2018年02月25日

<人の性(さが)>

オリンピックもとうとう本日が最終日となりました。正直に言いますと、オリンピックが始まる前はあまり楽しみにしていなかったのですが、いざ始まってしまいますとやはり感動するものです。先週のコラムを書く時点では羽生選手の金メダルが一番感動しましたが、その後も感動する場面がたくさん生まれました。やはりスポーツっていいですよねぇ。

今回のオリンピックで僕が一番印象に残っているのはスピードスケートの小平奈緒選手と高木美帆選手です。小平選手のスポーツマンシップは世界から賞賛されましたが、さらに素晴らしいのはそのスポーツマンシップを殊更押しださなかったことです。

テレビなどマスコミは小平選手が金メダルを獲得するまでの道のりをどうしてもドラマティックにしたがったりストーリーを作りたがります。ですが、小平選手はインタビューなどにおいても自身の喜びや周りへの感謝の気持ちを素直に出しながらもできるだけ淡々と対応していました。

特に親しい友人が昨年亡くなっているという出来事はマスコミ的には感動的なストーリーに仕立てあげたい格好の材料でした。しかし、小平選手は涙を流しながらも感動を強調させるような言動をとっていなかったところがスポーツと商業主義の間に一線を画していたようで好感でした。

一部のマスコミでは小平選手を哲学者になぞらえていますが、「金メダルは名誉。でも生き方が大事」という名言は後世に残るでしょう。これほどスポーツ選手の目指すべき生き方の核心をついた言葉はありません。

同じようなことが高木美帆選手にも言えます。高木選手の場合は15才で代表に選ばれ19才のときは代表を落選し、そして今回また代表に選ばれ、しかも銅、銀、金と3つのメダルを獲得しています。まるで漫画原作の基本のような生き方を生身の人間がたどっているのですから感動を呼び起こさないはずがありません。小平選手と同様にもしくはそれ以上に感動ストーリーを作りやすい材料が揃っていました。しかし、それでも感動に行き過ぎることもなく、淡々と受け答えをしていたところに感激しました。

さらに高木選手が「すごいなぁ」と思えるのはまだ23才という年齢であることです。小平選手は30才を超えていますので素敵な対応をできても「不思議ではない」という思いがあります。しかし、敢えて「弱冠」という言葉を使いますが、弱冠23才であれだけ素晴らしいマスコミ対応をできるのですから、どれほど辛く厳しい人生を歩んできたのだろうと思うと、尊敬の念を覚えずにいられません。

高木選手にこだわってしまいますが、実は高木選手にはあと一つ「すごいなぁ」という思えたことがあります。それは姉である高木菜那選手との距離のとり方といいますか接し方です。

実は、60才を超えた今になってわかりますが、子どもを育てることほど難しいことはありません。同性の子供の場合は尚更です。男にしろ女にしろ同性の場合は子供なりにライバル心が生まれます。同じ親の元に生まれ、同じ育て方をされてもその結果が違うのですから劣っているほう心中穏やかでいられるはずがありません。そこに確執が生まれます。

そして、その確執は二人の年齢が近いほど顕著に現れます。人間というのは大人になっても嫉妬心とか羨望、顕示欲といったポジティブな感情が芽生えます。大人でさえそうなのですから子どもが出ないはずはありません。

大人の場合は感情をコントロールまたはごまかす術を身につけていることもありますが、子どもの場合はそのような術を持ち合わせていません。このような状況で子どもは育てられます。確執が生まれて当然です。

例えば、フィギュアスケートの浅田真央さんと舞さんの姉妹がそうでした。真央さんが引退した現在でこそお互いの気持ちを素直に伝えられるようになっていますが、以前はどちらも心を閉じていたそうです。こうした例は枚挙に暇がありません。繰り返しますが、これは人間の性(さが)がさせる業です。人間には感情というコントロールしがたい自分の気持ちを操作するスイッチがありますので仕方のないことです。神さまであるならそうしたポジティブなスイッチをのけることもできるでしょうが、人間は神さまではありません。

話は逸れますが、実は僕は学生時代「世の中を平等にするには社会主義とか共産主義も一つの方法だよなぁ」と思ったことがありました。遊び惚けていた僕ですが、深夜に帰る電車の中で窓から見た夜空を見ながらそんなことも考えていました。しかし、社会主義や共産主義の国家がどんどんと消滅していく様を見て、これらの主義は「現実的ではない」と思い至りました。その理由が、人間の「どうしようもない感情」です。結局、嫉妬心とか羨望、顕示欲という感情が世の中を平等にさせないのです。結局、チャーチルの言葉に行きつきました。

「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」
(民主主義と資本主義は正確には違いますが、あまり固いことは言わずに)

話を戻しますと、23才という若さで姉妹の確執さえも乗り越えている高木美帆さんに拍手です。もちろん姉の菜那さんにも拍手です。女子マススタートで初代金メダルに輝いて本当によかったです。

同じ年頃の同性の兄弟姉妹で仲がよい人を見ていますと、僕はその親御さんを尊敬してしまいます。普通の親というのは誰でも子育ての素人です。僕にしても子供が小さい頃はお店を運営することで精いっぱいで子育てについて勉強したこともありませんし、真剣に考えたこともありません。ただ普通に自分の感覚で接していたように思います。僕の場合はたまたま女と男と言う異性でしたからよかったですが、同性だったならうまく育てられたか自信がありません。

おそらく同性の子育てについてきちんと勉強して細心の注意を払って接している親はあまりいないのが実状のはずです。そんな中でも子供のみんながたまたま運よく素直に育ってくれることを願ってやみません。

ところで、オリンピックをテレビで見ていますと選手の顔がアップになる場面があります。男性選手の場合はあまり興味も湧きませんが、女性選手の場合は自然と自分の好みでランキングをつけたりします。そこで最後に僕のランキングを紹介しようと思います。

僕のルックスランキング!
日本人ではカーリングの本橋さん、スピードスケートの小平奈緒さん、スノーボード選手の藤森由香さんです。外国の方ですと、フィギュアスケートロシアのアリーナ・イルナゾヴナ・ザギトワさん、スノーボード米国ジェイミー・アンダーソンさん、アルペンスキー米国リンゼイ・ボン(アメリカ)さんかなぁ。

えっ、スポーツの世界でルックスで順位をつけるのは不謹慎だって?

これも人間の性(さが)ですから。

じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 14:16 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月18日

<信頼フィルター>

日本中が歓喜したであろう羽生選手の金メダルでした。あれだけのプレッシャーの中で結果を出せるのですから並外れた精神力の持ち主であることを証明しました。スケーティングの技術力もさることながらあの精神力だけでも十分に金メダルに値する価値があります。

普通の人は緊張すると普段の実力を出せないものです。僕なども経験がありますが、入学試験の際に試験に向かうときにお腹が痛くなったりする人はよくいます。入学試験と比べるのもおこがましいですが、オリンピックは4年に一度しかない特別な大会です。そのうえ多くの人からの期待度も半端ではありません。そのような状況の中で実力を出すのですからやはりヒーローになるに相応しい選手です。

羽生選手と言いますと、スケーティングの技術力の素晴らしさとともにマスコミ対応においても賞賛されることがあります。今ふうに言いますと「神対応」というようですが、マスコミが取材しやすいように対応してくれることでマスコミの人からも人気があるそうです。まだ23才ですが、あの若さでマスコミ対応の術を身につけているのですから内面的な面においても金メダルに相応しい人格者ということになります。

オリンピックに限らず、スポーツ選手はマスコミとの関係はとても重要です。どんなスポーツであろうともマスコミに取り上げられて初めてスポーツとして認められます。例えプロでなくアマチュアであっても同じです。プロの場合は社会的認知度がそのまま業界そして選手の収入に直結しますし、アマチュアの場合でも活動をするには資金が必要です。資金がなければ練習もままならないのが現実です。

アマチュア競技でも技術レベルを上げるにはすそ野を広げることが大切です。競技人口が増えることは増えた人数分だけ才能を持っている人を見つける確率が高くなるからです。そしてやはりすそ野を広げるには資金が必要です。

このようにどのようなスポーツであろうとも資金の確保、それに伴う知名度の向上はとても大切です。その両方において重要な要因となるのがマスコミ対策です。僕は「ミュンヘンへの道」という男子バレーボールが金メダルを獲得するまでの感動物語をコラムで書いたり「まとめnaver」に投稿したりしています。その感動物語の立役者は松平康隆さんとう方ですが、この方が重視したのがマスコミとの連携でした。「ミュンヘンへの道」は1972年のことですが、今から40年以上も前からスポーツにおけるマスコミの重要性が大切だったことがわかります。

スポーツ選手はマスコミに取り上げてもらうことで知名度が上がりますが、ここで問題なのはスポーツ選手は芸能人ではないことです。ですから、マスコミが喜びそうな対応や振る舞いをする必要性を全員が感じているわけではありません。選手の中には取材を鬱陶しく感じている選手もいます。そのような選手はおそらく個人的資質もあるでしょうが、マスコミに対する不信感が根底に横たわっているケースもあります。

選手がマスコミに対して不信感を持つきっかけになるのはほとんどがマスコミに責任があるように僕は思っています。これはマスコミの昔からの悪弊と言ってもいいと思いますが、「レッテルを貼りたがる」傾向が影響しています。その理由は新聞や雑誌ですと「売れる」からでテレビですと「視聴率がとれる」からです。要は会社の収入に影響するからです。

「レッテルを貼りたがる」傾向がありますと、どうしても選手の本当の姿とは少し離れた報道になりがちです。「レッテル」は単純でシンプルなほうが効果が高まるからですが、そこには選手の微妙な気持ちや心理状態が入り込む余地がありません。そうして「レッテル」が独り歩きすることによって選手の人物像が出来上がっていきます。選手はそこに不信感を抱くようになります。

僕がマスコミとスポーツ選手の関係で印象に残っているのはプロ野球の野茂投手でした。野茂選手は口数の少ない実直な感じの選手でしたのでマスコミ対応を苦手とする選手でした。マスコミはニュースになるようなコメントなどを求める傾向がありますが、そうした面が苦手だったように思います。やはりマスコミに対して好意的でない選手はマスコミも好意的には報じないのが普通です。

野茂投手の次に米国に渡った有名な選手はイチロー選手ですが、イチロー選手もマスコミに対して心を開くタイプではありませんでした。しかし、イチロー選手の場合は球団および親会社と仰木監督が守ってくれた印象があります。

イチロー選手に比べてマスコミとよい関係を築いていたのが松井秀喜選手です。松井選手の場合はマスコミというよりは「番記者」の方々との関係をうまく築いていたことが大きいように感じています。それを実現できたのは、高校時代にすでにマスコミの持つ影響力を体験していたからです。甲子園というマスコミが押し寄せる場ですべての打席を敬遠されるという異常な状況を経験したことでマスコミの殺到状況も尋常ではありませんでした。そうした経験がマスコミと上手に接することの重要性を認識させたように思います。

最近の選手では、ダルビッシュ有選手が記憶に残っています。ダルビッシュ選手は高卒で入団したときに二十歳前でもあるにもかかわらず喫煙が発覚してしまい、マスコミからものすごいバッシングを受けました。その経験が影響していないはずはありません。そのときにマスコミとの距離感の持ち方を学んだのではないでしょうか。

選手として成功し業界または社会的にも存在が大きくなりますと、選手とマスコミの立場は逆転します。選手のほうが圧倒的に強くなりますのでその立場まで行きますと選手としてはマスコミ対応に困ることはありません。大切なのはそこに行くまでの間です。

選手として成功しますと、マスコミの人たちの中では選手との親密度が仕事に影響を与えることになります。マスコミとしては選手のコメントがほしいわけですが、インタビューをするのも容易ではなくなっています。そうなりますと、頼りになるのは記者と選手の個人的人間関係だけということになります。

このように見てきますと、選手とマスコミの関係において最後にモノをいうのは選手にしろマスコミ人にしろ人間性のように思います。単に相手を利用するだけが目的の関係は長続きはしないものです。なにしろ利用することが目的ですから、両方それぞれが相手に価値がないと思ったなら自然に疎遠になるからです。

本当に信頼できる相手に巡り合うには年月というフィルターが必要です。

じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 15:10 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月11日

<孤高>

いよいよ平昌オリンピックが始まりました。おそらくテレビはオリンピック一色になるでしょうが、テレビは感動が「ウリ」のメディアですのでオリンピックは素材としてはまさに打ってつけのイベントです。しかし、あまりに過剰な演出をされてしまいますと僕としては反対に気持ちが冷めてしまいます。適度な演出に抑えてくれることを願っています。

さて、実は僕が先週一番心に残ったできごとはフリーの女性アナウンサーである有賀さつきさんがお亡くなりになったことです。基本的にこのコラムでは芸能ネタは取り上げないのですが、有賀さんの最後の姿にあまりの潔さを感じましたので書くことにしました。

有賀さんの訃報は突然でした。僕の中ではつい先日までテレビのクイズ番組に出ていたような感じがありましたので特に唐突な印象があります。しかし、あとからの情報によりますとかなり以前から闘病生活をしていたそうです。クイズ番組で一緒に出演していた先輩女性アナウンサーのお話では、そのときカツラ(正しくはウィッグ)を着けていたそうでそのことに触れると明るく「とても簡単で便利ですよ〜」とまるでおしゃれの一環としてつけているように答え、闘病中であることなど微塵も感じさせない笑顔を見せたそうです。しかし、実際にはそのカツラは闘病のためのものだったのです。

有賀さんは本当に最後の最後まで孤高を貫きました。僕が今回コラムで書こうと思ったのはそこに畏怖の念を覚えたからです。今の時代はSNSなどの発達で自分をさらけ出すことが流行りになっている風潮があります。楽しいことはもちろんですが、ネガティブな状況も発信することで自らの存在をアピールできます。

もちろんそうした風潮を批判する気持ちは毛頭もありません。例えば療養中のようすを発信することで同じ病気の人を勇気づける効果もあります。ですから、社会的にも有意義なことだと思います。しかし、そうした考えとは正反対の生き方があっても然るべきです。有賀さんのお父様がお話ししていましたように「誰にも迷惑をかけずに最後まで生きたい」という気持ちが強かったのでしょう。しかし、口先だけはなく実際に行動で示すのは並大抵の意志の強さではできません。強靭な精神と覚悟を持っていなければできない態度です。

有賀さんはお父さまにも闘病のことはお話になっておらず、自分が亡き後のことをすべて自分で済ませていたそうです。例えば、銀行口座の手続きや相続のことなどあらゆることを自分で行っていました。つまり、自分の最後を悟っていたことになります。そのような状況でも取り乱すことなく冷静にやるべきことをきちんとやっていた姿にこみあげてくるものがあります。自分の最後がわかっていてもたじろぐことなく背筋を伸ばして生きていた姿勢に尊敬の念を覚えずにはいられません。

有賀さんは女性アナウンサーがタレント化するきっかけになった世代だそうです。僕も記憶がありますが、有賀さん、八木亜妃子さん、河野景子さんの3人はフジテレビの看板娘として華やかさ、さらに言うならキャピキャピ感がありました。この3人は同期ですが、以前河野景子さんが有賀さんについて話していたエピソードが印象的でした。

採用試験の面接のときにたまたまトイレで一緒になったそうです。そのとき有賀さんはなんと鼻歌を歌っていたというのです。普通誰でも就職試験の面接では緊張するものです。しかもテレビ局の女性アナウンサーという狭き門ですから緊張の度合いも半端ではないはずです。そのようなときでも有賀さんは全く動じる気配を見せていなかったのですから素晴らしい精神力の持ち主です。

そして、今回その精神力の強さが単なる度胸があるというだけではなく、もっと高邁な精神の裏付けがあったことを証明しているように思います。世の中には度胸のある人というのはいますが、どの度胸が単なる鈍感さということもあります。しかし、有賀さんは鈍感さではなく、いろいろなことを踏まえたうえでの強い精神力でした。死を目前にしても動じていなかったのですからこれ以上度胸のあるさまを証明する状況はありません。最後の最後まで投げやりになることもなく、人としての自分を貫き通した姿に感動せずにはいられません。有賀さんの「動じない強さ」は上っ面のものではなく間違いなく本物でした。

そのような有賀さんでしたが、結婚相手の選び方には過ちがあったようです。離婚会見のときに元夫に対して「家の中でも上司だった」と明言を吐いていますが、実に的を射た表現でした。有賀さんの結婚相手はフジテレビの解説委員の方でしたが、社会人またはビジネスマンとしては有能でも結婚相手としては不似合いな印象を抱いていました。有賀さんのような立場にいますと、いろいろな芸能人やスポーツ選手など一流人との交流もあったはずです。ですから人を見抜く力も培われていたはずですし、またいくらでも結婚相手がいたのではないでしょうか。それだけに結婚相手を知ったときに残念な感想を持った記憶があります。有賀さんほどの聡明さを持ち合わせていても幸せな結婚相手を見つけられないのですからやはり結婚というのは難しいものです。

僕は「あなたはこうやってラーメン店に失敗する」という本を公開していますが、この本は毎日10人以上の方が読んでくださっています。月間ですと300人の方ということになりますが、実は「あなたはこうやって結婚生活に失敗する」という本もいつの間にか毎日数人の方が読んでくださるようになっていました。

僕の「失敗シリーズ」は失敗するケースを知ることで失敗する確率を低くすることが目的です。ですが、「知って」もそれが役に立つかどうかは別です。なぜなら、「読んだ内容」を自分の中に取り込めるかどうかは読んだ人のキャパシティによるからです。結局は読む人次第ということになります。

経験のある人もいるかもしれませんが、同じ本を子供の頃に読んだときと大人になったときに読むのでは感想が違うことがあります。それは読む側の意識や考えや、読解力が成長しているからです。この違いが子供と大人ですとわかりやすいですが、大人と大人では思うほど簡単ではありません。二十歳を超えていますと、人は誰でもそれなりに自分に自信を持つようになります。この自信が邪魔をして素直に本を読み込めないのです。ですから20代に読むのは特に注意が必要です。20代というのは自分ではある程度大人になっている自覚と言いますか自負というものがありますので素直に受け取れない部分があります。

人が成長するには成長に導いてくれる人との出会いがとても重要になります。ですが、その出会いを決めるのは成長する以前の自分です。ここがとても重要で、結局は自分ひとりで考え悩み、苦しんだ末に作り上げた自分に責任があることになります。

スポーツ選手も一流になるには優れたコーチのとの出会いが重要と言われます。オリンピックに出場するほどの選手はすべてと言っていいほど素晴らしいコーチがサポートしています。その一流のコーチに巡り合うためには自分ひとりで考え悩み、苦しむことが必要です。

人は究極的には自分に責任を持って生きることが大切です。最後まで孤高を貫き通した有賀さんとオリンピックで活躍しているスポーツ選手を見ていてそんなことを思いました。

有賀さつきさんのご冥福をお祈りいたします

じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 15:20 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月04日

<プライム会員>

ついさっき、歯が抜けてしまいましたのでまずは歯の話から。
今、僕が困っていることは差し歯がすぐに取れることです。まだ少し自前の歯が残っているのですが、その歯が順繰りに抜けるのです。たぶん歯の丈夫さというのは遺伝的な要素が大きく関係していると思います。もちろん日々の手入れも重要ですが、それ以上に遺伝的な要素も大きいはずです。

そう思う理由は、以前僕より1才先輩の方とお話をしたときにその方からすべての歯が自前であることを聞いたからです。僕は若い頃から歯磨きをさぼっていましたのでそれが歯が抜けてしまう原因と思っていました。ですから、すべての歯が残っているということは僕とは正反対の歯磨き人生を送っていたに違いないと推測しました。

そこで「よっぽど真面目に歯の手入れをしていたんですね」と聞いたところ、「全然」という答えでした。なんと極普通の歯磨きしかしていなかったそうです。また、ときたまは僕と同じようにさぼっていたことを話してくれました。その方が「たぶん遺伝だな」とおっしゃったのです。

この話を聞いて少し罪悪感が減ったのですが、罪悪感が減ろうとも歯がなくなることは不便です。歯が抜けだした最初の頃はまだたくさん歯が残っていましたのでさほど気にもしていませんでした。「ああ抜けた」ってなもんです。

今でこそ歯周病という名前は社会に浸透していますが、僕が歯が抜けだした頃はあまり歯周病に関する情報がない時代です。歯医者さんに行っても歯茎または歯周病についての指導などをされることはありませんでした。実は、歯が抜ける原因のほとんどが歯周病です。

ここで僕なりに調べた歯に関する知識をご披露したいと思います。人間の歯は歯茎の中に歯槽骨というものがあり、それが土台となって支えています。歯が病気になるきっかけは歯と歯茎の間に異物が溜まりそこに細菌が発生し歯茎の炎症を起こします。ですから、いわゆる歯茎のポケットを清潔にすることはとても重要です。

炎症を起こした状態を歯肉炎と言いますが、その症状が進みますと歯槽骨が溶け始めます。これが歯周病です。土台がなくなるのですから歯は抜けるしか道はありません。

歯が抜けたところには入れ歯を入れることになりますが、その際の一般的な方法は抜けた歯の両サイドに金属の留め具をひっかける方法です。隣の歯で支えてもらうことになるのですが、実はこれが「歯抜け」を連鎖させる要因でもあります。

因みに、インプラントという言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。これは歯茎の中に歯槽骨の代わりになるものを注入し、そこに歯の受けになる部分を埋め込み、そこに新たな歯を差し込む方式です。やり方は数種類あるそうですが、原理はほとんど同じです。ですが、ネットなどで検索しますとまだ安全性について疑問がつくケースもあるようです。あとから後悔することのないようにしっかりと調べて、そして先生の説明をじっくりと聞いてから実行に移すことが賢明です。しかし、一番の敷居の高さは保険が適用されませんので治療代が高額になることです。

僕は入れ歯なのですが、入れ歯の両隣の自前の歯に金属の留め具をひっかける方式です。しかし、先ほど説明しましたようにこの方式には大きな弊害があります。この留め具をひっかけている歯が抜けてしまうことです。理由は留め具によって負担がかかるからですが、新たに歯が抜けますと今度はその隣の歯に留め具をひっかけることになります。このようにして次々と歯が抜けてしまいます。

最初に歯が抜けるのは歯槽骨が溶けるからですが、そのあとに歯が抜けるのはこの連鎖によるほうが主な原因となります。僕はそれでどんどんを歯を失い、現在自前の歯槽骨で支えている歯は10本となってしまいました。総入れ歯まであと少しです。

まるで総入れ歯を期待しているかのような書き方になってしまいましたが、決して期待などしていません。できたら残りの歯が最後まで残っていてくれたらうれしいなぁ、と思っています。因みに、「最後」とは人生の「最後」です。


先週も雪の予報がありましたが、先々週ほどの積雪にならなくて安堵しました。僕は今車で移動する仕事をしているのですが、雪が降ったときに一番困るのは幹線道路と路地の道路で積雪または凍り具合が違うことです。僕は路地に入ることもあるのですが、その路地はまだ雪が残っていたりガチガチに凍っていたりします。

このように中途半端な状況でチェーンを装着するのは適切ではありません。積雪や凍っているところではチェーンは効果的ですが、幹線道路では邪魔になるからです。チェーンの着脱を頻繁にするのはやはり効率の面で問題があります。

そんなときに思い出したのがスプレー式チェーンというものです。スプレー式チェーンというのはタイヤにスプレーをかけるだけでラジアルタイヤと同等の効果がでる代物です。最初に見たのは11月頃にホームセンターでだったのですが、今一つ信ぴょう性に不安がありました。そこでネットで調べてみますと、意外と効果が高いことがわかりました。

早速ホームセンターに行ったのですが、既に売り切れとなっていました。やはり考えることはみな同じなようです。仕方なく自宅に戻りネットで調べますとamazonで販売していました。すぐに申し込むことにしたのですが、そのときに重要になってくるのが到着する日にちです。雪の予報が出ていましたので雪が降る前に届かなければ意味がありません。

そのときに思いついたのが、プライム便というシステムです。プライム便とはプライム会員になった人の特典です。これまでamazonでなにかを購入するたびに必ず「プライム便を試す」という画面が出ていました。「プライム便」は送料も無料になりますし、配達日も選べるようなことが書いてあったような記憶があります。しかも、プライム会員になるための1ヶ月間の無料お試しがありましたのでそれを利用することにしました。

結論を言いますと、せっかく「プライム便」を利用しても自分の思い通りの配達日を選べるわけではありませんでした。それがわかったのは申し込みをしたあとでした。これでは「プライム便」を申し込んだ意味がないことになります。

結局、とても残念な結果となったのですが、その残念は結果を取り返すべく今楽しんでいることがあります。それはプライム会員の特典にある映画やドラマが見放題というサービスですが、これが結構楽しいのです。もう3本も映画をみました。

最初は1ヶ月間のお試し期間だけのつもりでしたが、送料が無料になったり映画などが見放題というサービスはかなり魅力的です。

amazon戦略にはまりそうな僕です。

じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 14:40 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする