2017年05月28日

<本当の悪者>

 先週、僕が最も関心を持ったのは文科省の前事務次官が政権に反旗を翻している姿でした。そして、それに対して執拗に攻撃をする政権の姿勢でした。この事件というか騒動は「誰が本当の悪者なのか」わかりにくい構図になっています。
 では、この事件の全体を俯瞰する感じで発端から説明したいと思います。その中で読者の皆さんが「本当の悪者」をそれぞれ決めていただきたいと思います。「決める」というよりは「感じる」のほうが適切かもしれません。それぞれの出来事が複雑に入り組んでいますので「決める」という表現は正しくないように思えるからです。なにしろこの事件には政権から野党から官僚からマスコミまですべてが関わっているのですから…。
 事件の発端は家計学園疑惑でした。この疑惑は森友学園疑惑と同様、国有地を格安で民間に譲渡したことです。そして、共通しているのがどちらも安倍首相の知り合いであることです。特に、家計学園の理事長は安倍首相自らが「腹心の友」と語っているほどですからかなり親しい間柄の方です。前回のコラムでも書きましたが、本来首相の地位にある人は「李下に冠を正さず」が適切な振る舞いですが、安倍首相はそのような配慮の必要性を感じていなかったようです。
 家計学園疑惑を追及していく中で出てきたのが文部科学省(以下:文科省)と家計学園との間で取り交わされていた獣医学部の新設についてのやり取りの文書です。報道によりますと、家計学園は獣医学部の新設を文科省に申請していたのですが、獣医の数が需要を上回っていることを理由に、文科省は1996年以降獣医学部の新設を認めてこなかったそうです。それにも関わらず家計学園に認可した背景には「安倍首相の意向が働いている」という圧力があったからです。ここでも森友学園のときと同様に「忖度」という言葉がマスコミを賑わせました。そして、「安倍首相の意向」を証明するような文書の存在の有無が注目されることになりました。
 こうした展開を受けて今度は、その文書の正当性について文科省の前事務次官と政権側のバトルが始まりました。そのバトルの一つとして前事務次官はその文書の存在を認める発言をし、菅官房長官はこの事務次官の人間性を貶めるかのような発言をし、また読売新聞はこの前事務次官の出会い系バーへの出入りを報じたり、そうした動きに対抗するかのように前事務次官は会見を行ったりマスコミのインタビューに登場したりしています。
 これが家計学園疑惑にまつわる一連の流れです。読売新聞は元事務次官の出会い系バーへの出入りを報じるくらいですから、間違いなく政権側の立ち位置です。この報道に対しては批判的な意見が多いようですが、記者が裏付けをとって報じてるのではなく政権側のリークに易々と乗って報じているからです。批判を覚悟で報道したのですから読売新聞の姿勢がわかろうというものです。
 それに対して、朝日新聞は政権側に批判的です。一国の総理が親しい人に便宜を図るような行動したのですから「安倍政権に非がある」という意見には頷けます。しかし、まだなにかしっくりこない違和感を感じます。のどになにかがひっかかっている感じです。
 第一の違和感は「なぜ、前事務次官が政権を追い詰めるような行動をしたか」です。正否は定かではありませんが、一部ではこの事務次官の意趣返しという指摘があります。そうではなく「国民に真実を伝えるため」という誠実な人柄が理由という元事務次官を擁護する意見を言う人もいます。ここらあたりは本人しかわかりませんが、政権に盾をついているのは間違いありません。しかもそのことによって現役の文科省の官僚たちの仕事がやりにくくもなっています。本来、官僚という役人は「省益あって国益なし」というくらい自分たち官僚の組織を守ることを一番に考える人種です。
 記憶にある人も多いでしょうが、小泉政権時代に田中首相の娘さんである田中真紀子氏が外務大臣になったとき、事務次官以下全員で真紀子氏を追い落としにかかったことがありました。当時の事務次官は「差し違える」とまで発言していたほどです。真紀子氏が自分のやり方で外務省を改革しようとしたことに反発したからです。
 民主党政権時も厚生労働省の大臣になった長妻昭氏に対して同様の対応をしたことがありました。このとき長妻氏は全くと言っていいほどなにもできませんでした。事務次官以下全員が大臣の指示を無視して行動するのですから当然です。
 このように通常官僚という人種は自分の所属してる省を守ることに命を懸けるものです。そして、その中でも抜きんでて「省を守る」気概のある人が事務次官に上り詰めるはずです。その事務次官にまで上り詰めた人が辞任したあとに政権に刃を向けるのですから違和感を感じるのは僕だけではないでしょう。
 先ほど「意趣返し」と紹介しましたが、これは文科省の天下り問題で「自分だけが責任を取らされた」ことに対する恨みです。確かに、ほかの省でも同じような天下りは行われていたのですから「怒り」を覚えるのもわからないではありません。しかし、その程度では反旗を翻すほどの動機にはならないように思います。
 先ほど「省益あって国益なし」という言葉を紹介しましたが、実は政治の世界では官僚と政治家の間には目に見えない戦いがずっと続いていました。そして、僕の正直な感想を言いますと、官僚が政治を動かしているのが事実のように思います。なにしろ政治家が大臣になりますと最初にやることは官僚からレクチャーを受けることです。これでは官僚に頭が上がるわけがありません。この最初のときの大臣と官僚のつばぜり合いが大臣としての能力を決めると言っても過言ではありません。いろいろな場面での各大臣の答弁を聞いていますと、官僚の言いなりになっている大臣かどうかを判断することができます。
 このようにかつては「官僚政治」という名前まであったくらいですから、官僚の力は決して侮れないものがあります。それを政治主導にしようと試みてきたのが小泉政権あたりからでした。しかし、小泉政権以降は首相が短期間で入れ替わっていましたので官僚政治に逆戻りしていたという印象でした。
 そうした状況を政治主導に変えようと試みていたのが、実は安倍政権なのです。そして、政治主導を確たるものにしたのが2014年に設置された内閣人事局です。内閣人事局とは国の省庁の幹部の人事をまとめて管理する組織です。それまでは各省の人事は省ごとに決められていて政権はそれを追認しているだけでした。ですから、官僚の人事権を政権が握ったのは大きな意義のあることでした。
 こうした背景を理解してうえで今回の文科省の元事務次官の反旗を翻した姿を見ていますと、違った印象を持ちます。
 官僚政治の弊害は縦割り行政と言われています。なにしろ「省益あって国益なし」ですから、省と省の横の連絡が密でなく無駄な税金が使われることにもつながります。それとともに指摘されるのが自分たちの縄張り意識の強さです。官僚の天下り問題の根もそこにありますが、自分たちの縄張りを死守したいがために国全体の視点から考えることができなくなっていることです。そこには非効率という悪い状況が生まれています。
 そうした弊害を解消するために設置されたのが内閣府でした。内閣府とは「各省庁にまたがる政策課題について、それらの隙間を満たす潤滑油として、あるいは柔軟に仕事をこなす」行政機関と解説されていますが、要は省益を優先する省に国益を優先させるように働きかける機関です。まさしく国家の運営において政治主導を果たすキーになる機関です。
 つまり、安倍首相の親しい人に便宜を図るということを除くなら内閣府が文科省に獣医学部の新設を働きかけることはあながち悪いことばかりではないということになります。 このような視点も踏まえたうえで家計学園疑惑を眺めますと、本当の悪者がわからなくなります。身内に利益を図る首相を咎める視点で見るなら前文科省の行動は正当化できますし、政治を官僚主導から政治主導に取り戻すという視点から見るなら菅官房長官の対応も理解できますし…。
 このように考えますと、本当の悪者が誰なのかわからなくなります。しかし、ただ一つわかったことは、いざとなったなら政治という権力は自分の都合のいいようにいくらでも情報を操作できるということですし、大手新聞と言えども書いてあることを無条件に信じてはいけないということです。
 そして、今回の事件は共謀罪がいくらでも権力の恣意のままに利用できるということを教えてくれました。共謀罪はおっかないぞ〜!

 じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 20:13 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月21日

<忖度計算>

 僕が学生時代に好きだった歌にハイファイセットの「海を見ていた午後」という曲があります。作詞作曲は松任谷由実になる前の荒井由美さんですが、荒井さんの声よりもハイファイセットの山本潤子さんの声のほうがこの歌の雰囲気を伝えているように思います。元々僕が山本さんの声が好きということもありますが、透き通った山本さんの声なればこその「海を見ていた午後」です。
 ハイファイセットでほかに好きな歌と言いますと、「スカイ・レストラン」「冷たい雨」「卒業写真」ですが、これらは「スカイ・レストラン」の作曲以外はすべて荒井さんが作っています。因みに「スカイ・レストラン」の作曲は村井邦彦さんです。荒井さんの歌はメロディも好きですが、歌詞も秀逸でアーティストの天才とは彼女のような人を言うのでしょう。ただし、歌うほうは天才とは思えませんが…。
 天才・荒井さんの歌詞で好きな一節を紹介しますと

「スカイ・レストラン」からは
♪もしここに彼女が来たって
♪席を立つつもりはないわ
♪誰よりもあなたのことは
♪知っているわたしでいたい

「冷たい雨」から
♪彼女の名前 教えないでね
♪うらむ相手は あなただけでいい

「卒業写真」から
♪人ごみに流されて 変わっていく私を
♪あなたはときどき 遠くでしかって
♪あなたは私の 青春そのもの

「海を見ていた午後」から
♪あのとき目の前で思い切り泣けたなら
♪今頃二人ここで海を見ていたはず

 ねぇ、女ごころの核心を見事に捉えていますよねぇ。

 このように荒井さんの作詞に痛く感動している僕ですが、たまにうっかり八兵衛になることがあります。実は、ず〜っと長い間、う〜んと30年くらいなんですが、ずっと歌詞を間違えて口ずさんでいました。「覚えていた」のではなく「口ずさんでいた」というところがミソなのですが、間違えていたのは「海を見ていた午後」の一部分です。

 本来の「海を見ていた午後」の歌詞は
♪紙ナプキンには インクがにじむから
♪忘れないでって やっと書いた遠いあの日

です。しかし、なぜか僕は30年以上に渡ってこう口ずさんでいました。
♪旅立つキンには ピンクが似合うから
♪忘れないでって やっと書いた遠いあの日

「旅立つキンには ピンクが似合うから」。これは日本語になっていません。そもそも「旅立つ」のあとに続く「キン」とはなんでしょう。しかも「ピンクが似合う」のです。不気味です。自分で言うのもなんですが、不気味です。しかし、僕は30年以上このように口ずさんでいました。勘違いも甚だしいですが、人間って恐ろしいですねぇ。一度思い込むとそれが続くのですから…。

 森友学園の問題がまだ決着もつかない中、また新たな学園の申請問題が出てきました。家計学園というらしいですが、この学園の理事長は安倍首相の刎頚の友だそうです。森友学園と家計学園の問題の共通点は「首相の後ろ盾」です。どちらも「首相または首相近辺の意向があるから」許可した可能性があることが問題になっています。しかし、この「意向」が微妙で、「意向」は首相または首相近辺の人のほうから働きかけたのではなく、なんとなく「意向」があるように官僚が感じたことによるものです。
 こうしたことを「忖度」というそうです。辞書によりますと、忖度とは「他人の心をおしはかること」とあります。つまり、官僚が勝手に首相の意向を推し量った結果、「許可した」という構図です。
 常識的に考えますと、首相が「そうしてほしい」と思っていると想像するなら、やはり「そうするでしょう」。なぜなら、首相というのは国家の最高権力者だからです。ですから、官僚が忖度して行動に移すのもわからなくもありません。ですが、政治家が自分の知り合いの便宜を図ることはやってはいけないことです。これも常識に照らし合わせますとごく普通の考え方です。安倍さんが「李下に冠を正さず」ということわざを知らないはずはありません。たぶん、安倍さんのお父様や御尊祖父なら絶対に行わなかった行為のように思います。
 また、官僚の側においても、昔の官僚は政治家の意向を酌むなどということはなかったのではないでしょうか。なにしろ「日本の政治を動かしているのは官僚だ」と本気で思っていた人もいたほどです。少し話は逸れますが、中卒の田中首相はそれほど尊大な官僚連を使いこなしていたのです。そう思う時、田中首相の凄さを実感します。
 それはともかく官僚は政策は自分たちのほうが詳しいと思っているのも事実です。今ですと、テロ等準備罪の法務大臣の答弁の様子を見ていますとよくわかります。誰が見ても大臣よりも官僚のほうが内容をきちんと理解しています。
 このように現在でも「自分たちのほうが偉い」と思っている官僚がいる中で、政治家の気持ちを忖度して行動する官僚がいるのも事実のようです。このような状況を見ていますと、官僚にもいろいろなタイプがいて、森友学園や家計学園の管轄である文部科学省は忖度するタイプが多かったということなのかもしれません。文部科学省は天下り問題でもやり玉に上がっていましたが、対応ぶりを見ていますと総体的に立場が弱い官庁なのかもしれません。
 そうであるにしても、官僚が政治家の気持ちを忖度している様は究極のサラリーマンのようであまり感じのいいものではありませんよね。政治家が口利きを要請してきても、跳ね返すくらいの気概がほしいです。

 じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 20:48 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

<ウンとスン>

 いやぁ、参った、、、。昨日は朝からずっとパソコンをやっていてお昼ご飯を食べるときに休憩して、食べ終わったのでまた「再開しよう」と思いスリープを解除しようとしましたらパソコンが動かない、、、。全く反応しない。

「ウンともスンともいわない」

 あれ!? おかしいなぁ。でも、最初はそれほど重く考えていませんでした。今までにもフリーズすることはなん度もありましたし、そういうときはしばらく間をおくと元に戻っていました。しばらく間をおいてもダメなときは再起動をしたり、それでもダメなときは強制終了をしたり、たぶん皆さんも僕と同じようにしているはずです。
 ところが、昨日はいつもと調子が違っていました。強制終了をしてからちょっと時間をおいてスイッチを入れても音がしないのです。パソコンはスイッチを入れますと、最初にカタ!(カチかな?)という音がして、それからグ〜ンというかブ〜ンというかそういう「いかにも立ち上がっているぞ!」という音がするのが普通です。しかし、そのときは音がしなかったのです。
 あれ!? おかしいなぁ。でも、いつもと違うけど「たまたまだろ」なんて思い、また強制終了をしました。なにしろ画面は真っ黒でなにも映っていないのですからそれしか方法はありません。このときの電源の状況を報告いたしますと、パソコンの電源は「点灯」の状態でモニターは「オレンジ」でした。モニターは通常動いているときはグリーンでスリープのときはオレンジになります。つまりパソコンからモニターになにも連絡が伝わっていないことになります。連絡は大事です。
 さすがにここまできますと、ちょっと焦りを感じてきました。ですから、2回目は強制終了をしたあとの空ける時間を長めにしました。待っている間にいろいろと考えてみますと、お昼ご飯のあとに再開するときの状態がいつもと違っていたことを思い出しました。
 僕のパソコンはスリープのときは電源ランプがグリーンで「点灯」ではなく「点滅」しているのが正常な状態です。しかし、そのときはなぜか点滅ではなく点灯していたのです。但し、モニターはオレンジになっていましたのでスリープ状態だったことになります。つまり、パソコンはスリープ状態ではなかったことになるのですが、これが解せません。僕のパソコンは3分ほどなにもしないとスリープになるように設定していますので本来ならスリープになっていなければいけないはずです。
 しかし、スリープになっていませんでした。考えられることはパソコンのなにかが作動していたことです。この状態はあまりあることではありませんが、あってもおかしくはないことです。なにかのソフトがバージョンアップをしている可能性もあるからです。ですが、そういうことは稀で、だいたいにおいては「3分ほどなにもしないでいるとモニターもパソコンもスリープになって」いました。

 なんかおかしいのかなぁ、、、。

 そんなことを考えていましたら思い当たることが一つありました。実は、僕は連休中にスマホを新調しました。初めてスマホを買って2年半くらいが過ぎましたが、ちょっと使いづらさを感じるようになっていたからです。それは容量が満杯で新しいアプリを入れることができないことでした。新しいアプリを入れなければいいのですが、バージョンアップさえもできないようになっていました。バージョンアップをしようとすると「容量が足りないので、インストールされているアプリを削除してください」と表示されるのです。これはともて不便なことでした。
 ですので「もっと容量が大きいのがほしいなぁ、、、安いヤツで」と思っていたところに、連休中のチラシを妻が見て教えてくれたのです。
「見て見て、ヤマダ電機で安いスマホ売ってるよ!」
 チラシを見ますと、なんとメモリが2G、容量が16Gで9,980円と書いてありました。僕が今まで使っていたのはメモリが1Gで容量が8Gでした。しかもディスプレイが5インチ、OSはAndroid7です。申し分ありません。強いて弱点を上げるならバッテリーが1900mAHでカメラがアウト500万画素イン200万画素といったところでしょうか。しかし、先日なにかの記事で「カメラは300万画素もあれば十分」ということを読んでいましたのでカメラの性能については全く問題を感じませんでした。
 僕が最初に買ったスマホに比べますとカメラ以外はどれもスペックが上回っています。これで1万円を切るのは絶対にお買い得と感じました。それで購入したのでした。
 しかし、購入して落胆したことが一つあります。それは説明書関連がどこにもないことです。最近は印刷された冊子がないことは多いですが、ネット上からダウンロードできるようになっているのが普通です。それがネット上にも全くないのです。仕方なくこれまでの勘だけを頼りに設定するしかありませんでした。
 一応、ヤマダ電機に行き説明書について店員さんに尋ねましたが、結果は同じでした。ここが1万円を切る価格の理由かもしれません。しかし、それ以外は全く問題がありません。「問題がない」どころか満足しています。最初に買ったスマホは2年半前でなんと29,800円もしたのです。それに比べますとスペックの優秀性を考えわせますとお得な買い物です。
 先日、その新しいスマホからUSBでパソコンに写真を取り込もうとしたのですが、その際にドライバーのインストールが行われ思いのほか時間がかかりました。そして、そのあとに電源を切ろうとしたときに通常の10倍くらいの時間を要したのです。パソコンが調子悪くなった理由を考えたとき、このことが思い出されたのでした。
 思い当たることがあるにせよ、フリーズして全く反応しなくなってしまったパソコンはどうすることもできません。仕方なく自分で修理する方法を調べることにしました。
 実は、以前なにかの記事で「windows10にはフリーズしたときに自動的にセーフモードが立ち上がる機能がある」と読んだことがあります。それを頼りにネットで検索しますとありました。「強制終了を連続で3回行うと、自動修復モードで起動させることができる」と書いてありました。しかし、僕の今回の場合はこれは使えませんでした。なにしろ電源を入れても「ウンともスン」とも言わないのですから。。。
 そこでまたいろいろ調べて行きますと、やはりいろいろな広告を見ることになります。自分で調べ始めたのが土曜の8時くらいから夜中の1時くらいまで。そして早朝6時からまた調べ始めていました。長期間調べていますと、業者に依頼することも選択肢の一つのように思えてきます。しかし、代金が高い!それにその代金の正当性が素人では判断できません。
 ネットには本当にたくさんの情報が載っていますが、問題はどれを選択するかです。フェイクニュースではありませんが。情報の正確性は玉石混交です。その中から正しく有効性の高い情報にたどり着く必要があります。
 そんな中で僕が「これかも、、、」と思ったのが、マザーボードの「ボタン電池切れ」でした。この情報を書いていたのはパソコンを修理する会社に勤めていた方が退職を機にそれまでの経験を綴っている記事でした。読んでいて最も納得感が得られた記事でした。
 電源を入れてもなんの反応もしないのですから、挑戦するしかありません。しかもボタン電池はコンビニでも売っているどこにでもあるものでした。早速僕はボタン電池を買ってきてパソコンを開けました。中を見ますと、ありました、ボタン電池が。場所がちょっと作業がしづらい位置にありましたが、ドライバーとピンセットでなんとか交換することができました。
 そして、コード類を元に戻して「いざ、スイッチ・オン!」。。。
 なんんん〜と、パソコンが正常に動くではありませんか。そのときのうれしさっていったらありません。修理をするにしても買い替えるにしても数万円以上の出費を覚悟する必要がありました。それを253円で修理することができたのですから満足感でいっぱいです。そして、なによりうれしいのはこれまでのたくさんのデータを失わなくて済んだことです。
 今回のことでつくづく思いました。バックアップは必ず取っておきましょう。そして、思いました。せっかくこちらがなにかしらの行動をしてもなんの反応もないことの悲しさです。なにも反応がないことに比べたなら「ウンでもスン」でも反応があることはとてもいいことです。皆さん、ウンやスンを大事にしましょう。

 じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 20:17 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月07日

<大手マスコミ>

 先週は憲法記念日がありましたので憲法に関連するニュースが多くありました。そんな中、最近僕が気になるのは「危機を煽る」ニュースが多いことです。例えば、北朝鮮からミサイルが発射されたときの交通機関の対応やミサイルで狙われそうな地域の人々にインタビューをしたりなどです。誰でも危険な状況を伝えられたら不安になるに決まっています。
 人は常に判断しながら生きていますが、その判断をする際は冷静で平常心を保っている必要があります。興奮したり感情的になっているときに下した決断が正しいはずはありません。ですから、反対に権力者は人々の気持ちを冷静でない状況にすることで自らの地位を確たるものにすることを考えます。
 ヒトラーが政治の世界で台頭してきたのもまさにその手法でした。第一次世界大戦の敗戦により莫大な負債を負わされて疲弊していた国民の不満を汲み上げて頂点にまで上り詰めたのです。そのことを忘れてはいけません。
 僕はどこの政党も支持していませんし、こだわりがある政策があるわけでもありません。ただみんなが平和で穏やかな生活を営めるような国になればいいなぁ、と思っている小市民です。そんな僕ですが、安倍首相の改憲に臨む手法には違和感を持っています。今の政府のやり方は明らかに「危機を煽って」います。「危機」が言いすぎであるなら「不安を煽って」います。
 先週の本のコーナーで中曽根元首相の本を紹介しましたが、その中曽根氏が憲法記念日に「新しい憲法を制定する推進大会」で演説をしていました。中曽根氏も安倍首相同様に改憲を目指している政治家ですが、そのやり方は王道を目指しているように見えます。どさくさに紛れて改憲をしようと目論んでいるのではなく、正々堂々と賛成反対の双方が意見を戦わせて、それで尚且つ改憲する道を目指しているように感じます。
 中曽根さんの本を読みますと、昔の自民党の政治家には「信念」があったように思えてなりません。政治家として「国民に尽くす」または「国家がいい方向へ行くように活動する」という信念です。権力闘争がありながらも、最後は政治家としての信念で動いていたように思います。今の政界を見渡しますと、そういった高尚な「志」が感じられる政治家が見当たらないのが残念です。
 それにしても安倍首相の世論に対する感性には脱帽です。以前から僕は安倍首相の世論に反応するバランス感覚を称賛していましたが、今村雅弘復興大臣の失言のときの素早い動きにもその感性の素晴らしさが見て取れました。「東北でよかった」発言があったときはその日のうちに解任を決めていますし、先週はわざわざ首相自らが東北に足を運んでもいます。この敏感な反応力が一強になっている今の政権の源になっています。
 僕はこの安倍首相の世論に対する感性は現在通産大臣に就任している世耕さんが主導していると推察していました。しかし、世耕さんが通産大臣になってからも安倍首相の世論への対応が敏感なままですので違う人物のようです。今の僕の推測では、菅官房長官が担っていると思っています。
 なんだかんだ言って、あれほど国会で騒がれていた森友学園問題も結局うやむやになりそうです。籠池氏を国会に呼び、昭恵夫人の証人喚問まで取りざたされていた問題ですが、現在マスコミで取り上げられることはありません。おそらく安倍首相および菅官房長官あたりはこのようになることを想像していたのではないでしょうか。今のペースで行きますと、共謀罪またはテロ等準備罪もすんなりと成立しそうな気配です。
 安倍首相が世論対応を上手にこなしている要因には感性の素晴らしさもありますが、同じくらいマスコミの要因もあるように思っています。先ほど今村復興大臣の失言について触れましたが、今村復興大臣はその前にも閣僚として相応しくない態度をとっていました。本来なら、その時点でマスコミは集中的に批判して辞任に追い込まなければいけなかったように思います。しかし、2度目の失言で安倍首相が解任するまで待たなければいけませんでした。
 今村大臣が解任されたことについて今村氏が所属する派閥の長である二階 俊博氏がマスコミ批判をしていました。「少し間違えただけで、大臣の首をとれ!などとマスコミが批判するのはけしからん!」という内容ですが、この発言に対してマスコミがあまり反応しなかったのが不思議です。僕は、今の大手マスコミは政治家、特に政権や与党の政治家に迎合している印象を持っています。
 先ほど、今村復興大臣は解任された失言騒動の前に「閣僚として相応しくない対応を取っていた」ことを書きました。その対応とは、今村大臣が会見で「自主避難者について“自己責任”“裁判でも何でもやればいい”と発言」したことを追及した記者に対して「出て行きなさい!」と激怒したことです。ニュースなどでも取り上げられていましたのでご覧になった方も多いでしょう。
 一般のニュースでは大臣と記者とのやり取りを興味本位で取り上げていただけでそれ以上の追及はありませんでした。実は、このときに追及した記者は大手マスコミに所属している人ではありませんでした。僕はそこに疑問を感じています。
 この一連の騒動は、今の大手マスコミの記者が政権に批判的な追及をほとんどしていないことを示しています。その流れの延長線上に二階氏のマスコミ批判発言に沈黙をしているマスコミの姿勢があります。昔の記者であったなら二階氏の発言に抗議をしていたはずです。権力者である政治家が権力を監視するのが使命であるマスコミに対して「政治家を批判するな!」と発言したことに憤りどころか抗議さえしない今のマスコミはジャーナリストの役割を果たしていません。
 また、そこには記者間の格差問題が潜んでいるようにも感じます。あの会見で執拗に今村大臣を追及したのは大手の記者ではなくフリージャーナリストでした。つまるところ、大手マスコミの記者連は大手だけでツルんでいてフリーの立場の人たちを見下しているように感じます。確かに、ジャーナリストと名乗りながら実際はなにかしらの活動家であったりすることはあるでしょう。しかし、そのあたりを見抜く目を持っているのがプロの記者であるはずです。記者としての矜持はどこに行ってしまったのでしょう。このままでは政権に都合のよりニュースばかりが流されそうで不安です。
 先日は北海道新聞の世論調査が注目を集めました。理由は、共謀罪について世論調査をした結果、「知らない人が49%、賛成48%、反対45%」というものだったからです。見出しは「知らないけど賛成?」でした。おそらくこれが一般の人の現実ではないでしょうか。だからこそ、マスコミは丁寧に賛成反対の両方の主張をわかりやすく伝える使命があるはずです。

 僕が今、一番好きなCMは元プロレスラーの天龍さんが出演する炭酸飲料のCMです。このCMには2つのパターンがあるそうですが、僕が好きなのは「KISS編」です。天龍になってしまった男子高校生の頬に女子高校生がキスをして元の高校生に戻そうとするのですが、反対に女子高校生が天龍の顔になってしまうCMです。
 僕はなんど見ても笑ってしまうのですが、天龍になってしまった女子高生がかわいそうでなりません。誰でも自分が思っていたこととは違う展開になってしまうと後悔しか残りません。
 今の世の中も、「知らない間に個人の自由が制限されていた」なんてことにならないように社会には常に関心を持っていましょう。

 朝、目が覚めたら妻が天龍になっていたら、僕、驚くだろうな、、、。
 もう、似てるけど…。

 じゃ、また。

スポンサーリンク


posted by satoaki at 20:32 | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする