宮沢さんとの婚約破談に対して、心の区切りをまだつけていないように思っています。元貴乃花関はその後河野景子さんと結婚していますが、無理やり愛情を思い込もうとしているように感じていました。

親方時代にテレビなどで見かけることがありましたが、話し方にしても振る舞いにしても本来の自分の姿をさらけ出していないような感じをずっと受けていました。「自分を作っている」という感じです。

結局、元貴乃花関は相撲協会と揉めた後、降格人事に遭い、最後は相撲部屋まで畳むことになっています。いろいろ大変でしょうが、一般人とは違い一時代を築いた人ですのでいくらでも収入の道はあると思います。

兄弟の確執の解消も含めて、今回の騒動がよい方向に展開することを願っています。

やっぱり、恋って突き進んだほうがいいんじゃないかなぁ。

「やらない後悔」は「やった後悔」よりも強い。

じゃ、また。

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posted by satoaki at 13:56 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする