2018年06月17日

<関心が続かない>

世界が注目した米朝会談は結局、当初の予想どおりの結果でおわりました。「当初の予想」とは「具体的なことはなにも決まらず会談だけ行われること」です。専門家に寄りますと、こうした結果におわることはトランプ大統領、金正恩党委員長の双方にとって意義があるそうです。トランプ大統領にとりましては秋の議会選挙に貢献しますし、中にはノーベル平和賞を期待しているとの意見もありました。また、トランプ大統領は前の大統領オバマ氏を否定することに重きを置いているとの意見もあります。どこまで本当なのかはわかりませんが、それなりの説得力はある解説です。

金党委員長にしてみますと、笑顔外交を世界にアピールできましたし米国の大統領と堂々と渡り合えたこと自体が成果といえそうです。うまくいけば制裁緩和を手に入れることもできます。心の中までを見ることはできませんが、結果だけを見ますと北朝鮮のほうが得をしたような印象が残ります。

今回の米朝会談について僕が納得できないのは、トランプ大統領が会見で「非核化の費用は韓国と日本が負担する」と発言したことです。まさにお金だけ取られる構図です。「そんな図々しい!」と思いましたが、安倍首相は「非核化により恩恵を受けるのだから負担は当然」と話していました。

結局、安倍さんはトランプさんに梯子を外された感があります。強硬外交を訴えていたにもかかわらず会談をしたのです。最初の頃は「完全に非核化することが会談の条件」でした。それが「完全の非核化に関係なく会談した」のです。安倍首相にしてみますと、本心では裏切られた気持ちなのではないでしょうか。

拉致家族問題につきましても大きな進展はありませんでした。これに関しては安倍首相は金党委員長と直接話し合う意向を示しています。被害者家族にしてみますと、安倍首相しか頼りにできる人はいないのが現実です。安倍首相は政局とは関係なく最後まで尽力をする義務があります。

「昔の」と言いますとかなり古い感じがしますが、それほど古い時期ではない昭和の時代の政治家には信念があったように思います。「歴史は勝者によって作られる」と言われますが、それを差し引いても昭和の政治家には弱者に対する配慮がありました。

かつて自民党の実力者に梶山静六氏という方がいました。田中角栄氏が全盛時代の幹部の一人で強面で武闘派として知られた方でしたが、この方は幹事長時代に野党に対して常に心配りをしていたそうです。そのことを知ったのはジャーナリストの筑紫哲也さんの本の中でですが、自民党に批判的な筑紫さんの本に書いてありましたので印象に強く残っています。

昭和の自民党にはそのほかにもあまり目立つことはありませんでしたが、弱者の立場に立って活動をしていた人がいました。そして、重要なことは幹部になった人がそうした人の意見を掬い取っていたことです。そのような記事や文章を幾度か読んだことがありましたので今の自民党の姿を見ていますと残念な気持ちになります。

帰国した拉致被害者である蓮池薫さんが活動を活発化している印象があります。講演会に参加したりマスコミにも登場しています。おそらく拉致家族問題を解決するタイミングが今しかないと思っているのでしょう。また拉致被害者家族の方々が高齢で時間がないことも影響しているようです。

話は少し逸れますが、今から10年ほど前に秋葉原で殺傷事件がありました。その犯人の弟さんに関する記事を先日読んだのですが、その弟さんは家族ということで普通の生活が営めなくなり自殺をなさっています。「犯罪者の弟は笑うことは許されない」と書いてありましたが、人間は本当に苦しい経験をするとそれが頭から離れず「笑うこと」さえ忘れてしまうのです。

蓮池さんは日本に帰って来られましたが、まだ北朝鮮には拉致されたままの人がいます。蓮池さんも心の底から安心して笑うことはできなかったのではないでしょうか。帰国してから15年以上経ちますが、それでも忘れずに活動をしていることに敬意を感じています。考えようによっては、蓮池さん自身はもう幸せな境遇なのですから忘れることも可能です。それを「全員が戻るまで」と活動する姿には頭が下がる思いです。

安倍首相に対する見方はとても難しいものがあります。第二次安倍内閣が成立させている特定秘密保護法・安保法・共謀罪法などは現在の「一強体制」でなければできないほど微妙な法律です。もし国会が与野党伯仲している状況ならもっと紛糾、もしくは廃案になっていてもおかしくない法案でした。それを強引に成立させていることを思うとき、安倍首相を支持するのには少し躊躇するものがあります。

しかし、拉致被害者問題を解決できるのは安倍首相しかいないとも思っています。こうした現実の中で安倍首相にどのように向き合っていけばよいのか迷っています。おそらく拉致被害者の家族の方々は安倍首相の続投を希望しているでしょう。こうした状況の中で僕が安倍首相に期待しているのは拉致問題を政局に利用しない正々堂々とした姿勢です。どうかつまらない計算などせずに政治家の道を進んでくださいませ。

その安倍首相と一線を画す姿勢を見せたのが是枝裕和監督です。映画「万引き家族」がパルムドールを受賞したことに対する顕彰を「辞退する」と発表しました。「公権力とは距離を置く」という信念からですが、是枝監督らしい対応です。

僕が初めて是枝監督を知ったのは「そして、誰もいなくなった」という映画を見たときです。これは妻とわざわざ映画館まで出かけて見たのですが、今CMなどで見かけることが多い柳楽さんが子役時代に主演賞を受賞している作品です。僕が言うまでもありませんが、是枝監督の映画はいつも弱者に対する視点が魅力です。今回の映画も含めて是枝監督の作品は見終わったあとに考えさせられることが多々あります。

「そして、誰もいなく…」も内容は児童虐待ですが、その当時から既に社会問題化していたことになります。あれから15年以上経つのにまだ同じような事件が起きています。「同じよう」というよりも「もっと悲惨な」というべき事件でした。しかも今回の事件だけではありません。もっともっとたくさん虐待事件は起きています。

なぜ、こうした状況が改善しないかと言いますと社会の関心が薄れるからです。今回の目黒区の事件も今でこそ現場に花束をささげる人がたくさんいて、マスコミでも取り上げていますが、2ヶ月もすると忘れ去られてしまうでしょう。

大人にとって最も大切なことは、当事者でなくても世の中で起きた悲しい出来事を心の中に刻み付けることではないでしょうか。社会が関心を失わなければ世の中は必ず改善されるはずです。


「愛の反対は、無関心である」 マザー・テレサ

じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 13:56 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月10日

<仕事の責任>

ほとんどのテレビ局が取り上げていますので食傷気味の人もいるでしょうが、やはり僕も書かないわけにはいきません。目黒区の虐待事件です。多くの人が同じだったと思いますが、結愛ちゃんが書いた「ひらがなの文字」は誰もの心を揺さぶる衝撃がありました。

「もうおねがいです。ゆるしてください」

報道に寄りますと、食事もまともに与えられず寒い日にベランダに放置されたこともあったそうです。死亡時の体重が平均の半分くらいしかなく、また免疫機能に関わる臓器が普通の子供の1/5ほどの大きさだったそうです。まさに鬼畜と呼ばれて当然の親の虐待です。

このような事件があるたびに僕は鬼畜の親の周りの大人の責任に思いが至ってしまいます。以前、「自分の子供に犬用の首輪をつけている友人の振る舞いを見て、警察に通報してその子供を助けた」というニュースを見たことがありますが、今回の事件も周りの大人が防げた事件のはずです。

もちろん父親が最も悪いのですが、奥さんの連れ子であったことを考えますと一番の責任は母親にあると思います。報道では「自分の立場が悪くなるのが嫌で、見ぬふりをしていた」と母親は話しているそうです。親としての自覚に欠けており、親として失格です。

同じことが結愛ちゃんの母親の親にもいえます。自分の子供が小さな子を連れて離婚をして再婚したのですから注意を払う必要があります。この親御さんがテレビ局のインタビューに答えていましたが、せめて祖父母が結愛ちゃんのことを親身になって考えていてくれたなら結愛ちゃんの命は救えたように思えてなりません。それが残念です。

親も祖父母も頼りにならないとき、その次に結愛ちゃんを救えた可能性があるのは児童相談所です。結愛ちゃんの家族は目黒区に来る前は香川県に住んでいたそうで、そこでは結愛ちゃんを幾度か一時保護もしていたようです。つまり、児童相談所がしっかりと機能していたことになりますが、もしかしたなら結愛ちゃんの両親はそれを避けるために目黒区に引っ越したのかもしれません。

目黒区に引っ越した際には香川県の児童相談所から連絡が行っていますので、この段階までは児童相談所は機能していたことになります。このように連絡を報告するシステムになっていませんと、せっかくの児童相談所がなんの役にも立たない機関になります。香川県の対応はある程度完璧に行われたいたようですが、問題はここから先です。

目黒区の児童相談所の担当者も香川県からの連絡を受けて結愛ちゃんの自宅を訪問しています。ですが、母親に関わることを拒否されてそのままにしていました。結愛ちゃんの命を救えなかった原因はここにあるように思います。おそらく多くの人が僕と同じ感想を持ったと思いますが、この担当者の方がしっかりと責任を持って仕事に取り組んでいたなら結愛ちゃんの命は救えたはずです。

常識的に考えて香川県で一時保護を数度されている状況を考えるなら、母親が関りを拒否した段階で異常を感じて当然です。素人である僕が考えてもそのように判断できるのですから専門家である担当者の方なら「より以上に危険性」を感じなけらばいけない状況です。厳しい言葉で言いますと、仕事に真剣に取り組んでいない証拠です。

例えば、スーパーのレジの方が「対応が悪い」場合はお客さんが不快になるだけで済みます。命が危険になるリスクはありません。ですから、仕事に真剣に取り組まなくても小さな問題で済みます。場合によってはクレームが原因で職を失うこともありますが、それは責任は自分にあるのですから仕方のないです。

それに対して児童相談所で働いている人は対応を一つ間違えますと、子供の命が危険に晒されることもあります。児童相談所で働いている方々は、そのことをしっかりと自覚して仕事に取り組む必要があります。そのことを自覚できない人は児童相談所の仕事に就くべきではありません。児童相談所の仕事に向いていない人です。そして、向いていない人が採用されないシステムにする必要があります。

担当者を批判する意見に対して、人員不足といったリソースに原因があると指摘する意見があります。一人の担当者が100件の案件を抱えるケースという例などを紹介していますが、組織に問題があるのなら組織を改革する行動を起こすべきです。

組織について考えるときに避けて通れないのが個人の仕事への取組み方です。僕は飲食店を廃業して以来清掃業界で仕事をしていますが、この業界は個人差が表面化するという特徴があります。テキパキ効率よく作業をする人とそうでない人では仕事の進捗状況に大きな差が出てきます。僕の仕事に対するポリシーは「自分の働きに見合った報酬を受け取りたい」ことですので僕は現在管理会社の下請け形式として働いています。

年齢が年齢ですので若い人の作業スピードにはかなわないと自覚していますが、それを含めてのんびりやろうが素早くテキパキやろうが僕の自由です。結果が出ているならスピードを問われない下請け方式のほうが時間の自由も含めて納得できる仕事をすることができます。

しかし、児童相談所で働いている方々の勤務形態は違います。決められた時間内に仕事を終わらせる必要があります。そうなりますとのんびりやっている人とテキパキやっている人ではこなせる仕事量に差がつくことになります。そうした状況の中で「満足できる仕事をできない理由」をリソースに求めるのは納得できない気持ちになります。

百歩譲って人員不足などのリソースに問題があるとしても、最終的にはきちんと仕事をやり遂げられない状況を受け入れていることになります。結愛ちゃんの母親が「見ぬふりをしていた」ことと同じです。担当者または児童相談所で働いている方々はそのことを自覚してほしいと思います。そうでなければあまりにも無責任です。


神戸ではいじめ事件に関して許しがたいニュースがありました。
「教育委員会の首席指導主事が教職員が女子生徒の友人から聞きとったメモを学校側に隠蔽するように指示していた」
というものですが、その理由が「事務処理が煩雑になる」というあまりにひどいものでした。このような考えをする人が教育関係の仕事に就いていたのですから何をかいわんやです。


国会では働き方改革が審議されていますが、どれほど働き方が改革されようとも仕事に対して責任を持つことは普遍の真理です。これをないがしろにするならその国は亡びるでしょう。国会を見ていますと役人の仕事の重要さがわかりますが、その役人の仕事は政治家を守ることではないはずです。

じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 14:18 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月03日

<自浄作用>

僕がテレビを見る時間帯はだいたい決まっていまして、妻と二人で仲良く(?)食べる晩御飯のときです。僕たちの晩御飯の時間はだいたい7時半くらいからはじまりますので、僕の見る番組も限られてきます。通常、テレビのチャンネル権は妻にありますが、晩御飯のときだけは僕にチャンネル権があります。一応、我が家は亭主関白を装っていますので僕の意見が通ることになっています。

このような状況で僕がチャンネル権を駆使するのですが、見たい番組がそれほどあるわけではありません。僕が好きな番組名を紹介いたしますと月曜はNHKの「鶴瓶の家族に乾杯」、火曜はなくて水曜はやはりNHKの「ためしてガッテン」、木曜はなくて金曜もなくて土曜はNHKの「ブラタモリ」、日曜はNHKの「ダーウィンが来た」です。ちなみに、僕はNHKにお金を払っています。

以前、「鶴瓶の家族に乾杯」の番組の中で70才くらいの男性が「テレビは作り物ばかりでつまらないから、自分はドキュメント番組しか見ない」と話していました。テレビに対して懐疑的な考えを持っている人は「結構いるんだなぁ」と思った記憶があります。

今はSNSの時代ですが、「鶴瓶の家族に乾杯」に対しても「あれはヤラセ」という書きこみが結構あるそうです。それを意識しているようで番組の中で鶴瓶さんはしきりに「突然来てごめんなさい」というようなセリフを言っています。つまり「ヤラセではない」ということを強調しているのですが、今の時代はヤラセを想像する人がいても不思議ではありません。

そういう人がいる反面、ツイートなどの情報が事実の確認がなされないまま安易に拡散されることもあります。つい先日も、「うどんのお店にある大学の職員が大人数で予約を入れておきながら、ドタキャンした」というツイートが拡散されて、多くの人がその大学を非難するツイートをしたそうです。しかし、実はそのうどん店も大学も架空のもので実在しないことがあとから判明して物議をかもしました。

こうしたウソの書き込みの善悪は別にして、ツイートの事実を確認しないまま拡散する人がたくさんいることが証明されたことになります。一時期フェイクニュースが話題になりましたが、フェイクニュースに対して敏感になる感性はまだ育っていないようです。

かつては大手マスコミは信頼の象徴でした。つまり、大手マスコミが報じることは「真実である」ことを証明する役割を担っていました。しかし、最近は大手マスコミの信頼感も薄らいできているように感じます。また、かつてはニュースとして取り上げる際の選択基準は社会的な「価値」とか「意義」に置いていたように思っていましたが、最近は自社の主張に沿っているかどうかで選択しているように感じています。

僕がそうしたことを感じるようになきっかけは家計学園問題の報道時でした。かれこれもう1年以上疑惑が引きずられていますが、その発端を作った前川喜平氏に対する報道です。覚えているでしょうか、あのとき「出会い系バーに通っていた」と読売新聞だけが報じました。僕の中ではこの報道がマスコミに対する信頼感を一気に失せさせてしまいました。それまでにも気になる報道はあったのですが、あのニュースで一気に気持ちが覚めた記憶があります。

世の中は常に動いていますのでつい先日のような気がしますが、家計学園の疑惑が報じられてからもう1年以上経っています。そして、現在でもまだ家計学園の疑惑は晴れないままです。ことの顛末は省略しますが、先日は家計学園の事務局長が愛媛県を訪れて弁明する会見を行っていました。1年以上全く進展していないことを示しています。

僕は安倍首相を好きでも嫌いでもありませんが、強いて言うなら「好きな」ほうに入る政治家です。現在の激動する世界において極東の小さな島国である日本が存在感を出すには「安倍首相しかいない」とまで思っています。週刊誌などでは「トランプ大統領の言いなり」などと批判されていますが、どれほど常識はずれの大統領であろうとも日本は米国と親しい関係でいる以外に世界で生きていく術はありません。北朝鮮の拉致家族問題についても安倍首相以外に解決への道筋をつけられる人はいないでしょう。

このように安倍首相の政治家としての才覚は素晴らしいとは思っていますが、森友学園と家計学園問題においての対応は「あまりに誠実さに欠けている」と言わざるを得ません。共産党の小池議員が「ご飯論法」と指摘していましたが、誰が見ても質問に誠実に答えているようには見えません。「誰が見ても」というよりは「中立な第三者が見ても」が正しい言い方かもしれませんが、最近の国会ほど虚しい論戦はありません。なにしろ質問に対する答えになっていないのですから…。

今の安倍首相を取り巻く状況は、一昔前ですと間違いなく政権が倒れています。それが起こらないのは自民党内において対立する人がいないからです。かつては派閥があり、派閥間の争いがいい意味で自浄作用を起こしていました。しかし、今の自民党には安倍首相に対抗できる人材がいません。すべての問題の根源はここに行きつきます。

石破さんが遅ればせながらながら対抗者に名乗りを上げそうな言動をとっていますが、弱小派閥なのが難点です。岸田さんは今一つ気概に欠けているように映りますし、二階さんが安倍首相の三選を支持していることも見逃せません。

小泉進次郎さんは将来有望な政治家だと思いますが、まだ時期尚早です。おそらくそのあたりのタイミングはお父様がアドバイスをしているでしょうから、今は動かないでしょう。そんな中、実は僕が密かに期待しているのは河野太郎外務大臣です。今でこそ河野氏は安倍首相の閣内に入っていますが、それまでは安倍首相を追求する先鋒に立っていました。安倍首相が河野さんを外務大臣に抜擢したのは批判的な人を取り込む意図があったように思います。

まだ河野氏が要職に就く前のことですが、あるラジオ番組に出演していました。そこで話していたことは安倍首相の運営の仕方に対する批判と「自民党を変える」ということでした。今、自民党で安倍首相に批判的な発言をしているのは村上誠一郎氏ですが、そのときの河野氏は村上氏のような正論を話していました。その河野さんが外務大臣に就任したのですが、僕は安倍首相に取り込まれたというよりも閣内にいて動向を探っているように思っています。

話は逸れますが、自衛隊の日報が保存されていることが次々に明るみになっていますが、「廃棄した」と外務省が発表したときに、「いや、どこどこに残っているはずだ」と最初に声を上げたのは河野さんです。まだ閣僚になる前のことですが、河野さんは自民党や政権が正しい方向に行くように常に考えている人という印象を僕は持っています。



日大の反則行為をしたアメフト選手が会見をしたとき、マスコミ人や見ているほとんどの人が彼の真摯な態度に感銘していました。そうした周りの人たちの清廉潔白さを求め支持する姿勢や熱意が監督やコーチを辞任へと追い込んだように思います。また、ほかの選手たちも自らを省みて反省する姿勢を発表しています。

スポーツという世界においては自浄作用が働いて正しい方向へ向かう道筋を作ることができるのに、なぜ政治の世界ではできないのでしょうか。僕はそれが不思議でなりません。内田監督とコーチに対して厳しく追及したマスコミや周りの大人が、一大学の運動部よりももっと重要である国家の監督に対して追及ができずにいる状況に歯がゆさを感じています。

日本という国がしっかりとした民主国家であるなら自浄作用が働くはずです。そして、自浄作用は政治家だけが起こすのではなくマスコミや周りの大人が起こすべきものです。

じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 14:06 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする