2017年06月25日

<へこみました>

 先週は「ショックなこと」と「うれしいこと」がありました。「ショックなこと」とは「女性議員がかなぎり声で秘書を怒鳴り散らしている音声を聞いたこと」ではありません。確かに、裏表のある振る舞いには憤りを覚え、「こんな人は議員になる資格がないよな」と思いましたが、ショックを受けたのは僕の身の回りのことです。
 妻と買い物に行く前に、地域の理事長さんの家に寄る用事がありました。理事長さんの家は買い物に行く道から左に曲がった道を通り抜けて行く必要がありました。その道を通るのは実に久しぶりで以前はよく利用していたのですが、ここ1〜2年は利用することがなかった道です。今回の「ショックなこと」はその曲がり角で起こりました。
 その道を左折するときに車をぶつけてしまったのです。擦る程度でしたらよくありますのでショックなど受けないのですが、前のバンパーが大きくへこんでしまったのです。そのへこみ具合を見て、僕の気持ちまでへこんでしまいました。
 どうしてぶつけたかといいますと、「久しぶりに通る道」というところがミソです。その曲がり角はとても急な角度でしかも道幅が狭くなっています。車1台がようやく通れるくらいの道幅しかありません。
 現在僕が乗っている車はモビリオスパイクという小さめなサイズですが、その前はワゴン車のセレナに乗っていました。ですから、今の車よりも大きな車だったことになりますが、以前よく通っていたときはそのセレナで曲がっていました。もちろん少し大回りはしていましたが、運転に少し自信がある僕としましては、その大きめの車で細い道に曲がれることが自慢のひとつでした。
「どうだぁ、ワイは運転がうまいんやで〜!」と
いった感じです。
 そのような記憶がありましたので今回も当然曲がれるものと思っていました。しかし、細い道に入ろうとしましたところ、どう考えても前部右側か後部左側面がぶつかりそうでした。3回ほど慎重に切り返しをしましたが、今一つ通れそうもない感じがしました。
 ですが、以前僕はもっと大きな車でこの急な曲がり角を曲がっていたのです。「曲がれるはずがない」という意味のない信念がありました。ですから、「無理があるかなぁ」と思いつつも一気に通り抜けようとしました。
 すると、後輪の左側あたりのエアロパーツがきしむ音がしました。左のバックミラーを見ますと障害物(電柱を支えている棒)に触れていると言いますか少しぶつかっているのがわかりました。しかし、以前僕はもっと大きな車できれいに曲がっていたのです。変な自信がありました。ですから、さらに車を前に進めました。もちろん左のバックミラーでぶつかり具合を確認しながら、それでも少し勢いをつけて前に進めました。
 すると、左後輪のエアロパーツが障害物から離れようとしたときに、今度は前方右側のバンパーあたりから「ゴツン!」という音が聞こえてきました。左後輪のエアロパーツは「ギ、ギ、ギー」という音でしたが、前方右側のバンパーあたりからは「ゴツン!」です。嫌な予感がしましたが、そのまま走り続けました。
 さて、いつものスーパーの駐車場に車を停め、前方右側を見ますと、、、「ショーッック!」。大きくへこんでいたのでした。
 人間というのはちょっとしたことで気持ちに変化が起きるものです。あれを修理するのに「10万円くらいはかかるのかなぁ」などといった悲しい思いが頭の中を巡り、妻との会話もなく、後悔の念が頭をもたげてきました。
「どうして、無理に進んだんだろう…」
「あのとき、戻ればよかった…」
 思い起こせば反省の思いが次々に浮かんできました。そのときに妻が言ったのです。
「そういえば、前はあそこを曲がっていなかったよね」
 この言葉は僕にとって青天の霹靂でした。
「えっ?」
 僕が尋ねますと、妻が続けました。
「あの角の家が建て替えてから、曲がりにくくなったからって違う方から入るようにしたじゃない」
 そうでした。妻に言われて僕も思い出しました。角の家は建て替えをしていたのでした。それを境にして僕は細い道への入り方を変更していたのでした。しかし、もうあとの祭りです。車はへこんでいたのですから。
 もちろん「なんで先に言わないんだよ!」と夫婦げんかになったのは言うまでもありません。
 その日の夜から修理対策を練ることにしました。できるだけ安く直すのが目標です。最初にやったのはネットで調べることです。格安修理を謳っている幾つかの業者がいましたので、その中から写真を送るだけで見積もりを出してくれる業者に問い合わせることにしました。
 見積もりは2社に依頼したのですが、約4万円と約5万円でした。ですが、この金額が安いのか高いのか判断がつきません。そこでテレビなどでCMを流していたチェーン店に行くことにしました。
 そのチェーン店は修理だけのお店もありますが、ガソリンスタンドがチェーン名を掲げているケースもありました。そこでネットで調べて近くのガソリンスタンドが加盟しているチェーン店に行きました。
 結論を言いますと、担当者の方は車のへこみ具合をみて、「ここまでひどいと取り替えたほうが安くすみますよ」と答えてきました。ネットで見積もりをお願いした業者は「取り替える」のではなく、修理をする方法で答えていました。担当者の方がメーカーなどにいろいろ問い合わせた結果、見積額は「部品代(バンパー)が6万円くらい+脱着の工賃」ということでした。しかも、部品は色がついていないので色を付ける必要があるのでさらに金額が増えるとのことでした。つまり、8万円以上はかかる計算になります。
 どう考えてもこのチェーン店に修理を依頼するのは得策ではありません。僕はネットで見積もりをした業者に依頼する気持ちに傾きながら家に向かっていました。妻と修理業者について話しながら運転をしていましたら、急に妻が「あ、あそこに板金の看板を出している会社がある」と言うのです。僕は車を道の左端に停めて、その会社の看板を見ました。そこには「お客様のご要望に合わせて修理をいたします」そして「1日で修理します」と大きな文字で書かれていたのです。
 一応話だけ聞いてみようと思い、その業者に行きますと、60代後半くらいの小柄なおじさんが笑顔で出てきてへこんでいる部分を見ていました。そして、こういうのです。
「普通に修理するだけでいいんなら、3万円でいいですよ」
 結局、そのまま翌日の修理予約をして、本当に1日で修理が完了したのでした。驚きです。もちろん代車は無料で貸してくれましたし、従業員の方の接し方も感じがよかったのですが、さらに良心的と思ったことがありました。
 実はぶつけたのは前方のバンパーだけではなく、後輪の左側のエアロパーツもひび割れていたのです。ですが、僕はエアロのネジを外し接着剤でくっつけていました。僕のような素人が簡単にくっつけただけですので見た目もみっともなく、いかにも「くっつけただけ」というのがわかる程度の修理でした。
 修理を終えて自宅に戻ってその割れた箇所を見てみますと、なんとエアロ用と思える接着剤できれいに整えてありました。無料で直してくれたことになります。
 「うれしかったこと」はこのような良心的な業者に出合えたことです。人間はちょっとしたことで悲しくもなり、うれしくもなる単純な生き物です。でも、自分のストレス発散を立場の弱い人にぶつけるのは人間として失格ですよねぇ。

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:29 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月18日

<同窓生>

 都議会選が実質的に始まりましたので各政党の動きが活発化してきています。選挙カーを見かけることも多くなりましたし、街頭演説をしている政党もあります。そんな中、僕に直接働きかけてくる人もいます。
 僕は基本的に不偏不党をポリシーにしていますのでどこかの政党を支持することはありません。ですが、一生懸命に政治活動に取り組んでいる人は応援したくなる気持ちがあります。そうした姿勢はどういうところで見るかといいますと、やはり日々の活動です。ポスターに書いてあることは信用できないのが普通です。いくらでも「格好いい文言」を並べることができます。文言は信用できませんので、実際の行動で判断するしか方法はありません。
 今から10年以上前のことですが、選挙に関係のない時期に駅前でほぼ毎日マイクを片手に演説をしていた若い政治家がいました。多くの人に訴えるには通勤時間が最適ですので朝7時前から駅前に立っていました。本当に感心するほど毎日続けていました。その方の前を通り過ぎるのは数十秒のことですので、正直なところ演説の内容はあまりわかりませんでした。ですから、主張していることはわかりませんでしたが、政治家として信頼に足る人であることは想像できました。
 そうした政治家に対して、選挙が始まるときだけ駅前で演説をする候補者がいます。僕が見たのは先の若い政治家を利用して演説をしていたズルい政治家です。おそらく政治家の世界でも縄張りというのがあり、街頭演説をする場所取りというのには「暗黙のルール」があるように思います。日ごろから演説をしている人がその場所の縄張りになるのではないでしょうか。たぶん、この「暗黙のルール」は政治に関わる人たちの間で了承されているはずです。
 そうなりますと、日ごろ駅前で街頭演説をしていない候補者は駅前で演説をする場所を確保できないことになります。しかし、それは日ごろから地道にコツコツと真面目に政治活動をしていないのですから自業自得というものです。
 僕が見たズルい政治家は毎日演説をしていた若い政治家の隣に立ち、若い政治家に続いて演説をしていました。つまり、例えて言いますと、花見をする際に会社の先輩が後輩に場所取りをさせてあとからゆっくりきて楽しむようなものです。自分だけ「楽して楽しもう」という発想です。このような発想の政治家が国民や住民全体のことを考えた政治をするはずがありません。

 先週の日曜日ですが、パソコンに向かって作業をしていたときのことです。インタフォンが鳴りましたので、僕は「宅配の人」と思い、大きな声で「はぁ〜い」と言いながら玄関に向かいました。しかし、玄関のガラスから外を見ますと、宅配の人ではなく僕と同じくらいの年齢の女性が二人立っていました。
 このような光景を見ますと、すぐに思いつくのは宗教の勧誘です。我が家の近辺には定期的にいろいろな宗教の勧誘が来ます。
 話は少し逸れますが、僕はお店を構えた商売を3回ほど経験しています。開業するということは廃業も3回経験していることになりますが、廃業するときに遭遇するのが、実は宗教の勧誘なのです。人間というのは、不遇のときは心が弱くなりますし、心に隙ができやすい精神状態になっています。新興宗教の人たちはそのような精神状態につけこんで心を奪い取ろうとするところがあります。僕は新興宗教のそのようなやり方に憤りを感じています。もし、本当に自分の宗教を信じ自信があるのなら、そのような正常な精神状態でないときを狙うのではなく、正常な判断ができる普通の精神状態のときに真正面から堂々と勧誘するのが正しい勧誘の方法だと思っています。
 それはともかく、勧誘の人らしき人の姿をみて、いつものように「丁寧に断る」つもりでいました。これも僕のポリシーなのですが、「断る」のにも礼儀があります。僕はいつもドアを開けて「すみませんが、結構です」と言葉をかけるようにしています。
 さて、ドアのノブを掴み右に回して3分の1くらい開けましたところ、意外な言葉が聞こえてきました。
「〇〇高校の△△期の卒業生です」
 「〇〇」は僕の卒業した高校名で、△△は僕が在籍していたときの年次です。つまり、この女性たち二人は僕の同窓生ということになります。僕は、思わずドアを全開し、
「おお、これは珍しい〜!」
 と、笑顔で迎えました。しかし、高校を卒業して40年以上過ぎていますので二人の顔に見覚えはありません。僕は続けました。
「何組の何さんですか?」
 二人はそれぞれ笑顔で答えたのですが、やはりそれでも思い出せません。また、僕は続けました。
「僕は何組だったのかぁ?」
 僕の質問に、右側に立っていた女性が鞄の中から名簿らしきものを取り出し、しばらく見てから
「maruyama君は、3年6組でしたね」
 自分では何組だったか記憶が定かではありませんでしたので、心の中で「へぇ〜」と思いながら質問を続けました。
 それにしても他人から「〜君」と呼ばれるのは久しぶりです。とても懐かしく新鮮に感じられ、うれしい気持ちになっていました。
「お二人はなんのクラブ活動だったのですか?」
 高校時代で僕が一番記憶に残っているのはやはりクラブ活動です。僕が入っていたバレーボール部は高校の中でも一番厳しいと評判だったこともあり、僕が最も充実感を感じていた時間だったからです。
 左側に立っていた女性が答えました。
「私は1年のときだけ吹奏楽部で、彼女は2年までバスケ部にいたんですよ」
 それでもピン!とこない僕はさらに尋ねました。
「じゃぁ、僕は何部だ!?」
 二人は顔を見合わせ数秒考えていましたが、わからないようでしたので自分で言いました。
「バレー部だったんですけど…」
 僕の答えに二人は
「ああ、そうだ、思い出した思い出したぁ」
 …なんて、想い出話をしながらいろいろと世間話をしました。僕は、いろいろな人のお話を聞くのが好きですので、高校を卒業したあとの進路や就職の話、またそれぞれの旦那さんとの出会いなど楽しい会話を楽しみました。
 やはり、「60年も生きていますと誰にでも浮き沈みにがあり、いろいろな経験をしているんだなぁ」というのが僕の感想です。
 ところで、お二人がなにをしに来たのかといいますと、選挙でした。ある政党の候補者のお願いに来たのですが、お二人は僕の家からはかなり遠くに住んでいる方です。それにも関わらず選挙活動をしているのですから、組織の強さがわかるというものです。読者の皆さんは、もうどこの政党かおわかりですね。そうです。後ろで大きな組織が支えているあの政党です。

 ですが、僕の率直な感想としては、このような選挙活動と言いますか、応援はマイナスにしか作用しないように思います。まず、高校の卒業名簿を活用することは今の時代の「個人情報の扱いを慎重に」という時代の流れに反することですし、そもそも40年以上も前の知り合い(?)にお願いされて一票を入れるとは思えません。組織の上層部の方々は今一度考えなおしたほうがよろしいように思います。

 ところで…。
 お二人とはいわゆる世間話というものを30分近くしたのですが、10分くらいを過ぎた頃に左側の女性が僕の顔をまじまじと見ながらゆっくりとした口調で言いました。
「ああ、段々思い出してきた…」
(その程度の思い出しかないのにやってきたのか)と残念な気持ちになったのですが、次の言葉でうれしい気分になりました。
「maruyama君って、人気者だったよね!」

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:53 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

<小松成美さん>

 今から10年くらい前ですが、「世界でいちばん大切にしたい会社」という本が注目を集めました。坂本光司さんという大学の教授が執筆した本ですが、従業員を大切に扱っている会社を紹介している本です。その中で日本理化学工業という会社を取り上げているのですが、この本に取り上げられたことでこの会社も注目を集め、そこの社長も注目を集め、いろいろなマスコミに登場していました。中にはわざわざ再現ドラマまで作っている番組までありました。
 日本理化学工業が「世界でいちばん大切にしたい会社」に選ばれたのは知的障害者を雇用していたからでした。この会社は「チョークを作る会社」なのですが、その工場で知的障害者を雇用していました。しかも、清掃や後片付けなどといった補助的な業務ではなく、普通の従業員と同じようにチョークを製造する業務をしていることも注目を集めた理由です。
 実は、僕はこの再現ドラマも見ているのですが、通常では知的障害者にはできそうもない作業工程を経営者が工夫をして改善している様子に感動を覚えた記憶があります。
 ですが、僕はひねくれものですのでマスコミにあまりに頻繁に登場する人を疑いの目で見る傾向があります。なにしろ、世の中にはマスコミの取材のときだけ好人物を演じ、実際は欲にまみれていてマスコミが伝える人物像とはかけ離れた人がいるからです。このような人はどの業界にもいるのが特徴で、芸能人はもちろんとしてスポーツ選手や経営者の中にも、そのような雰囲気を漂わせている人がいます。
 ですから、あまりにマスコミ出演が多い人は疑う必要があります。なにしろマスコミに出演するだけでかなりの時間を要しますので、露出が多いということは裏を返せば本来の仕事をないがしろにしていることになるからです。
 ですが、日本理化学工業の社長は違っていました。インタビューに答えている雰囲気から「インチキさ」を感じることはなく、マスコミが伝えている人物像がそのまま実際の人柄を表している印象を受けました。しかし、実際に会ったこともありませんので、それ以上の関心を持つことはありませんでした。
 知的障害者に対してサポートを行っている経営者はほかにもいます。宅急便を開発したヤマド運輸の中興の祖と言われている小倉昌男氏もその一人です。細かなきっかけは忘れてしまいましたが、小倉氏は知的障害者の置かれている状況がとても悲惨であることに気をかけていました。そして、第一線を退いたあとに知的障害者の労働環境を改善する活動を始めました。
 小倉氏の本を読みますと、知的障害者が年齢を重ね働かなければいけない年齢になりますと障害者作業所というところで働くようになるそうです。小倉氏が納得できなかったのは、作業所での月給が1万円ということでした。小倉氏はこうした状況を改善しようと奮闘するのですが、その過程で誕生したのが「スワンベーカリー」というパン屋さんの事業です。このパン屋さんは「障がい者の働く『おいしい焼きたてパンの店』を目指している事業」で、現在も継続されています。
 簡単に「継続」と書きましたが、実は知的障害者と普通の健常者が一緒に働くのは傍目から見るほど簡単ではありません。理由は、健常者の側に複雑な気持ちが起こるからです。以前、スワンベーカリーの運営についてのドキュメンタリー番組を観たことがありますが、単に優しい気持ちや思いやりの気持ちだけではお店がうまく回らないのです。番組ではそうしたことまでの伝えていました。ですから、現在も続いていることに驚きとうれしさを感じています。
 因みに、小倉氏が福祉に関心を持ったのはほかにもきっかけがあったのですが、それはのちに出版された「小倉昌男 祈りと経営: ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの」(森 健)に書かれています。

 それはともかく、スワンベーカリー事業を紹介する番組でも報じていたように、日本理化学工業でも健常者と障害者の軋轢が起こっていました。人間という動物は扱いが難しい生き物のようで、短い期間ですと他人に対して優しさや思いやりを発揮することができます。しかし、一定の期間が過ぎますと優しさとか思いやりという感情は失せてしまい、不満やいら立ちを感じるようになってしまいます。
 そもそも何故、10年くらい前に注目された日本理化学工業という会社について僕が今回書いているかといいますと、先日本屋さんに行きましたところ、この会社を取り上げている本がランキングに入っていたからです。「虹色のチョーク」という本です。

 僕は、不思議でした。なんでこんな10年も前に注目を集めた会社について書いてある本がランキングに入るのか…、と。

 答えは、著者にありました。小松成美さんです。
 サッカーの中田英寿選手が第一線で活躍していた頃、「中田語録」という本がベストセラーになりました。中田選手はマスコミ嫌いで有名でしたが、その中田選手の言葉を集めた本ですので注目されるのも当然といえば当然です。ベストセラーになるべくしてなった本と言えます。この本が売れた最大の要因は、著者が中田選手から出版の了解を得られるほどの親密さと信頼関係があったことです。そして、この本の著者は小松成美さんでした。
 スポーツ選手の中にはマスコミと距離を置こうとする人が少なくありません。競技が好きで始めたにも関わらず、有名になるにしたがってプライベートも含めて競技以外の部分がクローズアップされることに反発する気持ちが起きるからだろうと想像します。先日、箱根マラソンで山の神と言われていた選手が27才という若さで現役を引退しましたが、僕はマスコミから注目されることと無縁ではないと想像しています。
 マスコミと距離を置く選手はマスコミからしますと扱いにくい選手ですが、そうであるだけにその選手のインタビュー記事などは価値が高くなります。そのような状況になりますと、今度はその価値を手に入れようとするマスコミ関係者という人が出てきます。インタビューをできるほど親しい関係になることが、マスコミ人としての価値を高めることになるからです。俗な言い方をするなら、「有名人と懇意にしてるから話を聞けるよ」という立ち位置です。
 実は、「中田語録」が出た当初、僕は小松成美さんについてそのような印象を持っていました。マスコミ嫌いな中田選手の「語録」を出版できるということは普段から出版狙いで親しくしていた可能性が高いと感じていたからです。
 ところが…。
 小松さんの著作歴を見ますとスポーツ選手が多いのですが、しかもどちらかと言いますとマスコミに露出するのがあまり得意でない人が多いのが特徴です。そんな中、名前は忘れてしまったのですが、わざわざ小松成美さんを指名して本の出版を許可している人がいました。それを知ってから、僕の小松成美さんに対する見方が変わったのでした。
 そのような経緯がある中で小松成美さんが「虹色のチョーク」という本を出版していましたので、とても気になったのでした。
 中を読みますと、僕の期待にたがわぬ内容でした。「世界でいちばん大切にしたい会社」の中では日本理化学工業に割いているページ数はそれほど多くはありませんが、「虹色のチョーク」は224頁です。表層的なことだけを書いていたのではページ数が余ってしまう量です。
 この本の中で僕が一番興味を持ったところは、「健常者の人たちが障害者に対して上から目線で接していることに違和感を持った社長」でした。そのあたりの微妙な対応の仕方について小松さんは丁寧に書いています。この本の核心はここにあるのではないでしょうか。
 現在、そしてこれから少子高齢化の社会になることはわかりきっていますが、そうしたときに突き当たる壁は健康な人と年老いた人の対立です。健康な人は短期間ならば年老いた人に優しくすることはできるでしょう。しかし、それが未来永劫続くとなると不安がもたげてくるはずです。不安だけならよいのですが、それは不満になり苛立ちになったとき虐待という最悪な状況が起こることも予想できます。
 そのような社会にしないためには日本理化学工業の社長が取り組んだように、健康な人たちが無理をする感覚ではなく自然に年老いた人たちに優しくできるシステムを作ることです。感情だけに訴えて期待するやり方では必ず破たんが訪れます。
 「虹色のチョーク」はそんなことを教えてくれています。

 じゃ、また。
 

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posted by satoaki at 20:19 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

<スマホカバー探しの旅>

 スマホを買い替えた話は先月書きましたが、今回はそのカバーについてのお話です。新調しましたスマホはとても好調です。使い慣れるには少し時間がかかりましたが、買い替えてとてもよかったと喜んでいるところです。前回も書きましたが、1万円以下で以前よりも数段アップしたスペックのスマホを購入できたのですから、こんなにうれしいことはありません。
 以前のスマホは僕が買ったときは29,800円で、同じ機種を妻はそ4ヶ月後に9,800円で買っています。僕の29,800円は妻の価格に比べて高い気もしますが、当時はそれくらいが普通の価格でした。それに、あとから妻が9,800円で買っていますので結果的には2台を約4万円で買ったのですから1台2万円で買ったことになります。それで「よし!」とするしかありませんでした。それに比べますと、今回1万円以下で買えたことは格段に得をした気分でいられます。
 しかし、利用者が少ないスマホには短所があります。それは使い方に関して情報が少ないことです。価格が安いので仕方ない面もありますが、あまりに情報が少なく困る場面が幾度もありました。
 最近ではスマホなどを購入しても昔のように分厚いマニュアル書などはついていないのが普通です。ですが、メーカーがネットで提供していたり、使っている人が多い機種ですと使い方を説明したサイトなどがたくさんあります。ですので、使い方に関しては困ることはほぼありません。
 また、スマホケースなどアクセサリー関連もディスカウントストアでもいろいろな種類がたくさん売っていますし、ネット上でも販売されています。アクセサリーについても困ることはほとんどありません。
 iPhoneですと100円ショップなどでも売っていますのでお金をかけずにアクセサリーをそろえることができます。以前スマホ関連の記事を読んでいて驚いたのですが、若い女性の7割がiPhoneを使っているそうです。僕の中ではiPhoneは高いというイメージがありましたので若い女性のシェアが高いことにとても驚きました。
 それはともかく、僕のスマホはとにかく情報が少ないのです。マニュアルにしましても本体に同梱されていないのは当然としても、ネット上にもないのです。つまり、マニュアル書がないスマホということになります。これは使いづらいです。
 僕は試しにと思い、ヤマダ電機に行き店員の方に「マニュアル書」について尋ねましたが、店員の方も知らない状況でした。タブレットを持ってきて一緒に探してくれたりもしたのですが、結局マニュアル書は見つかりませんでした。しかし、店員の方は優しい方で「よろしかったら、私が今説明しますけど」とおっしゃってくれたのが、せめてもの救いです。
 マニュアル書がありませんので自分で試しながら使うことでなんとかなるのですが、「なんとかならない」ことがありました。それはスマホカバーです。スマホカバーもマニュアル書同様にシェアの高い機種はいろいろなところで販売されています。それこそiPhoneなどは100円ショップでもたくさんの種類のスマホカバーが売られています。
 しかし、売れていない機種は店頭で売っていることはありません。普通に考えれば当然ですが、売れる確率の少ない機種は回転の悪い在庫です。そのようなものを売り場に置くのは利益の損失につながります。
 しかし、ネットでの販売は店頭販売ほど在庫にシビアではないはずです。なにしろアマゾンの真骨頂はロングテール販売にありますので、利用者が少なくても販売しているはずです。ところが、どこを探しても僕のスマホカバーは売っていませんでした。
 そこで僕は思いました。ヤマダ電機のオリジナルなのだから「ヤマダ電機に行けば売っているはず」と。ところが、悲しいことに置いてありませんでした。店員の方にわざわざ訪ねたのですが、売っていませんでした。マニュアル書のときと同じように店員の方がタブレットを手に取り探してくれましたが、売っていませんでした。
 そこで僕はまた思いました。なければ自分で作ればいいじゃん!いつもの僕の「なんとなくできそうな気がする」が沸々と沸き上がってきたのです。早速、ネットで調べますと、ありました。
 皆さんはグルーガンという接着器具をご存知でしょうか。これはピストルのような形をしたものに後ろから溶剤を入れ、高熱で溶かしてそれで接着する器具です。
 ネットに出ていたのはその溶かした溶液でスマホカバーを作る方法でした。僕はグルーガンを持っていましたのであとは溶剤を購入するだけです。この溶剤は直径1センチ長さ10センチくらいのものが20本入りで100円ショップにあります。これでうまく作れますと、なんと100円でスマホカバーが完成したことになります。うれしい〜!
 作り方をざっくり説明しますと、スマホをビニールで囲い、溶かした溶剤でスマホの形をなぞりながらカバーの形にしていき、最後にビニールを外して完成というわけです。さて、溶剤を購入し作り始めようところで僕はふと思いました。
「こういう細かい手作業は僕よりも妻のほうがうまいに決まっている!」
 僕はこういうこともあるかと思い、溶剤を買いに行くときに妻に作り方などを細かく説明していました。もちろん、その段階では僕が自分で作るという前提でです。しかし、作り始める段階では「妻の方が向いている」と思い、考え直したのです。妻にお願いしてみますと、まんざら嫌がるふうでもありませんでした。実は、僕はお願いしてからお風呂に入ったですが、お風呂から出てきたときには「できていました」。妻手作りのスマホカバーが。。。
 このときのうれしさったら。。。
 正直に言いますと、素材は接着剤ですし、溶けた溶剤も出てくる形は1〜2ミリくらいの棒状のものですで平面にはなっていません。その棒状のものを並べてつなげて平たくします。ですので、できたものはどうしてもゴツゴツした肌触りになるのですが、とりあえずはスマホにピッタリはまったカバーの形になっています。それだけで僕には満足でした。うれし〜!
 ところが、、、人間というのは欲張りな生き物です。数日使っていますと、不満を感じるようになりました。それは肌触りがベタベタすることです。元々の素材が接着剤ですので溶けたならベタベタすることはあるかもしれませんが、人間の体温くらいで触っている程度では溶けることはありません。ですが、「元々は接着剤」という先入観がありますのでベタベタした感じがするようになったのでした。
 そこでまたまた僕は考えました。ピッタリでなくても同じくらいの大きさのスマホカバーを買ってきてそれのサイズを調節する方法です。この方法ですと、購入したスマホカバーが大きくても小さくても、溶剤を使うのは一部分だけですのでベタベタ感がなくなるはずです。溶剤だけで作ったときの欠点を解消することができます
 この方法で一番大切なことはできるだけサイズが近いスマホカバーを探すことです。そこでたくさんの種類のスマホカバーを売っているお店に行きました。先にも書きましたが、現在シェアが圧倒的に高いのはiPhoneです。ですから、iPhone専用の機種が売り場の多くを占めていました。ですから、android用のカバーは元々少ないのですが、その中から僕のeveryphoneにできるだけ近いサイズのカバーを探さなければいけません。
 僕は、それまでスマホカバーを売り場で探したことがあまりありませんので気がつかなかったのですが、スマホカバー売り場には試し用として箱から出してある見本品が展示されていました。
 そこで、僕は順にスマホを入れて試していたのですが、なかなか気に入ったものがありませんでした。それでも順繰りに試していますと、妻が「同じくらいの大きさのがあるよ」と声をかけてきました。その場所に行き試しに入れてみますと、なんと!ピッタリの大きさのスマホカバーだったのです。ボタンの位置やコードを差し込む位置以外を除くなら全くと言っていいほどピッタリのサイズでした。あまりにうれしかったので商品名を紹介します。「XperiaTMX」という製品でした。
 こうして僕のスマホカバー探しの旅は終わったのですが、僕の人生の旅は続きます。

 じゃ、また。

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posted by satoaki at 20:51 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする