2017年10月29日

<勝者の責任>

衆議院選挙は結局、最初に安倍首相が目論んだとおりの結果になりました。そもそも論になりますが、安倍首相が今回解散に打って出たのは、野党が混乱している「今のタイミングしかない」と思ったからです。民進党はバタバタしていましたし、都民ファーストで勢いに乗っている小池さんがは国政に乗り出すにはまだ準備が整っていませんでした。
ですが、「機を見るに敏」な小池さんは希望の党を設立しました。この小池さんの決断は安倍首相にとって想定外だったはずで、この時点では確かに風は小池さんに吹いていました。ですが、「排除します」発言で一気に風向きが変わってしまったのです。いろいろなメディアが書いていますが、もし、小池さんの失言がなかったなら結果は全く違ったものになっていた可能性もあります。
しかし、考えようによっては小池さんのこの失言も安倍首相が考えた「今のタイミング」の賜物と言えなくもありません。小池さんに余裕がなかったからこその失言と考えることもできるからです。小池さんから「排除します」発言を引き出したジャーナリストのコメントを読みますと、元々小池さんはこのジャーナリストを好ましく思っておらず、ずっと質問者に指名していなかったそうです。それがたまたまあのときだけ指名したのですから、油断したとしか言いようがありません。このジャーナリストによりますと指名されたのは半年ぶりだったそうです。それがよりによってあのときだったのが小池さんにしてみますと悔やまれるところでしょう。
先週、僕は小池さんの失言を「上手の手から水が漏る」と表現しましたが、その原因は油断です。そして、その油断は「短時間で政党を作らざるをえなかったこと」と無縁ではありません。急ごしらえで政党を作ったのですから精神的な余裕があったはずがありません。そのようなときに批判的なジャーナリストを指名したのですから「魔が差した」としか言いようがありません。心に隙ができていたようです。
小池さんの失言に追い打ちをかけたのが小泉進次郎さんの「小池さんは必ず出てきますよ」および「小池さん出てきてください」発言です。この挑発発言によって小池さんは身動きが取れなくなってしまいました。進次郎さんの状況を見極める才能が小池さんを追いつめたとも言えそうです。
これで一応ひと段落はしましたが、政治はまだまだずっと続きます。なにかきっかけがあるといくらでも変わるのが政界です。野党の方々はあきらめずに頑張ってほしいと思っています。僕が最も心配しているのは「意見が異なる人の自由が制限される」世の中になることです。民主主義なのですから、面倒な手続きが必要な状況になっていることが大切です。

…なんてことを思いながら世界を見渡していますと、あちこちで独立運動が起きていることが気になります。国家の一部が独立を求めて投票を行ったり運動をしていますが、これらには共通点があります。それは独立を求めている自治区が経済的に自立できる状況にあることです。これはちょっと考えればわかることですが、自分だけでは食っていけない状況でわざわざ独立を言い出すことはありません。経済的な裏付けがあるからこその独立です。経済基盤がしっかりしていることが独立の大前提です。
ですが、これは裏を返せば他の地域にとっては損失につながります。突然、国家の稼ぎ頭がいなくなることですから、国家として簡単に認めることができないのは当然です。独立を目指している自治区の人たちからしますと、自分たちが一生懸命稼いだお金がほかのところに回されるのが「納得できない」ということになります。
もちろん独立を願っている人たちの中には経済的負担を強いられることだけではなく民族としての意識もあるでしょう。まさに「イデオロギー100年。宗教1000年。民族永遠。」という言葉を証明していることになりますが、感情的な側面も大きな要因となっています。
このような動きを見ていますと、結局、人間というのは「自分が一番かわいくて、自分のことしか考えられない」生き物なのかもしれません。

スーパーで買い物をしているときの光景です。家族連れのお父さんらしき人が買い物途中のカゴの中に入っているジュースの蓋を開けて飲み始めました。まだレジでお金を払う前であるにも関わらずです。おそらく「これからお金を払うんだから問題ない」という考えなのでしょうが、これはルール違反です。もし「そんなルールはない」というならマナー違反です。
スーパーに限らずお店を運営している側は、万引きが大きな問題になっています。以前あるリサイクル店が万引き犯の顔写真を公開したことが話題になったことがありますが、ほとんどのお店は万引きに対する対応に苦慮しています。お店という場所は商品が並んでいますのでその中で「万引き」かどうかを見極めるのが困難なことです。
そのような状況がある中でお客様に「精算前のジュースを飲まれてしまう」と「万引き」との境目がわかりにくくなります。お店側の負担や苦労をできるだけ少なくしようと思うなら精算前の商品を開けることはやってはいけないことです。
ネットを見ていましたら、“ アイコスの吸い殻をテーブルに置いて帰った! 飲食店は「全面禁煙」に ネットで賛否激論”という記事が目に留まりました。加熱式タバコの吸い殻をなにも言わずにテーブルに置いて帰ったお客に怒っている店主のツイッター写真が物議を醸しているそうです。
この激論の核心は「お客の行動の許容範囲」に尽きると思います。許容範囲は「人によって」または「地域によって」違うことがありますが、先に紹介しました「精算前のジュースを飲む行為」も、ある関西の芸人さんは「どうしてダメなのかがわからない」と話していました。もしかしたらな地域によっても感覚が違うことがあるかもしれません。
ですが、僕は地域によって差があるから「仕方ない」と認めることはできません。地域性によって認めてしまっては世の中はいつまでたっても不平等な世界になってしまいます。今、米国は人種差別が問題になっていますが、米国では地域によってはまだ人種差別が残っているそうです。もし地域による考え方の違いを認めてしまっては差別は永遠に続くことになってしまいます。
「いいか、悪いか」の判断の境目は相手を思いやる気持ちがあるかないかに尽きると思っています。「精算前のジュースを開けてしまうとお店の人が万引きとの区別ができずに困る」とか、「アイコスの吸い殻を置きっぱなしにしてはお店の人が困る」といったふうに相手を思いやる気持ちがあるならわかることです。
いつごろからでしょうか。日本でも「公共心の欠如」が指摘されるようになってきました。「自分だけよければそれでよし」とする風潮が少しずつ強くなってきているように思います。
スーパーのトイレの個室に使用済みの赤ちゃんのおむつが捨てられていることがあります。最近は話題に上がりませんがコンビニのゴミ箱に家庭ごみを捨てる人が問題になったこともあります。これらはみんな「自分だけよければよい」という発想が根本にあります。
実は、僕もまだ答えがわからないのですが、みんなが自分のことだけしか考えない社会が平和で暮らしやすい世の中にはなるはずがありません。米国だけではなく欧米においても難民排除を主張する政党が一定の支持を得ています。こうした風潮が戦争を招いているようで不安な気持ちになっている最近の僕でした。

選挙のさなかに世界チャンピオンになった村田諒太選手には哲学者というニックネームもあるそうです。その村田選手が試合後のインタビューで恩師が話していた言葉として印象に残る言葉を紹介していました。

「試合に勝つことは相手を踏みにじり、その上に立つということ。勝った人間は(相手に対し)責任が伴う」

政治家の責任は国民を「幸せにする」ことです。安倍首相が責任を果たしてくれることを願っています。
一応言っておきますが、「幸せにする」のは一部の国民ではなく国民全員ですから。

じゃ、また。


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2017年10月22日

<見て見ぬふり>

本日は投票日ですが、台風が来ていますので投票率がどうなるか心配です。最近は期日前投票を利用する人が多いようですが、投票場所を工夫することで投票率はもっと上がるのではないでしょうか。さらに言うなら不正投票を排除することが確保できるなら電子投票という方法も投票率アップに貢献するように思います。ですが、選挙において最も大切なことは真面目に真剣に政治と向き合う姿勢です。いくら投票率が上がったところでポピュリズムに流されたり自分のことしか関心がないのでは選挙自体が意味をなさないことになってしまいます。
世界中のみんなが自分だけではなく、「世界をよくする」という視点でものごとを見たり判断したりしないといつまで経っても平和な社会を実現することはできません。
…こんなことを書いていますと、学生時代に言われた言葉が頭をよぎります。
「おまえ、青臭いな!」

その青臭い僕が先週最も憤りを覚えた事件は福井県で起きた男子中学生の自殺事件です。報道によりますと、担任や副担任の「厳しい」を通り越して「激しい」叱責が続いたことが原因のようでした。お母さまは「先生によるイジメが原因と思っている」と話しています。この事件が報道されてからはフェイクニュースもたくさん出回っていそうですので事実確認には注意が必要ですが、教育委員会の発表ではやはり担任と副担任の先生としてあるまじき教育態度に原因があるようです。
この事件で僕が胸を締め付けられたのが、中学生の祖母にあたる方が家庭訪問をした担任に「副担任と二人きりにしないようにお願いしていたこと」です。これには理由があるようで、男子生徒が小学生時代にこの副担任が教習生として教えに来ていたことがあり、その際にこの教習生が男子生徒に対してイジメに近い接し方をしていた過去があるからです。偶然にも中学校に上がってからそのときの教習生と「副担任と生徒という関係」で遭遇ししてしまったことになります。祖母はそのような二人の関係を覚えていたのだと思います。
おそらく祖母は「副担任からイジメられないように配慮してほしい」との思いで担任にお願いをしたのでしょう。しかし、その担任もまた男子生徒をイジメる側の人間だったのです。これでは暴力団の組員に脅されている人が暴力団の組長に助けを求めるようなものです。状況が悪くなることはあっても改善するはずがありません。男子生徒の気持ちは如何ばかりだったでしょう。彼の気持ちを想像しますと心が張り裂けそうです。

もう20年以上前ですが、TBSドラマに「人間・失格」という堂本兄弟が俳優デビューした作品がありました。このドラマの主演は赤井英和さんですが、脚本は野島 伸司さんです。野島さんは80年代後半にフジテレビでいわゆるトレンディドラマを書いていた人ですが、僕の想像ではトレンディドラマブームが終わったあとに次の方向を模索している中で作ったのが「人間・失格」だったように思います。それ以降もたくさんのヒット作を作っていますが、その中でも「人間・失格」は特に暗いドラマでした。
因みに「人間」と「失格」の間に「・」が入っているのは、最初は「人間失格」だったのですが、太宰治さんの遺族から「クレームが入ったことが理由」となにかで読んだ記憶があります。
話を戻しますと、「人間・失格」はイジメのドラマです。これでもかこれでもかというほどの陰湿なイジメがドラマの中で行われていました。そのイジメによって自殺した我が子のために赤井さん演じる父親が復讐するドラマですが、今回の福井県のイジメ事件の報道を見ていますと「人間・失格」を彷彿させてしまいます。子供は世界が狭いのですから少しのイジメでさえ逃げ場がなくなります。そうであるだけに担任と副担任という本来生徒を助ける側である教師がイジメの張本人だったのですから言葉がありません。あまりに男子生徒がかわいそうです。
あのドラマが放映された当時も既にイジメは社会問題化していました。あれから25年以上経っていますが、イジメを取り巻く環境は全く変わっていないことになります。僕にはそれが不思議でなりません。教育関係者の怠慢以外にありません。
自殺した男子生徒にはお父様がいらっしゃらないようですが、そうした家庭環境も教師の対応に関係していたのではないか、と僕は邪推しています。つまり、男親がいないので「うるさいことを言われることがない」と甘くみていたという意味です。この考えはちょっと行き過ぎかもしれませんが、このようなよからぬ考えが思い浮かぶほど僕は学校関係者に対して怒りを感じています。
このような事件があるたびに僕は思うのですが、周りの先生たちはいったいなにをしていたのでしょう。ある程度の普通の大人であるなら中学生という子供の精神状態を想像することができます。先生という子供と接することを仕事にしている大人であるなら、なおさら生徒の気持ちを理解できるはずです。生徒の気持ちを理解できないのであれば先生という職業に就く資格がありません。先生は機械を動かすのが仕事ではありません。人間というこれから大人になる子供たちを導くのが仕事です。その先生が生徒を自殺に追い込むのでは子供たちはどのように教育を受ければよいのでしょう。
今、学校の先生たちの職場環境が問題になっています。サービス残業の問題とか日曜にも部活動があったりして「休みが取れない」など労働者という側面からしますと大変であることはわかります。ですが、このような事件がありますと本当に先生たちは「生徒に真剣に向き合っているのか」という疑心暗鬼な思いが浮かんできます。先生たちは「自分たちが楽をしたいだけではないか」と、そのような考えが浮かんでくる今回の事件です。
先にも書きましたが、イジメを苦にして自殺をしている生徒が出ているのは20年以上前です。先生という職業に就いているならそのような事件を知らないはずがありません。それでもなお先生が生徒を自殺に追い込むような事件が起きるということは先生という職業に就いている人たちが、生徒に対して「いかに真剣に“生徒"に“教育"に向き合っていないか」を示しているようにも思えます。
繰り返しになりますが、これまでイジメが原因で自殺事件が起きたとき周りの先生たちはなにを考え、どのように対応していたのでしょう。
今回の事件でも、同僚の先生が「叱責の行き過ぎ」を諫めるような話をしたというような報道がありますが、実際に自殺が起きているのですからなにもしなかったのと同じです。先生という職業に就いているのなら、そのくらいの厳しい反省を自らに課してほしいと思います。
あと一つ僕が思うのは、先生という個人の資質だけに頼るのではなく、「システム」や「制度」といった全体的な環境を作ることの重要性です。「システム」や「制度」といったもので生徒を守る環境が整っているなら一人や二人くらいの教育者としての資質に問題がある先生がいたとしても生徒が自殺に追い込まれることがなくなります。
具体的には、生徒が学校を自由に移動できるようにすることです。この自由な移動を可能にするだけで地獄からのがれることができます。本当に、イジメに遭っている生徒にしてみますと、学校は地獄でしかありません。先生方はそのことを強く認識してほしいと思います。先生という職業に就いているなら「見て見ぬふり」はイジメを助長しているのと同じなのです。

もう遅いけど、選挙で投票しないということも「見て見ぬふり」だよなぁ。

じゃ、また。

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posted by satoaki at 15:32 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月15日

<行動をしない後悔>

山本七平氏の「空気の研究」という本は有名ですが、いつだったかも思い出せないくら大分前に挑戦したことがあります。「挑戦」という言葉を使うくらいですから「読みにくい」本だったことになりますが、案の定途中で投げ出したような記憶があります。読み終えたかどうかさえ曖昧なのですから、内容は全く覚えていないことになります。ただ、その頃の僕が「どうして戦争に突入するのを止められなかったのかなぁ」という素朴な疑問を持っていたことは確かです。
僕なりにいろいろな情報から想像しますと、当時「戦争反対」などという意見を言おうものなら世間という周りから袋叩きにされる雰囲気があったからです。正確には「雰囲気が作られていたから」ですが、そのような空気の中で「戦争反対」などと言えるわけがありません。今ふうな表現をするなら「地域全体からイジメ」を受けることになるからです。人間は空気を吸えないと生きてはいけません。

一時期若い人の間で「K Y(ケイ ワイ)」という言葉が流行りました。これは「空気を読めない奴」という「人をけなす」意味で使われていたようですが、最近では似たような意味で「忖度」という言葉が注目されました。「忖度」は批判的な意味というよりは「相手の気持ちを察する」という相手を重んじる目的で使う言葉です。「K Y」と「忖度」は正反対の意味ですが、直接の言葉ではなく「周りの雰囲気から想像する」という共通点があります。
そして、ここで注意が必要なことはあくまで行動する当人が「想像する」ことですので「行動する内容」が「正しい」のか「適切」なのかがわからないことです。また、想像を「求める人」もしくは「強制する人」には責任が及ばないことも問題です。

衆議院選挙も中盤に差し掛かり選挙運動も佳境に向かっています。当初自民党を追い落とすほどの勢いがあった小池さんの「希望の党」が一気に下火になっています。あれほど盛り上がりマスコミから注目されていただけにこの変化には驚かされます。きっかけは小池さんの記者会見での些細な言葉遣いでした。

「排除いたします」

この一言で流れが一気に変わってしまったように思います。本人も認めているようですが、民進党から移籍してくる人たちを選別することを「排除」という言葉で表しました。この言葉遣いは自ら使ったわけではなく、記者に「党の理念に合わない人は排除するのですか?」という質問に対して「排除いたします」と答えたものでした。
「上手の手から水が漏れる」という諺がありますが、マスコミ上手の小池さんが水を漏らしてしまったようです。おそらく質問した記者さんもこのような展開になることまでは想像していなかったと思いますが、結果的に選挙的エポックにもなりえる重い質問だったことになります。しかし、この質問した記者さんがその後の展開を予想していなかったとしても小池さんもしくは「希望の党」に対して好感していなかったことは想像できます。そうでなければ「排除」などという激しい言葉は使わないはずです。

経済学者のケインズさんは「株式投資は美人投票みたいなものだ」と表現していますが、この美人投票の意味は単に「美しいと思う人に投票する」のではなく、「多くの人から投票を集めそうな人を選ぶ」という意味です。まさしく株式市場ではどれだけの人が支持するかが株価を決めますので至言です。

その観点で僕なりに今回の衆議院選を考えてみたいと思います。当然ですが、普段からそれぞれの政党を支持している人は余程のことがない限りこれまで支持してきた政党もしくは候補者に投票するはずです。ですから、選挙結果を左右するのはいわゆる浮動票ということになります。取り立てて支持する政党がなく、そのときどきの状況によって投票先を決める有権者です。

先に書きましたように、解散当初は「希望の党」の勢いがすごかったのですが、小池さんの失言により勢いに陰りが見えています。その影響が反映して新聞各紙は自民党が盛り返しているように報じています。ですが、僕的にはこの予想に疑問を感じています。アメリカの大統領選でマスコミの予想が大きく外れたこともありますが、今の時代はマスコミと言えども正確に予想することは困難ではないでしょうか。

それはともかく、政策的には小池さんの「希望の党」と「自民党」に違いはほとんど見られません。ですから、小池さんは自民党との違いを訴えるべく抽象的な言葉を使っています。「安倍一強政治の打破」とか「しがらみを断つ」などという言葉を連呼しています。唯一違うのは「原発ゼロ」政策くらいでしょうか。経済政策で「ユリノミクス」などと訴えていますが、今一つ精細さに欠けます。
確かに「安倍一強政治」は問題です。今年に入ってからの国会運営に対する安倍首相の姿勢は傲慢という言葉が当てはまりすぎるほど強引でした。このような安倍首相にしたのは紛れもなく対抗できる野党が存在しなかったことです。そして、そのような政治状況にしたのは国民です。そのことを忘れてはいけません。
前にも書きましたが、民進党を希望の党にまるごと移行させる決断をした前原代表を僕は評価しています。あの時点で民進党が行動をなにも起こさなかったなら安倍首相の思うままに選挙戦が進んでいたと思えるからです。
また、小池さんの動きも評価できると思っています。やはり「希望の党」が設立されていなかったなら安倍首相の思うつぼにはまっていたはずです。言うまでもなく「思うつぼ」とは野党が弱体化していてまだ小池さんの政党が生まれていなかったのですから「選挙に勝てるタイミングは今しかない」と読んだことです。
その意味で言いますと、野党の再編を促したのは安倍首相ということになりますので野党に貢献したと考えることもできます。貢献という意味で言いますと、立憲民主党が誕生したことが最も大きいかもしれません。安倍首相に対抗すべく小池さんが動きそれに伴い民進党が分裂し、明確なリベラルな政党が誕生しています。
マスコミでは二極ではなく三極の戦いと伝えていますが、もしかすると新しい政治形態になるかもしれません。僕は期待しています。世界を見渡しますと「政権交代できる二大政党制」が理想のように言われていますが、三極があってもいいように思います。
小池さんは希望の党を設立していた当初「穏健な保守」という表現を使っていたように思いますが、ここにきて「保守」という言葉を意識的に避けているように感じられます。マスコミ対策に長けている小池さんですので「反応の悪さ」を感じたのかもしれません。ですが、僕には日本人の平均的な思想は「穏健な保守」にあるのではないか、と思っています。共産党では現実性ではありませんし、社会民主的な発想も日本人には合わないように感じています。ですから保守なのですが、安倍首相のあまりに強引なやり方には拒否反応を示してしまいます。
実は、僕が支持する考え方は立憲民主党が一番近いと思っています。その意味で枝野さんが設立してくれてうれしく思っています。枝野さんは「希望の党」が民進党の政治家を選別することに対して恨みがましいことを話していましたが、政党が根本的な思想が同じ人を選別するのは決して間違った行動ではないと思っていました。僕が自営業者として働いてきたことが影響しているのかもしれませんが、組織と考え方が違う時は自分で新しい組織を作るのが筋だと思っています。ですから、今回の枝野氏の行動には賛成です。
ここ数日、NHK社員の過労死がニュースになっていますが、過労死するくらい苦しく働かされるなら退職するという選択肢があることを忘れないでほしいと思っています。確かに、新しい道に進むことが必ず正しい選択になるとは限りませんが、なにもしないよりはいいと思います。
先日、ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー氏は行動経済学に貢献したことが受賞した理由です。そして行動経済学の基本になっている考え方は「人間というものは必ずしも常に合理的な行動をするとは限らない」というものです。僕も初めてこの考え方を読んだとき「そうだよなぁ」と思ったものでした。
同じく「行動」に関して僕が印象に残っている箴言があります。これも「なるほど!」と思いました。

「行動をした後悔より、行動をしなかった後悔のほうが強い」

じゃ、また。

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posted by satoaki at 15:25 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月08日

<本当の姿>

衆議院選挙はまだ公示もされていませんが、あと2週間しかありません。僕がコラムで取り上げることができるのも来週までの1回ですので、選挙についていろいろと書いていきたいと思います。
僕が選挙があるたびに落胆するのは投票率の低さです。社会に対する自分たちの思いを示すことができる数少ない機会なのですから是非投票してください。一票を投じるのは未来の人たちに対する大人の責任です。今は期日前投票もやりやすくなっていますので気軽に投票することができます。僕も以前一度利用したことがありますが、本当に簡単に投票することができました。

さて、昨日晩御飯を食べたあとにネットを見ていましたら、午後7時30分から「生放送のネット番組で党首討論が行われる」という告知を目にしました。早速、サイトに飛びますとすでに討論は始まっていたのですが、とても面白かったです。討論内容も興味深かったのですが、番組の進行形式にも好感しました。
これから投票日に向けていろいろな番組で党首討論が行われると思いますが、これまでの討論番組を見ていて残念なところは各党首の話の持ち時間に不公平感を感じることです。政党の大小に関わらず主張する時間は公平であるのが理想の形です。しかし、ときに司会者が話を遮るタイミングを逸したために長々と話し続ける人もいます。僕は討論番組を見るたびにこうした不公平をなくす工夫をしてほしいと思っていました。
今回のネット討論は、この僕の思いをかなえてくれる番組作りになっていました。その工夫とは制限時間になりますと会場全体に音がなり、会場の雰囲気が意見を言えない感じになることです。おそらく各党首のうしろが電光掲示板になっていたことも影響していたと思いますが、制限時間を守るという雰囲気になっていたのはともて好感でした。僕は、声が大きい人や自分の意見を長々と訴えようとする人を好きになれませんので安心して見ることができました。
討論の内容について少し触れますと、「あの番組内だけに限って」という注釈はつけますが、共産党だけに批判が集中していた感があります。僕が見ていた感じでは小池さんは
自らの「希望の党」が掲げた公約に対するつっこみをかわすために意図的に共産党に集中砲火を浴びせていたように感じました。
現在の政党で安保関連と改憲に正面から反対を示しているのは共産党だけですから攻めやすかったのかもしれません。僕が少し驚いたのは立憲民主党の枝野さんが面と向かって共産党の安保や改憲の主張を突き放す発言をしていたことです。立憲民主党が設立されたとき、共産党は歓迎するコメントを出していましたし、選挙協力も視野に入れているような発言をしていましたので少々驚きました。

今週のコラムは政治の細かい話から入ってしまいましたので若い読者の皆さんはつまらなく感じたかもしれません。そこで政治とは離れたちょっと変わったお話をしたいと思います。

ネット党首討論を見ていましたら司会者の顔に見覚えがありました。なんと夏野剛さんが行っているではありませんか。夏野さんがドワンゴの役人に就任したのは以前なにかで読んで知っていましたが、司会までやっているのは驚きでした。番組を見ていたところ、実際の番組進行は隣に並んでいた馬場典子アナウンサーが仕切っていましたので〇〇という役割だったのかもしれません。
夏野さんは今ではIT業界の重鎮の立場ですが、僕が初めて夏野さんを知ったのは「社長失格」という本を読んだときです。この本は僕がちょうどサイトを立ち上げた時期で「起業」というものについて知識を持ち始めた頃です。「社長失格」の著者は板倉雄一郎氏さんというIT起業家の成功と挫折の軌跡を書いた本ですが、その中で副社長という立場で登場します。
ビジネス界に詳しい人は「夏野 剛」さんと聞いて「iモード」を思い浮かべるかもしれません。夏野さんは「iモード」が成功したお話にも登場します。今の若い人には「iモード」を知らない人がいるかもしれませんが、スマホが登場するまで使われていた通信機器です。
「iモード」の成功で最も有名になったのは「松永真理」さんですが、松永さんは元リクルートの社員で雑誌「とらばーゆ」の編集長を務めていた方です。
その松永さんをスカウトしたのがNTTドコモの「榎 啓一」さんという方で、松永さんがリクルート時代に知り合っていた夏野さんをスカウトしたわけです。松永さんの著書「iモード事件」にはそうした話が出てくるのですが、この本で興味深いのは大企業における物事の決定の仕方やコンサルタント業という業種の役割および弊害です。また松永さんは独身女性の生き方の一つのモデルとしても多くの女性の参考になるように思います。
あと一つこの本で興味深く感じたのは松永さんをスカウトした榎さんという方がほとんどマスコミ出てこないことです。ここから先は僕の想像ですが、榎さんという方はいい意味で上昇志向が高くない人ではないかと思いました。つまり、僕からすると「いい人」ということになりますが、経歴を見ますと最後はNTTの関連会社の社長で終えていますが、早稲田の大学院を卒業して、また民営化されていない日本電信電話公社に入社しています。
この時代に早稲田を卒業して通称「電電公社」に入るのはエリートです。ですが、入社してからの足跡をたどりますと、NTTの子会社へ移籍しているのをみますといわゆる左遷というと大げさですが、エリートコースから傍流へ行かされた感じがします。しかし、そこで大成功をしたわけですが、大成功をしてそれが役職に反映しないというのが大企業の悲しさです。
僕は大企業どころか普通の企業にさえ3年間しか勤めたことがありませんのでサラリーマンの社内における人間関係や出世競争を体験したことはありません。ですので、すべて僕の想像でしかないのですが、榎さんはiモードで成功しながら本流に戻ることがなかったのはご自身の人生観が影響しているように思います。
企業で、特に大企業では社長にまで上りつめるまでには嫉妬や反目や派閥力学などいろいろな障害をはねのけることが必要です。その際には結果的にほかの人を追い落としたり傷つけたりすることになります。そうしたことを乗り越えた人だけがトップになれるのです。
例えば野球でしたら打率とか防御率などといった数字が出ますので評価がをしやすいですが、ビジネスの世界は単純ではありません。そこに本当の評価以外のものが入り込む隙ができます。そこを嫉妬心や出世欲を持った人が利用することになります。
ですが、経営というのは実態を表面化する力がありますので嫉妬心や出世欲といったネガティブなものをエネルギーとして上りつめた人がトップに就任した企業は必ず業績が悪化しますし、最悪の場合は倒産の憂き目に遭います。ですから、そこで修正が図られることができます。
ですが、政治の世界はトップに問題があってもそれが表に出にくい構造になっています。つまり、いくらでも言葉で誤魔化すことができるのが政治です。ですから、僕たちは「政治家が発する言葉をしっかりと分析して本当の姿」を見極めることが必要です。

じゃ、また。

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posted by satoaki at 16:33 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月01日

<いろはにほへとちりぬるを>

なんということでしょう。突然の解散総選挙も驚きでしたが、「希望の党」の創設とそれに伴う「民進党の解党」はその驚きを上回りました。いろいろな意見はあるでしょうが、僕は前原さんの決断を評価しています。前原さんの決断がなければ安倍首相の思惑通りの結果になるしか道はなかったと思えるからです。
そもそも論になりますが、今回の解散には大義がありません。安倍首相は「国難突破解散」と名付けていますが、無理矢理感は否めません。「森本・家計問題隠し」と批判されても仕方がないと思います。
先週も書きましたが、今回安倍さんが解散を選択した理由は「今のタイミングがベスト」と考えたからに違いありません。政権の支持率が回復し、野党が弱体化し、小池新党の態勢が整っていないという今のタイミングが安倍首相に決断をさせたはずです。ですから、小池新党の設立は安倍首相も驚きだったはずで、仮に小池新党が躍進したならその原因は安倍首相にあるとも言えます。
小池さんの行動については批判もあるようですが、政治の世界で戦いに勝つためには仕方がない面もあるように思います。ビジネス界には「経営は結果である」という箴言がありますが、これは政治の世界にも当てはまります。政治の世界も選挙で勝たなければ自らの政策を実現させることはできません。このように考えますと、この「〇〇は結果である」の「〇〇」にはあらゆる言葉が入るように思います。
小池さんの行動を危惧するものの一つに「政党の代表と都知事の兼務」に対する不安があります。つまりどちらの業務も忙しいのですから「両方をこなすことはできない」というものです。実際に、「幾つかの都知事の仕事をがキャンセルした」との報道もあります。しかし、これはスタッフを活用することで可能だと思っています。なにしろ石原氏は都知事時代に週に2〜3日しか登庁していなかったのですから両方をこなすのは十分に可能なはずです。
あと一つの危惧は、仮に小池都知事が国政に出るとするならば、それは都知事の職を辞することですが、それでは「都政の改革を道半ばで投げ出すこと」になります。この批判はかなりボディブローのように効いてくるはずですから容易ではありません。一つ間違えますと、「希望の党」にも悪影響を与えることは必至ですから小池氏の政治家としての立場も危うくなることになります。
自民党のいろいろな議員が「小池氏に出馬を勧める」ような発言をしきりにしていますが、その目的は小池氏のイメージを落とすことを狙ったように感じます。それを承知の上で国政進出を決断するならその方法はたったの一つしかありません。小池氏の後任に誰もが驚くような、それでいて納得できるような候補者を出すことです。
小池氏は土曜日に日本維新の会代表の松井一郎大阪府知事と大村秀章愛知県知事と「三都物語」というキャッチフレーズで選挙協力を発表しました。この会見の際に松井氏が「この中の3人の中の誰も国政に出ることはない」と明言したときの小池氏の表情が少し気になります。松井氏の発言は事前の打ち合わせがなかったような印象を受けたのですが、実際はどうなのでしょう。穿った見方をするなら、松井氏が小池氏の動きを縛ったとも受け取れる発言でした。今後の展開で真実がわかります。
民進党の前原代表は所属議員の全員を希望の党に受け入れてほしい考えのようですが、小池代表はきっぱりと否定しています。否定している理由は「安全保障と憲法の考え方」を重視するからです。普通に考えるなら、この2つの問題は党の根幹をなすものですので異なる考えの人に参加してほしくないと思うのは当然です。そうした姿勢をマスコミは「踏み絵」という表現を使っていますが、その表現には批判的な意味合いが含まれているように感じます。ですが、僕には当然の対応のように思います。
民進党が崩壊した理由をざっくりと言ってしまいますと、リベラルと保守の折り合いがつかなくなったからです。そうした経緯を考えるなら小池氏の対応は至極真っ当なものです。希望の党はいろいろな修飾語をつけてはいますが、基本原理は保守を謳っています。そうであるのですから、民進党のリベラル派の人たちが選挙目的で「希望の党」に入ろうと考えるほうが間違っています。辻元清美議員は「希望の党には行かない」ことをマスコミに語っていましたが、潔い感じがして好感です。
選挙戦は公示もまだされておらず、それまでにもまだまだ紆余曲折が予想されます。今後の展開を注意深く見て行きたいと思います。


話は変わりますが、今月より「脱サラをする前に」のサーバーを移転しました。以前にも少し書きましたが、僕が利用していた無料のHP公開サービスが終了するからです。1年以上前から通知は来ていたのですが、最初はほかの無料サービスを利用するつもりでいました。しかし、せっかくの機会ですので今までとは違うことに挑戦したくなりました。そこで独自ドメインを作って有料サーバーでサイトを作ろうと思ったわけです。
僕のサイトをご覧になるとおわかりだと思いますが、僕のサイトのテキストのうち3割くらいは違うサーバーを使っています。例えば、「あなたはこうやってラーメン店に失敗する」などはgoogleのサイトを利用していますし、「する前にシリーズ」は忍者のサーバーを利用しています。
このようにサイトを分散して作っていましたので移転についてもさほど難しくないと思っていました。また、移転するにあたって今流行の「Wordpress」の利用も考えていました。ですので、移転の手順やWordpress の導入方法などを少しずつ調べていたのですが、知識が増えるに従いそれほど簡単ではないことがわかってきました。
最初の考えでは今のサイトをそのまま「Wordpress」に移行しようと考えていたのですが、それを行うには内容も変更する必要があることがわかりました。例えば、各テキストは十数ページありますが、それらには各ページごとに移動するためのリンクが張られています。それらをすべて変更する必要があるようでした。こうした作業をすべてのテキストに行うとなるとあまりに手間と時間がかかってしまいます。
「Wordpress」を導入しようと思った理由はSEOが目的です。1年くらい前から訪問者が激減していましたので今回のサーバー移転で訪問者の回復を狙っていたのです。しかし、「Wordpress」への移転は先の理由から現実的はないと判断し、サーバーを移転するだけにしました。そのようにしますとHTLMをいじる必要はなく、アップロード先を変更するだけで済むからです。
ところが、これも問題に直面しました。僕が新たに契約したサーバーはロリポップという会社なのですが、そこにアップロードをするにはサーバー情報を幾つか書く必要があります。ですが、IT素人の僕にはロリポップさんに登録されている情報のどの部分を書いていいのかがわからなかったのです。いろいろ試したのですが、結局わからず電話で問い合わせをすることにしました。
結論を言いますと、電話での問い合わせは大正解でした。電話はすぐにつながりましたし、説明もわかりやすく丁寧だったからです。僕の問題はすぐに解決しました。実は、その後も電話で問い合わせをしたのですが、そのときも完ぺきに教えてもらえました。わからないことを自分で調べるのは時間がかかります。それに比べますと問い合わせて解決するのは時間にして10分の1くらいで済みます。これはとても勉強になりました。
実は、サイト関連で今月から変更になることがあと一つあります。それはamazonの本を紹介するコーナーのサービスが終了することです。私は毎週本を紹介しているのですが、紹介した本をまとめておくサービスをamazonさんは提供していました。それがなくなるのです。どんなものも、どんなこともいつかはなくなるのが世の中です。

自民党一強時代も永遠に続くわけではありませぬ。たぶん…。

今週のタイトルはこの意味です。

「いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせすん」

漢字にしますとこうなります。
「色は匂へど 散りぬるを
我が世誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず」

わかりやすく説明しますとこうなります。
「色は匂へど 散りぬるを
香りよく色美しく咲き誇っている花も、やがては散ってしまう。
諸行無常(しょぎょうむじょう)

我が世誰そ 常ならむ
この世に生きる私たちとて、いつまでも生き続けられるものではない。
是生滅法(ぜしょうめっぽう)

有為の奥山 今日越えて
この無常の、有為転変の迷いの奥山を今乗り越えて
生滅滅己(しょうめつめつい)

浅き夢見じ 酔ひもせず
悟りの世界に至れば、もはや儚い夢を見ることなく、現象の仮相の世界に酔いしれることもない安らかな心境である。
寂滅為楽(じゃくめついらく)

http://www2.odn.ne.jp/~nihongodeasobo/konitan/iroha.htm
より引用

じゃ、また。


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posted by satoaki at 15:08 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする