2017年12月24日

<Ctrl+Z>

理由はわからないのですが、生まれて初めて「年末感を感じない師走」を過ごしています。これまでは12月を迎える頃には必ず「あ〜、今年も終わりの師走かぁ。早いなぁ〜」という気分になっていたのですが、今年は全くそのような感じがしていません。なんかいつの間にかズルズルといった感じでクリスマスの季節になってしまいました。

来週は大みそかですので今回が最後の「じゃ、また」になります。不思議なものでこのように書きますと「今年も一年が終わるんだなぁ」という気分にようやくなった気がしてきました。今年もなんとか無事に終えることができそうでホッとしています。

この年齢になりますとやはり健康が一番の不安の種ですが、僕は数年前に心臓の手術をしていますのでその不安が常につきまとっています。今でも定期的に通院しているのですが、薬はずっと服用し続けています。心臓のほかに喘息の持病もありますのでその薬も毎日続けています。

それにしても若い頃に、というか55才まで自分が病気になって病院通いをするなんて想像もしていませんでした。なにしろ健康で丈夫な身体だけが取り柄と思っていましたのでこんなに身体が弱くなったことに自分が一番驚いています。気持ちはまだ若いのですが、身体がついていかない状態です。人間って身体も大切なんだなぁって今頃になって気づいている次第です。

僕は変わり者ですのでなにかが壊れますと、最初に考えるのは「自分で直せるのではないか」ということです。自分の身体が壊れそうなときもそうでしたが、最後は専門家のところにいきましたが、最初は自力で直そうとしました。基本的に僕は文系の人間ですので込み入った理系や機械系のものには疎いのですが、それでも文系なりに「直せるのではないか」と思ってしまうところがあります。

これまでで「我ながら、すごいな」と思ったのは車のパワーウィンドウを自分で直したことです。僕の修理の基本は正常なものと比べて故障している箇所を突き止めることです。正常なものと違っているということはそこが故障の原因であるはずです。あとはそこを直せば修理は完成することになります。パワーウィンドウも作動しなくなったのが右側のドアでしたので左側のパワーウィンドウと比較しながら修理しました。動いたときのうれしさは今でも覚えています。

今年で印象に残っている修理はパソコンでした。これはコラムでも書きましたが、電源を入れても「ウンともスンとも」いわなくなったのです。さすがにこのときは困りました。パソコンの場合は正常なものと比べることができないからです。そこで、ネットで調べまくりました。最近はネットでの情報の正確性が問題になることが多いですが、ネットで情報を集めるときは「正確性を想像すること」と「新鮮度を確認すること」が重要です。

ただでさえネットの情報は玉石混交ですが、最近はそれに輪をかけて「石」が絶妙に入り込んでいます。ですから、それを見抜く見識が必要ですが、勘も重要になってきます。パソコンが動かなくなった症状を調べたとき、結局「これだ!」という対処法を見つけるまでに十数時間かかっています。原因を解説しているサイトに出会っても内容がわかりにくかったり、対処法が納得できなかったり、情報が古かったりしていたからです。ですから、「これだ!」と思う情報に出会ったときは感激ものでした。

つい最近ではデジカメを修理しました。これもネットで調べたのですが、古いデジカメでしたので逆に情報が少なく対処法を見つけるのに時間がかかりませんでした。デジカメの修理で知りたかった第一は分解の方法だったのですが、Youtubeで動画がありましたのでわかりやすく助かりました。やはり文章よりはビジュアルのほうが理解しやすいというメリットがあります。今の時代は本当に便利な世の中です。

このように製品を修理するのは時間がかかるとはしても危険な目に遭うことはありません。とりあえず挑戦してみてダメだったら買い替えたりあきらめたりすればよいだけだからです。しかし、自分の身体もしくは健康となりますと話は違ってきます。

今月に入ってから鼻詰まりが起きており、なんとか自力で直そうと奮闘していました。以前に書いたことがありますが、僕は鼻にポリープができやすい体質です。ですので今回もポリープのせいだと思うのですが、自力でいろいろと試みてみましたが、なかなか鼻詰まりが解消されないでいました。

僕は「まとめnaver」で「鼻づまり解消法」を作成していますが、鼻づまり状態になったときに多くの人が勘違いをするのは鼻水で鼻が詰まっていると考えることです。僕も最初はそのように思ってしまい、「鼻水を吸う」機械を1万5千円も費やして買ってしまいました。しかし、鼻詰まりの原因は鼻水ではなく鼻の粘膜が腫れて鼻の穴がふさがっていることです。穴がふさがっているのですから鼻を噛んでも鼻水が出てこられないのです。正しい原因を見つけることは治療の基本です。

当初は市販薬で対処していましたが、最終的にはいつも通院している耳鼻科に行くことにしました。やはり市販薬と処方箋では効果が全く違います。さすがはお医者さんということになりますが、処方箋を飲んでから鼻呼吸が楽になり気持ちよく年末を迎えることができています。因みに、「鼻水を吸う」機械はあれ以来一度も使っていません。なんともったいない無駄な出費だったことか、、、。

昨日、直したのはパソコンのシャットダウンです。数日前からシャットダウンをしますと「一つのアプリがシャットダウンを妨げています」と表示され、毎回強制シャットダウンをしなければ終了できない状態になっていました。ネットで原因を探したところスタートアップに妨げの原因があることがわかり、そこを修正して元に戻すことができました。

どんなこともなにかしら問題が起きた時はできるだけ早く元に戻すことが大切です。遅くなればなるほど対処法が複雑になる可能性があるからです。トランプ大統領はエルサレムをイスラエルの首都と宣言してしまい世界を混乱に陥れています。米国は早く政府を世界を平和に導く元の姿に戻さないと取り返しのつかない事態に突入しそうで心配です。

昔は日本が「民度が低い」などと批判されることがありましたが、米国の大統領を見ていますと米国の民度も日本とさほど変わらないように思います。来年は米国が元に戻ることを願って今年を終えたいと思います。

ところで、今週の題名の「Ctrl+Z」の意味がわかったでしょうか。「元に戻す」のショートカットでした。

じゃ、また。
来年もよろチクビ〜! 気持ちは若いんだけど、、、。

今年一年ありがとうございました。


スポンサーリンク


posted by satoaki at 14:57 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月17日

<今週は、ドキュメント番組の見方>

早いもので今年も残り2週間となりました。毎年のことながら「あっという間」です。ですが、僕の中では11月から今日までの期間が昔とは違うような気がしています。それは年末を迎える心の準備を急かせるメッセージが遅くなっているという印象です。

ちょっとわかりにくいかもしれませんので具体的なことを書きますと、クリスマスが来ることを知らせるメッセージがその一つです。昔は11月に入ったらすぐにクリスマスソングが繁華街で流れていましたし、煌びやかな電球が散りばめられたクリスマスツリーが至るところで飾られていたように思います。僕はいつも「ちょっと、いくらなんでも早いんじゃね」と思っていました。しかし、一応小売業の基本は旬の時期が来るまでに消費者にイメージを喚起させることですので「仕方のない面も」と理解はしていましたが、心の中ではやはり「ちょっと、早いんじゃね」と思っていました。

先に書きましたように小売り業界はイベントを早めにやって消費者のイメージを喚起するのが基本ですが、そうした慣習がどんどん早まりすぎてしまいますと弊害が起きることになります。近年の百貨店業界はまさにその真っただ中にいました。セールを「前倒し前倒し」で行うようになっていました。それを解消しようと奮闘していたのが三越伊勢丹の大西社長でした。しかし、その大西社長は反対勢力によって解任されてしまいました。

現在、相撲協会内での対立がマスコミで連日報道されていますが、どんな組織でも争いが起きるものです。こればかりは人間が集まるところには必ず生じるものですので仕方ない面がありますが、それでもやはり外から見ていると感じのよいものではありません。

対立が起きますと、どちらかが悪でどちらかが善という構図がどうしても頭の中に浮かびますが、現実はそれほど単純ではないかもしれません。ノーベル賞を受賞したボブ・ディランさんは「正義の反対は悪ではなく、別の正義」と喝破していますが、ここに紛争を解決する難しさがあります。

そして、さらに難しいのは決着点を見るにはどちらかの正義を選択する必要があることです。三越伊勢丹においては大西社長の正義と反対派の正義があったはずですし、相撲協会においても同様です。貴乃花親方が正義なのか相撲協会が正義なのか外から見ているだけではわかりません。

僕はこのような対立を見ますと「戦争広告代理店」という本を思い出します。この本については幾度かこのコラムでも紹介したことがありますが、「アメリカのPR企業がボスニア紛争においてセルビアを悪にしたてあげ、いかに ボスニアに有利な国際世論を作っていったかを描いた作品」です。対立において勝利を勝ち取るにはいかにして自分の主張を認めてもらうかが重要になってきます。この本を読みますと、最終的に重要なことは「事実ではなく、イメージをどれだけ社会に訴え、世論を味方につけること」というのがわかります。

究極的に考えてみますと、これはあらゆる場面で当てはまります。本来、裁判という制度は悪人を裁く場ですが、これも検察と弁護人の戦いにおいていかにして自分の主張を訴えられるかにかかっています。冤罪が起きるのも「事実ではなく、イメージの重要性が大きな要因」となっているからです。

古い話になりますが、戦後の日本の犯罪史で最も注目を集めた事件の一つに永山事件があります。これは1968年に「当時19歳の少年だった永山則夫が起こした拳銃による連続殺人事件」です。この事件が注目を集めたのは犯人の生い立ちがあまりに悲惨だったからです。

ちょっと長いですが、最高裁での判決をウィキペディアより引用します。
「「永山が極貧の家庭で出生・成育し、両親から育児を放棄され、両親の愛情を受けられず、自尊感情を形成できず、人生の希望を持てず、学校教育を受けず、識字能力を獲得できていなかったなどの、家庭環境の劣悪性は確かに同情・考慮に値するが、同じ条件下で育った他の兄たちは概ね普通の市民生活を送っており、また上京から3年以上社会生活を送った後に保護観察措置を自ら拒否して逃避した末に連続殺人の犯行を犯していることから、生育環境の劣悪性は4人連続殺人を犯した決定的な原因とは認定できない」

結局、永山則夫は死刑になっています。

先週、印象に残るドキュメント番組がありました。タイトルは「ザ・ノンフィクション 人殺しの息子と呼ばれて…」というものですが、2002年に発覚した北九州連続監禁殺人事件である夫婦の下に生まれた男性を取材したものです。劣悪な環境で育った少年が成長してく過程の心の軌跡がインタビュー形式で語られているのですが、この青年が淡々とインタビューに答えている姿が印象的でした。

先週のコラム題名を覚えているでしょうか。「テレビの見方」だったのですが、僕はテレビに対して懐疑的です。いったいどこまで事実を伝えているか、です。広告代理店は依頼主の立場で事実を伝えます。しかし、ドキュメント番組は依頼者がいません。だからこそ注意が必要です。

ドキュメント番組でありがちなのが、最初にストーリーを作り、それに沿った番組内容にすることです。これには作り手の思いが理由のこともありますし、費用の面でということもあります。先日のニューストピックスに「情熱大陸」という番組のプロデューサーを取材する記事がありましたが、この番組もドキュメント番組の老舗です。

テレビ局の一番の問題点は制作を下請けに投げていることです。この「情熱大陸」もそのようですが、下請けが制作したものをただ選別するだけでは番組を作る心意気というものがどうしても欠如しているように感じてしまいます。究極的にはテレビのドキュメント番組の問題点はそこにあるように思います。

ドキュメント番組を見るときはテレビカメラがどのようなタイミングでどのような角度から撮っているかを想像することが大切です。大家族の生活ぶりを取材する番組がありますが、あれなどはカメラが撮影されているときにいつも問題が起きています。このような番組を信頼するわけにはいきません。

番組を作るうえで「必要である」とか「効果がある」という理由で映像を撮っているならそのドキュメント番組はすでにドキュメントではありません。それを見破る目安になるのがカメラのタイミングと角度です。

フェイクニュースが注目されていますが、恣意的なドキュメント番組も立派なフェイクです。そのことを制作者の方々は肝に銘じて番組を作ってほしいと思っています。

それにしても、太川陽介さんのマスコミ対応は素晴らしかった!
奥さんである藤吉久美子の記者会見はドキュメントだったけど、松居一代さんの記者会見は無理矢理感満杯だったな。

じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 14:15 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月10日

<テレビの見方>

僕はたまにテレビ東京の「ガイアの夜明け」を見るのですが、先週はジーンズメイトを取り上げていました。ジーンズメイトは名前のとおりジーンズを中心にしてカジュアル系の洋服を販売している会社ですが、ここ8〜9年赤字が続いており昨年トレーニングジムで有名なライザップに買収されていました。そのジーンズメイトを再建するようすを取材していました。

ジーンズメイトについて書く前にこの「ガイアの夜明け」という番組について少し書きたいと思います。最近、テレビ東京が注目されることが多いのですが、番組作りがほかの局とは違っていることが興味深く思われているようです。例えば「Youは何しに日本へ?」とか「家、ついて行ってイイですか?」などはほかでは観ることがない番組です。番組は知らなくとも番組名だけは聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。

テレビ東京の特長は低予算で番組を作っていることですが、というよりは低予算で「作らざるを得ない状況にある」ことですが、それが逆にほかのキー局とは違った発想を生んでいるのかもしれません。ある経済誌の取材にテレビ東京のプロビューサーが「キー局との大きな差を実感している」と告白している記事を読みましたが、一般人が思うより以上にキー局との差は大きいようです。

低予算が宿命のテレビ東京ですので自ずと一般人を取材する番組が多くなるようです。先の「Youは何しに日本へ?」や「家、ついて行ってイイですか?」も一般人が番組に登場するだけですから低予算でも可能な番組です。その延長線上に「ガイアの夜明け」もあるように思います。この番組もビジネス関連の人物や仕事を取り上げて伝えるのですから低予算で済みそうな番組です。

最近の放送で僕が印象に残っている内容は大手引越し会社で働いている従業員が会社から理不尽な待遇に遭っているようすを伝える放送でした。会社と従業員の対立といいますか、戦いを取材しているのですが、番組は従業員側の視点から番組を制作していました。

番組の中で特に注目を集めたのは副社長が取材陣に対してまるでチンピラヤクザのような激しい口調で詰め寄る映像です。態度や目つきや振る舞いはまさにヤクザと見間違うほどの迫力がありました。あの映像だけでこの会社がブラック企業であることが伝わってきます。

おそらく民間のキー局ではこのような番組を作ることは不可能でしょう。理由は言わずもがなですが、企業は広告のスポンサーでもあるからです。報道番組は常にそういた問題を抱えていますが、民間である以上仕方のない面があります。

ネットなどでは引越し業者のブラックぶりを批判する記事が溢れていますが、そんな中ある経済誌が引越し会社にインタビューを行っていました。取材相手は番組内で取材陣に対してチンピラヤクザのような口調で怒鳴り詰め寄っていた副社長でした。記者はチンピラヤクザふうの怒鳴り口調についても質問しています。

すると、「あれはカメラを持っている人が私の足を踏んだから怒っているのです」と答えています。あの映像は「テレビカメラ用に仕組まれたもので、それに引っかかってしまった」のが実状のようです。それを聞いてからあの映像を観ますと確かにそのように見えなくもありません。もし、そのような取材方法をとっているならあこの番組の全体の構造が変わってくることになります。

大手引越し業者の番組を放映した日は、安売りをウリにしている大手小売業の会社のブラック企業ぶりも伝えていました。上場一部の立派な大企業でありながら、サービス残業をを常態化させているようでした。番組では、労働監督署に密着するという内容で早朝から出勤してくる社員を車の中から隠し撮りしている映像でした。

このときは社長がインタビューに応じ、反省の弁を述べ今後改善する旨を話していましたので引越し業者ほどの悪いイメージは伝えなかったように思います。

この2つの会社はブラック企業であることは間違いのないところですが、僕が気になるのは両社とも現在も営業を続けていることです。本当に極悪企業でブラックであるならあれだけのイメージダウンを与える番組が放映されていたのですから倒産していてもおかしくないはずです。そこが気になります。

さて本題に入りますと、先週のガイアの夜明けはジーンズメイトという企業を再建するようすに密着取材する内容でした。密着した番組の主人公は岡田 章二氏という方ですが、昨年までユニクロを展開している株式会社ファーストリテイリングに在籍していた方のようです。番組では岡田氏がいろいろな指示を店長や従業員にテキパキと出していたのですが、驚いたのはジーンズメイトの社長にまで指示を出していたことです。肩書は最高顧問ということでしたが、番組を見ている限り権限は社長よりも上のようでした。

そこで気になりますのは社長ではなく社長をサポートする最高顧問という肩書です。僕は常々思っているのですが、コンサルタントとか再建請負人などという立場の人たちの評価についてです。このような人たちのズルいところは短期間だけしか関わらないことです。経営という仕事は短期間では評価できる種類のものではありません。短期間でよいなら、ある程度経営センスに長けている人なら誰でもできます。経営で最も重要なことは好業績を「継続させる」ことです。それなくして経営もなにもあったものではありません。

ガイアの夜明けのような番組においても同じ問題があり、番組内で成功した事例を伝えていてもあくまでそれは取材している期間だけのことです。繰り返しますが、経営で重要なことは「継続する」ことです。それを取材というほんのわずかな期間だけで成功したと評価するのには違和感があります。

番組内ではジーンズメイトの社長が岡田氏の部屋に入ってくる映像がありましたが、あの映像は社長が最高顧問である岡田氏に呼びつけられている印象をあたえます。意図的なものかどうかわかりかねますが、あまり感じのよいものではありません。本来、社長とは企業の業績を左右する重要なポストで、すべての決定権があるべき要職です。その社長が外部からきた人間に呼びつけられているのでは社員のモチベーションが上がるわけがありません。

番組ではあの場面以外に社長は出てきませんでしたが、あのような状況では組織がスムーズに回るとは思えません。会社という組織が活動するとき、最も大切なことはそこで動いている人たちの意志であり、意思の疎通です。外部から来た人間が最高顧問という肩書をつけているとはいえ、偉そうにふるまっている会社が健全とは思えません。岡田氏が本当に再建をしたいなら社長という立場になることが必要です。

若い人には古い話になってしまいますが、「iモード事件」という初期の携帯電話を開発するようすを書いている本があります。これを書いたのは松永真理さんという元リクルートの編集長ですが、松永さんはリクルートからNTTドコモという全く畑違いの仕事場に転職しています。松永さんがそこで奮闘する姿は、外部からの人間が入っていって仕事をすることの難しさを教えてくれています。

ジーンズメイトを紹介したあの番組もたった30分だけの短期間で実態を伝えることは不可能です。テレビ番組というのはそのような部分があるということを前提に見ることが必要です。

先ほど書きました松永氏は元リクルートの社員ですが、今から20年くらい前の頃、仕事人として注目される人には「元リクルート」と「元IBM」の人が多いと言われた時期がありました。番組に登場した岡田氏は元ユニクロですが、今の時代は「元ユニクロ」という人が多いような気がします。

じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 15:41 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月03日

<上っ面の優しさ>

熊本市の議会で女性議員が赤ちゃんを一緒に連れて議場に入った騒動がありました。賛否両論があったと報じられましたが、その割合は圧倒的に反対が多かったようです。しかし、どちらかと言いますとマスコミ論調はこの市議を擁護する視点が多かったようで、そのマスコミの姿勢に対しても批判があったそうです。

マスコミの姿勢については、普段からマスコミは「弱者の見方」の立ち場を取ることが多く、こうした姿勢からマスコミは全体的にリベラルの傾向があると指摘されています。僕からしますとリベラルというよりも「美談にしたがる傾向」と思いますが、無理矢理にでも「弱者が必死に頑張っている姿を撮ろう」としている節が見えます。理由は、もちろん感動的な映像が欲しいからです。

昔でしたら情報はマスコミだけの特権でした。しかし、今は誰でもが情報を発信できます。ですから、マスコミの報道の仕方さえも批判の対象になっています。僕はこれはとてもよいことだと考えています。今回の騒動ももしSNSやネットが発達していなかったなら「出産した女性議員がいじわるされている」という表面的な報道で終わっていた可能性があります。SNSやネットの発達は情報の中立性に貢献しているように思います。

さて、女性議員の行動についてですが、「女性が働きやすく、女性に優しい議会にする」という視点だけで捉えるなら女性議員を擁護するマスコミの姿勢は好意的に見られたはずです。しかし、現実は「女性議員の行動を批判する」意見が多くを占めていました。

一見冷たいようですが、その理由には納得できるものがありました。年配の女性が賛成できない理由をインタビューで答えていました。
「赤ちゃんを育てるのはプライベートなことだから、それを仕事に持ち込むのは違うと思う」という内容でした。僕もこの意見に賛成です。

それでも女性議員を擁護する立場の人からしますと「女性が社会で活躍できるような環境を作ること」を訴える意味で意義があると主張します。しかし、この主張に対する批判派からの反論も理に適っているように思えます。

女性議員が議会に赤ちゃんを連れて行くことをほかの職業にあてはめてみればわかりやすくなります。例えばデパートの販売員が赤ちゃんを連れていたらお客様はそのデパートで購入しなくなるはずです。コンビニの店員でも同様です。精算をしているときに背中におぶっている赤ちゃんがぐずいていたなら、二度とそのコンビニを利用しなくなるでしょう。そのようなコンビニはすぐに廃業に追い込まれるはずです。競争が激しいコンビニでは赤ちゃんを連れての業務は不可能です。

では、「赤ちゃんを待機させる場所を議会内に設ければよい」という考えもありますが、これには赤ちゃんの面倒を見る人の準備も必要になります。しかし、普通の民間であったならこれだけ経費をかけることは容易ではありません。下手をするとその経費で赤字に転落することもあるかもしれません。議会において女性議員が活躍しやすい環境を作るのは公務員への報酬を増やすことを意味します。公務員の活動費はすべて税金で賄われていることを忘れてはいけません。実は、このことがこの問題の核心です。

今回の騒動も民間であったならこれほど注目を集めなかったはずです。民間企業に勤めている女性が赤ちゃんを連れて仕事場に来たなら職場の人は全員拒否するでしょう。それで終わりです。マスコミのネタにもなりません。そもそも、今の日本の現状では仕事に応募する時点で赤ちゃんを連れていかないことが前提になっています。もし、議員にだけ認めてしまうなら、それは「議員が優遇されること」を意味します。つまり、議員の特権を「増やしてほしい」というのと同じです。

僕は女性議員の気持ちも考えもわからないではありません。この議員が強硬手段に及んだのは世の中の常識や慣習を変えたいと思ったからのようです。これだけマスコミで報じられましたからその目的は果たしたことになりますが、正々堂々と自分の主義主張を訴えるという意味においては問題があると思います。

女性議員は当選してからこのような行動に出るのではなく、立候補をする段階から「議員になったときの自分の行動や振る舞いを公表しておくべき」でした。当選してからこのような行動をとることはマイナスのイメージを強くしただけで、長い目で見ますと女性の議会進出を遅らせただけの結果になったように思います。ですから、女性が働きやすい環境を作ることが目的であったなら立候補するときに「議員になってから議場に赤ちゃんを連れていく」と堂々と主張するのが正しいやり方です。ですが、そのように主張して立候補したなら当選する確率は格段に低くなると思われますが…。


僕はこれまでに心に響いた格言が2つあります。一つは

「人は遠くにいるほど、正論を叫ぶ」で

あと一つは

「人は責任を負わなくてよいときほど、優しくなれる」

です。今の欧米を見ていますとまさしくこの格言のとおりになっています。「難民を助ける」という行為は人道的な側面から見て素晴らしいことですが、そのことによって自分たちに不利益が及んでくることには不安を覚える人が多くいるようです。その証拠がヨーロッパ諸国で「難民排除を主張する政党」が伸張していることです。米国のトランプ大統領が「アメリカファースト」と訴えて当選したのも同様の意味があります。

これは日本においても同様です。熊本市議会でこの騒動が報じられて、ある著名人がツイッターで「自分の仕事場には赤ちゃん同伴でも構いせんのでどうぞ」と書き込んだことが伝えられていました。このツイッターに賛同する人が多かったように報じられていますが、赤ちゃん同伴によって自分に不利益が及んだときに本当に同じ態度をとってくれるのか疑問です。

僕は東日本大震災が起きたあとに果物販売を行っていました。そのときに梨を扱っていましたが、その中に福島産の梨がありました。実は、市場でも福島産の梨はあまり売れなかったようですが、僕は福島を応援する気持ちがあり積極的に扱っていました。しかし、ほとんどのお客さんは福島産と聞いただけで買うのをやめていました。そのときにすでに政府が「福島産の梨」の安全宣言を出しているにも関わらず、不安だからという理由で買わないお客様が圧倒的に多かったのです。

結局、口先では被災地応援と言いながら実際の行動は正反対の対応をしていたのです。たまに僕と同じ考えで「福島産だから応援する」という理由で購入してくれるお客様もいましたが、全体からしますとほんのわずかな割合でした。購入してくれるお客様と「所詮、みんなは口先だけの優しさだよねぇ」と愚痴を言い合っていたのを思い出します。

上っ面の優しさほど、空々しいことはありませn。

じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 13:57 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする